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ワクチンは自然感染を超えられない

category - ワクチン熟考
2020/ 06/ 11
                 
今回はワクチンというものの効果はいかほどのものかということについて検討してみたいと思います。

というのも、ワクチンに効果があったのかどうかということの判定は意外に難しいものがあります。

通常薬の効果というのは、今実際に悩まされている症状があった場合に、薬を飲むことによってそれが改善されるかどうかという結果でもって判断されるものだと思いますが、

ところがワクチンの場合は、そもそも症状のない健康な人に対して使う薬です。ワクチンを打ってその後ターゲットとする病気にならなかったからといって、

それがワクチンを打ったから起こった出来事なのか、それとも同時期に食事やストレスの改善があってワクチンを打たなかったとしても同じような結果がもたらされていたのかに関してはよくわからなかったりします。

しかもすぐに効果が現れるわけではないので、本当にワクチンによる予防効果なのか、別の要因が関わっていないかについては注意深い検討が必要なのではないかと思います。

そもそもウイルス感染症にしても、ワクチンの話にしても、結果から推測される解釈によって理論が導かれているところがあるように思えます。
            

例えば、「感染経路不明が多い」という結果を受け、「行動範囲の広い若者が無意識に感染を広めているのではないか」という解釈をしうる一方で、

「感染経路不明者が多い」という結果を受けて、「感染の有無を判定する検査に不備(例:似たような別の抗原を誤検出)がある」という全く別の解釈もできうるわけです。

相手が見えないウイルス、というようなブラックボックスの部分が多いケースにおいて、様々な解釈が挟まれうるという大きな構造があるように思います。

ワクチンに関しても同様で、「ワクチン接種後に特定の感染症の患者数が明らかに減少した」という結果があれば、普通に考えれば「ワクチンが特定の感染症を予防した」という解釈になりそうなものですが、

そこも実はブラックボックスが意外と大きいということです。即座に効果が出るわけではないので、それまでの期間にワクチン以外の要因が加わる余地はいくらでもあるわけですし、

ワクチン接種後に体内で起こっている変化として確認されているのは「抗体がついたかどうか」だけであって、

例えば自然免疫システムの要のひとつであるNK細胞がどうなるのか、それも一時的であればまだしも、長期的にわたってどうなるのかというデータは完全にブラックボックスだと思います。

話は少しずれますが、とある認知症の薬が認知機能を改善させるというデータを示す論文で、24週の期間で見ると薬を使った群がそうでない群に比べて認知機能が改善したと示されているものがあります。

ところが実際の世界でその認知症薬を使うと確かに一時的に活気が増すような事はあれど、その後はやっぱり認知機能は悪化していくという経過をたどっていきます。

つまりある時点で細胞を活性化するデータがあるということが、その後安定してその効果を保ち続けるかどうかというのは別問題であって、

ワクチンを打って免疫が増強されるという話もその視点を忘れてはならないのではないかと思います。

ましては西洋薬にしても、ワクチンにしても精製されて作られた人為的な成分を不自然な形で投与する介入法という意味では共通しているわけですから、

効果があると思われた反応が一時的(対症療法的)であって、長期的(根治療法的)には逆の反応を示すという構造も共通している可能性は十分に考えられるのではないかと思います。

とはいえ、そんな解釈でさえあくまでもブラックボックスの中でいかようにも行える様々な解釈の1つに過ぎませんので、

今回はそれとは全く別の角度からワクチンの効果について考えてみたいと思います。

それはブラックボックスの中を攻めるのではなく、ホワイトボックス、すなわち「明確にわかっている事実の中から考える」というアプローチです。


例えば、ワクチンに関しては次のような事実がわかっています。

ワクチンには、①病原体そのものを何らかの方法で弱毒化して作った「生(なま)ワクチン」と、②病原体を死滅させたものや病原体の構成成分の一部を利用して作った「不活化ワクチン」の大きく2種類があるのですが、

「不活化ワクチン」の方が、「生ワクチン」に比べて効果の持続期間が短いという事実があるのです。

わかりやすい例で言えば、結核予防目的のBCGワクチンや麻疹(はしか)や風疹(3日ばしか)の予防目的のMRワクチンは生ワクチンで10数年単位の長い予防効果をもたらすと言われていますが、

インフルエンザ予防のインフルエンザワクチンは不活化ワクチンで、ご存知のように毎年打つことが求められているようにその効果は数ヶ月程度しか持たないと言われています。

この事実から言えることは、「ワクチンとしての効果を十分に高めるためには、病原体の一部よりも病原体そのものである方が効果的である」ということです。

究極的には病原体そのものに感染することが、病原体を予防する免疫効果を最も効果的に高めることができるということになると思いますが、それではワクチンとしての意義はなくなりますので、

このワクチンを予防効果をなるべく保ちながら、安全性も担保していくために「弱毒化」と呼ばれる工程が必要となってくるわけです。

その「弱毒化」と呼ばれる工程は具体的にどんなプロセスなのかと言いますと、

それに関して生ワクチンのWikipediaには次のように記載されています。

(以下、引用)

初代培養微生物群を異種宿主に導入する。微生物群のうち一部は異種宿主への感染を可能にする変異を生じる可能性が高い。やがて宿主内で成育するために多くの変異を獲得し、初代群とは有意に異なったものとなる。これを原宿主に再導入すると、異種宿主内ほどには生育しない(つまり弱毒化されている)。これにより原宿主の免疫系による病原体の除去や免疫記憶細胞の形成を容易にし、病原性の強い類似種の微生物に感染しても患者を保護する能力が増す。

(引用、ここまで)



つまり例えばヒトに感染し病気を起こすウイルスを一旦別の動物(例えばニワトリ)に感染させて、そのヒトとは違う環境のニワトリ内でウイルスが自己増殖を繰り返す中で異なる環境に適応するために遺伝子を変異させた新しいウイルスが生まれれば、

そのウイルスはニワトリでは感染症を引き起こすけれど、ヒトには大して病気を起こさなくなっていたりする場合があり、そのようにウイルスが変異したことを「弱毒化した」と表現しているわけです。

「弱毒化」と言いますと、ウイルスの構造の中に何らかの毒性成分が存在して、その成分を何らかの化学的処理によって取り除くような作業をイメージする人も多いかも知れませんが、

そうではなくて実際には、「あるウイルスが別の性質のウイルスに変化した」という現象のことを「弱毒化」したというわけです。

ウイルスとは「自己」的な部分と「他者(非自己)」的な部分が混在した存在だと以前記事にしましたが、

その観点で「弱毒化」という現象を捉えますと、「毒性が弱まった」というよりも「自己要素が強いウイルスに変化した」と捉える方が適切なのではないかと思います。

「自己」要素の強いウイルスであれば、そこに存在していたところで何も悪さをもたらすことがない、いわゆる共存状態で過ごすことができるわけで、この状態を「弱毒化」と呼んでいるわけです。

そうした場合に、自分に害をもたらすことなく、しかもワクチンとしての効果も発揮してくれるのであれば、弱毒化した「生ワクチン」はワクチンとして理想的な存在だと思えるかもしれませんが、

実際には生ワクチンはそう理想的な存在ではありません。

生ワクチンの最大の問題点は、一旦弱毒化したと見せかけて、また再び毒性を発揮する状態に戻ることがありうるということです。

先程の観点で言えば、「自己的な要素が強くなっていた生ワクチンが、何かの拍子に再びヒトの中で変異して他者的な要素の強いワクチンに変わってしまい拒絶反応が惹起されるようになる」といった問題が起こりうるということです。

つまり予防のつもりで投与したワクチンが、その感染症を人為的に引き起こすことへとつながってしまうという問題があります。これでは何のためにワクチンを打っているのかわかりません。

もう一つはそのように毒性再獲得にまでは至らないにしても、例えば生ワクチンの例で挙げたMRワクチンを接種した人に一定の確率で「修飾麻疹」と呼ばれる状態は起こります。

これは抗体の産生が不十分であるが故に、麻疹にかかった場合に比べると軽いものの、麻疹様の症状が出現するというものです。

このことは麻疹にかかると「終生免疫」が獲得されるという事実に比べて、MRワクチン(生ワクチン)による免疫の賦活効果は弱まるということを示していると思います。

結局弱毒化したらその病原体に対する予防効果も弱まる構造があるというわけで、最も効果的にその感染症の予防効果を出すものに「その病原体そのものに触れる」こと以上に優れたものは存在しないということではないかと思います。

ちなみに麻疹の予防に不活化ワクチンが使われていた時代(1966年〜1969年頃)もありますが、その時の不活化ワクチンを接種された世代で「異型麻疹」と呼ばれる過剰免疫応答が誘導され重症化する病態があることも知られています。

病原体の構造を崩して、安全性を高めようと構造を変化させたもの(不活化ワクチン)が、機能する場合も持続時間が短いし、機能しない場合に過剰応答してしまうという、いかに不自然でまともでない免疫を誘導するかということを伺い知ることができるのではないでしょうか。

ということは、生ワクチンであろうと、不活化ワクチンであろうと、

自然感染以上の予防効果をもたらすことは期待できないし、多かれ少なかれ一定のリスクを伴う行為となりうるという構造は現時点で言い切ることができるのではないかと思います。

ちなみに私も数々のワクチンを接種してきた身で、おかげさまでそれぞれのワクチンがターゲットとする感染症に幸いかからなくて済んでいる身ではありますが、

それがワクチンの予防効果のおかげでもたらされたものでありそれを喜ぶべきなのか、それともたまたまワクチンによるリスクを回避できたことを幸いと感じるべきなのかということは、

ブラックボックスが大きいが故にどちらとも解釈できるところではないかと思いますが、

本日の考察を踏まえますと、少なくともワクチンの恩恵を受けられてよかったと安心し、こども達にも是非受けさせるべきであると決めつけるような姿勢は、

特定の常識的価値観に基づいた偏った思考となってしまっているのではないかと考える次第です。


たがしゅう
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コメント

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しかし
ワクチンとは、一般人にとっては
「感染症を100%予防してくれる素晴らしい薬」
であり、専門家にとっては
「免疫力を上げる唯一の手段」
であり、それに異を唱える者は
「迷信を信じ社会を危機に陥れる存在」
としてこういった非難を浴びるわけでして。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E5%BF%8C%E9%81%BF
貫くのは相当大変そうです。
Re: しかし
KAZ さん

 情報を頂き有難うございます。

 膨大な内容ですが、要旨は限られてくるように思います。
 ・ワクチンの有効性は科学的に実証済である
 ・ワクチン忌避派の主張には科学的な根拠がない
 ・ワクチンによる副反応は生じるが、一般医療でも起こるものであり、頻度は稀である
 ・ワクチンを集団で接種することで集団免疫が形成され、疾病予防に向けて社会全体の利益となる


 まず科学的に実証済というのがどういう意味なのかが重要ですね。
 「そういう医学論文(大規模臨床調査)がある」というだけでは、私に言わせれば証明されていないも同然です。
 また、頻度が稀であろうと現実に後遺症を受けうる介入であれば、当事者にとっては大問題です。その危険性を無視することは科学的な態度ではないと私は思います。
 それから集団免疫という考え方も大いに見直す必要があると思っています。この辺りも別の機会に考察してみたいと思います。