寄生虫とウイルスに共通点はあるのか

2020/05/29 05:30:00 | ウイルス再考 | コメント:0件

新型コロナウイルス感染症の治療薬候補として、

抗寄生虫薬(駆虫薬、寄生虫感染症治療薬)の「イベルメクチン」が効果があるかもしれないという情報があります。

例えば、試験管内で新型コロナウイルスの48時間における増殖活性を5000分の1に減らしたというデータをオーストラリアのモナッシュ大学の研究チームが報告しています。

このイベルメクチンという薬、2015年ノーベル医学生理学賞を受賞された化学者の大村智先生が開発に関わったということでも有名な薬ですが、

もともとは放線菌Streptomyces avermitilisの発酵産物から単離された活性の高い広域 スペクトル抗寄生虫薬アベルメクチン類を元に作られた薬であるようです。

そのイベルメクチン、熱帯地方の風土病オンコセルカ症(河川盲目症)およびリンパ系フィラリア症、あるいはそれまで治療薬のなかった疥癬症や沖縄地方や東南アジアの風土病である糞線虫症の治療薬として世界中で年間3億人以上の人々に投与されて治療効果をもたらし、なおかつさしたる副作用が報告されていない、しかも1回だけ飲めば効くというものすごく優秀な薬です。

それ故、今この新型コロナウイルス感染症に対する治療薬として応用されることに期待が寄せられています。 個人的には、重大な副作用をきたしうるファビピラビル(アビガン®)レムデシビルの方が世の中的には受け入れがよくって、

イベルメクチンの方はそれらの薬に比べて注目度が低いということに大きな違和感を感じますが、

それはもしかしたらイベルメクチンの新型コロナウイルスに対する治療効果がまだはっきりしないということかもしれないので、保留的なスタンスで私はこの情報を受け止めています。

しかしもし仮に抗寄生虫薬が新型コロナウイルス感染症にも効くということが真であるとするならば、それはなぜでしょうか。

同じRNAウイルスのインフルエンザウイルスやエボラウイルスに対する抗ウイルス薬が新型コロナウイルスにも効果を示すということでも違和感があったのに、今回は生物としてのカテゴリーが異なる寄生虫の薬です。

これが真だということを前提に考えるとすれば私に考えられる可能性は二つです。

①ウイルスと寄生虫には共通構造があり、抗寄生虫薬はそこを攻撃している(薬側の要因)
②抗寄生虫薬が寄生虫を攻撃するとともに人間の免疫反応を刺激している(ヒト側の要因)


イベルメクチンのすごいところはその副作用の少なさだと私は思っています。

寄生虫に対して効果があって、ヒトに副作用がないということは、その抗寄生虫薬が「ヒトにはなくて寄生虫にだけ存在する寄生虫特異的な部分に作用している」ということを意味します。

例えば、抗生物質がヒトの細胞(動物細胞)にはなく、植物細胞にしか存在しないとされる細胞壁の合成に作用することによって、細菌のみを攻撃することができるという仕組みがそのような構造の一例になります。

ただ抗生物質の場合はその仕組みを持ちながら、ヒトの中に存在する腸内細菌や口腔内常在菌を攻撃してしまうので、特に何度も使用することによって腸内細菌のバランスが崩れて結局重大な副作用が出てしまうという点が落とし穴であったりします。

とはいえ抗寄生虫薬にもそんな寄生虫に特異的にメカニズムがあるのかと思って、イベルメクチンの作用機序を調べてみますと、はっきりとした事は解明されていないとされながらも大きく二つのメカニズムがわかっているようです。

一つは「無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロライド(Cl−)チャネルの活性化(それにより神経細胞や筋細胞を麻痺させる)」、

もう一つは「わずかに脳内に移行したイベルメクチンが1/100程度のGABA(A)(抑制性神経伝達物質)受容体を作動させる」ということです。

無脊椎動物(寄生虫)の神経・筋細胞と脊椎動物(ヒト)の神経・筋細胞でグルタミン酸受容体のファミリーは違うので、寄生虫特異的な構造に作用できるということに加えて、

ヒトの脳に移行しにくい理由として93%程度はアルブミンと結合し薬効成分がほとんど水に溶けないということと、脂溶性が著しく高いという薬の特徴を背景にして、

寄生虫だけに効き、ヒトに副作用が出ないという事実がもたらされているようです。

言い換えれば、「イベルメクチンという抗寄生虫薬はその薬効のほとんどが寄生虫特異的なメカニズムでもたらされているけれど、ヒトに対する作用も少し混ざっている」という感じだと私は思いました。


一方でウイルスは無脊椎動物とは言えない、生物のカテゴリーに入れるのがはばかられるほど、生物としての構造に欠陥を認める存在です。

ここで見てきたような無脊椎動物にしか存在しない「グルタミン酸作動性クロライド(Cl−)チャネル」が新型コロナウイルスにも存在しているとはあまり思えません。

私としてはGABA(A)受容体抑制というヒト側の要因によって治療効果がもたらされたということになれば話が早かったのですが、

ただ冒頭のオーストラリアの研究結果は試験管内で新型コロナウイルスの増殖を抑えたことが事実である以上は、

この増殖抑制効果は、イベルメクチンが持っている何らかの薬理作用によってもたらされたと考えるより他にないと思います。

そのあたりどう考えればよいのだろうかと、色々と調べてみると詳しく機序を解説している情報があったので見てみました。

ひとつはイベルメクチンが新型コロナウイルスが細胞内に入る時に必要なタンパク質の働きを阻害するという情報

もう一つはイベルメクチンがコロナウイルス結合によって起こる細胞内のシグナル伝達阻害をスムーズに開通させ、結果的にヒトの自然免疫システムを高めるという情報です。

ただいずれの情報も、イベルメクチンが単独で新型コロナウイルスの増殖を抑える理由にはなりえず、あくまでもヒトのシステムがあってこそ起こるメカニズムなので、私は納得しきれません。

かくなる上は、ウイルスに「グルタミン酸作動性クロライド(Cl−)チャネル」もしくはそれに類似する構造があるか、

もしくは全く別のメカニズムでイベルメクチンが新型コロナウイルス増殖を抑制するかの二つしか考えられませんが、

そうすると、寄生虫とウイルスに共通構造があると考えるしかなくなってきます。

ヒトとは明確に区別されたはずの寄生虫が、ウイルスと共通構造をもつことを真とするならば、

ウイルスはそれほど生物として不完全な存在だということも言えますし、

ウイルスを構成する要素はヒトや寄生虫とも共通する生命の土台とも言える部品の集まりだとも言えるかもしれません。


・・・考えれば考えるほどわけがわからなくなってきたので、最後に少し整理して今回の記事を終わりたいと思います。

・抗寄生虫薬イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症に効く理由としては「薬側の要因」と「ヒト側の要因」の二つの可能性がある。
・「薬側の要因」があることを示す客観的事実は存在するが、そのメカニズムは現時点で未解明である。
・「ヒト側の要因」には複数のメカニズムが存在するが、寄生虫特異的な構造に働くという性質のおかげでいずれのメカニズムも基本的に人体に害を及ぼしにくく、かつ結果的にヒト側の持つシステムを活性化させていることが想定される。
・ヒトと寄生虫は明確に区別されるが、寄生虫とウイルスには共通構造がある可能性が高い。
・ヒトと寄生虫は明確に区別されるが、ヒトとウイルスにも共通構造がある可能性が高い。
・ゆえにウイルスはヒトの細胞の複製エラーであると同時に、寄生虫の細胞の複製エラーであって、そのエラーであるウイルスの構成要素はヒトにとっても、寄生虫にとっても共通する生命の土台分子である可能性が考えられる


そういえば、寄生虫の世界には、抗生物質ほど薬を使い過ぎると生態系が崩れるという話が出てこないように思います。

寄生虫だけ特別ということも考えにくいので、抗寄生虫薬にまつわる知られざる問題が隠されている可能性もゼロではないかもしれません。

このあたりは確定的なことはまだ言えない状況ですので、引き続き保留的スタンスで情報の動向を見守っていきたいと思います。


たがしゅう
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