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空気感染しない理由が説明できない

category - ウイルス再考
2020/ 05/ 21
                 
新型コロナウイルス感染症は今のところ空気感染はせず、接触感染、飛沫感染が主な感染経路だと言われています。

接触感染は直接ウイルスと触れることによって起こる感染様式、飛沫感染はしゃべったり、くしゃみをしたりすることで飛ぶ微小な水しぶきを介してウイルスが伝わるという感染様式です。

飛沫の定義としてはだいたい直径5μm以上の水滴のことを指すようで、それくらいの大きさがあればしゃべるくらいの刺激では理論上2m以上は飛ばないだろうということで、

今約2mのソーシャルディスタンスを確保しようという話が急速に言われるようになってきているというわけです。

一方で5μm以下の水滴のことを「飛沫核」と呼び、このくらいの小ささであれば、空気中に放散された後も空気中を浮遊して2m以上の距離を移動しうるということで、

この飛沫核となっても病原性を保ち、2m以上の距離離れていてもヒトからヒトへの感染を成立させる感染形式のことを「空気感染(飛沫核感染)」と呼びます。
            

さて、空気感染を起こすウイルスとして代表的なものに、麻疹(はしか)ウイルス、風疹(3日ばしか)ウイルス、結核菌が知られています。

麻疹ウイルスの径は0.1〜0.25μm、風疹ウイルスの径は0.06〜0.07μmなので、なるほど確かに5μm未満で、空気感染してもおかしくないなということがわかります。

しかし、ここでふと疑問がわいてきます。今さんざん話題になっていた新型コロナウイルスの直径はどのくらいだったかと。

調べてみると、だいたい0.1〜0.2μmです。直径は麻疹ウイルスとたいして変わりません。

一方で同じ空気感染するとされる結核ですが、病原体はウイルスではなく結核菌という細菌なのでウイルスよりもサイズはかなり大きめで、長さ1~4μm、直径0.3~0.6μmの細長い形をしています。

細菌には空気中で生きやすい菌と生きにくい菌などそれぞれの特徴がありますので、空気感染するかどうかには大きさ以外の別の要素も関わっていると思いますが、

ここで私が言いたいのは、「このくらいの大きさがあっても微生物は少なくとも物理的に2m以上の距離を移動しうる」ということです。

となると5μm未満の大きさを保ち、結核菌よりも十分小さい新型コロナウイルスが空気感染しないというのは俄然おかしな話になってきます。なぜ新型コロナウイルスは空気感染しないと言えるのでしょう。

新型コロナウイルスは2m以上とんだとしても、ある程度の水分が存在しないと生命活動を維持できないからだという仮説を立ててみます。

しかし新型コロナウイルスは空気中に放散された後、水分が吸収される段ボールの上で24時間生存するということが確認されています(厚生労働省ホームページより)

それであれば水分がないと生命活動ができないことが新型コロナウイルスが空気感染しない理由にはなりません。

逆になぜ麻疹ウイルス、風疹ウイルス、結核菌が空気感染することができるのかという理由について私なりにいろいろ調べてみるのですが、これがわからないのです。

ここから先は完全に私の推測になりますが、

麻疹、風疹、結核が空気感染すると言われているのは、過去に「空気感染したとしか思えない事例が観察されたから」ではないかと思うのです。

それ以外にこの3つの病原体だけが空気感染するとされ、それ以外の5μm未満の病原体では空気感染しないとされる理由が私には思いつきません。

逆に言えば、「空気感染したとしか思えない事例」が観察されない限り、その病原体が空気感染するとは認識されないのではないでしょうか。

というのも、何であれ病原体が空気感染するということになれば世界がパニックになることは避けられません。

となれば空気感染すると言い切るためには、空気感染を起こすメカニズムを科学的に解明するか、空気感染だとしか考えられない事例が現れるかということになっています。

私が調べる限り前者の空気感染を成立させるメカニズムとしては粒子の物理的な大きさの要素以外には確認できないので、

あとは「空気感染だとしか考えられない事例」が現れるかどうかという話になってきますが、これはおそらく今後現れようがないのではないかと私は思っています。

なぜならば今回の新型コロナウイルスではじめて「無症状者の無意識の飛沫感染が感染を広めている」という仮説がまことしやかに言われるようになったからです。

今回の新型コロナウイルス感染症ではとにかく感染経路不明のケースが多くみられているように思います。

そのせいで一時期「若者が感染拡大の原因だ」と明確な根拠なく言われてしまい、同じく明確な根拠なき全国一斉休校という愚策へとつながってしまったのはご存知の通りです。

ちなみに感染経路不明ケースが多い理由を私は「旧型コロナウイルス」を新型コロナウイルスのPCR検査で誤検出しているためと考えています。

かたや政府やそれを主導する専門家会議は、この事例を説明する理由を「無症状者の無意識の飛沫感染」ということにしてしまいました。

その結果、今の私達の「3密を避けよう」とか「ソーシャルディスタンスを確保しよう」という世界的な習慣改革につながってしまっていると思います。

しかしそもそもこの「無症状者の無意識の飛沫感染による感染拡大」が正しいのか、なぜ「有症状者の空気感染」ではありえないのか、そのあたりの議論はあいまいのまま前者が正しいであろうとされてきています。

およそ科学的な態度とは言えない世界の動向です。

世界には私なんかより論理的に考えられる人はたくさんいるはずなのに、実際に世界は未実証の仮説によって大きく揺さぶられてしまっています。

逆に新型コロナウイルス感染症が空気感染しないのであれば、麻疹や風疹、結核も本当に空気感染するのだろうかという話へとつながっていってしまうのです。

そういう意味でもここは白黒はっきりさせなければならない問題なのに、誰もこの問題に切り込んでくれません。

切り込める立場にいる人は限られていますが、そうした人の中でも常識という価値観が、この問題を検証することから遠ざけてしまっているのかもしれません。

切り込めないのであれば、もっと現実に即した妥当な選択をするべきです。

無症状者からの感染はそんなに可能性の高いことでしょうか。

大きさ的に空気感染しうるような病原体はソーシャルディスタンスを保つようなことで本当に避けることができるでしょうか。

重症化する人はわずかでかつ一定の傾向が認められるのにもかかわらず、全員が感染しているものとして今後ずっと生活し続けることの妥当性はどれほどあるでしょうか。


ゼロリスクを求め続ける限り、大多数の人が本来受ける必要のないデメリットを受け続けることになってしまいます。

本当に妥当な選択をするならば、無症状者は普通に生活活動を行い、高リスクだと自分で思う人が自主的に行動を慎むべきだと私は思います。

そしてそのような自主的な行動ができない状態にある人は、やむなく他者の決断に身を委ねるべきだと思います。

他者の決断に身を委ねるのがいやな人は、これを機にどうすべきかを自分の頭で考えていくべきだと思います。


・・・本当に主体的に動かない限り、見えないルールにがんじがらめな人生が強いられる時代となってしまったように思います。

私は確かな事実をもとにして主体的に考え続けます。


たがしゅう

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コメント

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はじめまして。
はじめてコメントをさせて頂きます。

色々とコロナウイルスを調べていますがなかなか納得できず、こちらのブログに辿り着くことが出来ました。
一介の学校薬剤師をしている者です。
学校の環境衛生を任されているので、冬季のインフルエンザ対策ではかなり気を使っています。
今回のブログを拝見させて頂き、同じことを考えている先生がいらっしゃり感激しております。
なかなか専門家の方々の話では出て来ないのは何故なのでしょうか?
ウイルスの大きさに誰も注目しないのが不思議でなりません。。
Re: はじめまして。
りゅう さん

 コメント頂き有難うございます。

> 今回のブログを拝見させて頂き、同じことを考えている先生がいらっしゃり感激しております。
> なかなか専門家の方々の話では出て来ないのは何故なのでしょうか?


 それは一言で言えば、「専門家は従来の常識に捉われているから」だと私は思います。

 もう一つはウイルスが基本的に見えない(見えにくい)存在であるということも大きく関係しています。
 厳密に言えば見えている部分はあるにはあるわけですが、それはウイルスを把握するための静的情報がほとんどであって、動的情報はごくわずかの限られた環境における実験データのみです。

 そのように動的情報がほとんどつかめていないので、未解明の部分を推察で埋め合わせるしかなくなるわけですが、その際の推察が今のウイルスの常識的な価値観を作り上げています。しかし見えない所の推察による埋め合わせなので、その推察が間違っている可能性だって十分にあるわけです。

 しかし一度作り上げた常識的な価値観を特にその価値観の中で上位に君臨する専門家はこれを見直すことを最も嫌う存在です。なぜならば見直す作業によって「ごめんなさい、間違っていました」と認めることは専門家にとって最も苦しい作業であるからです。

 だからこのウイルス騒動に納得がいかないことが少しでもある人は、専門家の意見を盲信せずに確かな情報をもとに自分の頭で考えて推察を組み直す作業が必要不可欠だと私は考える次第です。