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専門家の知性を疑う必要性

category - よくないと思うこと
2020/ 05/ 15
                 
クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号での新型コロナウイルス感染症対策について、

実際にその船内に乗り込んで実情を把握して、対策に問題があったということをYouTube動画に挙げたり、海外メディアに向けて会見を開いたりという行動が物議を醸した神戸大学の感染症治療学の教授岩田健太郎先生。

以前にも当ブログで岩田先生が書かれた「食べ物のことはからだに訊け!: 健康情報にだまされるな」という著書について内容を批判的に吟味したことがあります。

その感染症治療の専門家である岩田先生が出版社からの要請を受けて、新型コロナウイルス感染症についての本を突貫工事的に執筆なさいました。

            

その岩田先生の2020年4月30日時点での主張は「日本に残された道はロックダウンしかない」というものです。

対する私の主張は「構造を理解したものは自粛をやめるべき」です。互いの主張は真っ向から対立しています。

一見対立している意見が見方によってどちらも正しいということもありうると思いますが、

私の主張は事実重視型思考で世の中で起こっている事実、これまでに科学的に再現性を持って確認されている事実など、事実と矛盾がないように思考を積み重ねて生み出してきたものです。

もしも岩田先生の主張が正しいということであれば、私の思考プロセスのどこかで間違っているということになりますし、

やはり私の主張が合っているのであれば、岩田先生の主張の根拠に誤っている部分があるということになるはずです。

感染症のスペシャリストの思考に挑むのは恐縮ではありますが、自分の考えに自信を持つためにも、あるいはもしも間違っているのであればそれを正すためにも、

今回岩田先生の新型コロナウイルスに対する考え方に触れるべく、この本を購入して読んでみることにしました。

以下、私が読んでみて気になったところを抜粋しながら、感想を述べていきたいと思います。


本書の岩田先生の主張の骨子部分を私なりに抜き出すと次のようになります。

・新型コロナウイルス感染症は「風邪みたいなもの」だからこそタチが悪い。8割は勝手に治るが、2割が重症化する恐ろしい病気
・新型コロナウイルス感染症の検査はどれも一長一短あり。正確に診断できないのであれば、常に「コロナ」の可能性を念頭に正しい「判断」をすべき
・免疫力を高めるという方法のほとんどはインチキだが、唯一の真実は「ワクチン」を打つこと
・ダイアモンド・プリンセス号で新型コロナウイルス感染症の感染蔓延が起こったのは、厚生労働省が専門家の選定を誤ったのと「専門家を呼んで対策した」という形式主義に満足し、結果的に危険域と安全域の区分け(ゾーニング)が不十分となっていたこと
・やるなら徹底的に決して油断することなく感染症の制圧に力を注ぐべし。そのためにも無益な努力をやめて、余裕を持って仕事ができる環境を
・専門家の知性をリスペクトしてそれを社会の共有財産として最大限活用すべし。専門知を軽蔑することはあってはならない


岩田先生の主張の一つひとつは論理的に納得できる所も多くて、細部においてはなるほどと思わせる内容の文章もありました。

しかし読んでいて感じたのは、「そもそもの前提が私と違っている」ということです。

私はウイルス感染症で起こっている現象がHLAを通じて自己的に捉えられたウイルスが、適切に排除されずサイトカインストームを生じる事があるという事実、

同じような条件でウイルスに暴露された集団の中で、発症する人とそうでない人とが生まれる事実、

発症した人の中でも軽症で済む人と、重症化する人とで別れ、重症化する人には基礎疾患ありなどの一定の傾向が認められるという事実、

こうした事実から「ウイルス感染症とは自己免疫システムのオーバーヒートである」という解釈に至っています。

ですので、ウイルスの暴露を避ける行動はある程度は必要だとは思いますが、

それは咳や痰など飛沫を拡散させうる有症状者においてであって、今全世界で行われているような無症状の人までソーシャルディスタンスをあけるとか、3密を避けるといった行動をとることは過剰対処だと思っています。

なぜならばウイルスは見えないものであり、そこに絶対にいないという保証をすることは困難でありますし、

ウイルスと接触したら即、感染成立、発症確定!というような単純な図式にはなっていないからです。

そして当ブログでさんざん考察してきたように、心の在り方が自己システムのオーバーヒートに大きく関わっていますので、

例えばもしも身内に症状が出た時は、相手を安心させるためにソーシャルディスタンスを無視して看病するなど臨機応変な対応もしますし、

状況を冷静に分析し、心身ともに健康状態が保たれている人においては単なるかぜ症候群だと心から納得すること自体を感染予防の手段として利用したりもします。

ところが岩田先生のスタンスは基本的に「ウイルスとの接触は万に一つも許されない完璧な制御環境を作るべし」という価値観に立って発言されているように思えるのです。

重症化するかどうかも、「2割の人が運悪く重症化する」というような確率論的な捉え方をされているように思えます。だからこそ「万に一つの接触も許さない対策が必要」という論理です。

この発想が「日本はロックダウンするしかない」という考えへと結びついていると考えると非常に合点がいきます。

そしてPCR検査をはじめとして、検査の不確実性も岩田先生はしっかりと認識されています。

しかし「万に一つの接触も許さない」スタンスなので、「少しでも可能性があればコロナを疑え」の発想に至ってしまいます。

対して私のスタンスで言えば、PCR検査はそもそも不確実で、旧型コロナウイルスを拾い上げる可能性さえあるので、「そもそも検査をしない」ということを勧めています。

なぜならば検査によって、陽性ではコロナと診断されて隔離を受ける不安/恐怖、陰性でも不安は解消しきれないという生殺し状態、どちらによっても患者にとって有害になると考えるからです。これは心の在り方がウイルス感染症に関与するという発想があってこその考え方です。

検査に対して同じような見解であっても、前提が違うと対処方法が異なってくるというよい例だと思います。

それから、岩田先生の免疫力の定義は「生体防御反応の強さ」を指していますが、私の免疫力の定義は「恒常性を保つシステムのバランス」のことです。

岩田先生の定義で行けば、免疫力が低下している人が新型コロナウイルス感染症にかかり起きているサイトカインストームという状態は「免疫力」という名の生体防御反応が極めて強く高まっている状態となって矛盾を生じることになります。

ちなみにワクチンが免疫力を高めるかどうかについては、ワクチンはいわば人為的な獲得免疫の賦活法なので、

確かに特定の病原体に対して侵入を阻止する効果はあるかもしれません。

しかし私が言うところの「バランス」という定義で免疫力を高めるかどうかは議論の余地があります。これに関しては思うところがあるのでまた別の機会に語りたいと思います。

ダイアモンド・プリンセス号での厚生労働省主導の感染対策の不備についてはセンセーショナルに取り上げられて話題になりましたね。

この問題も私はストレスの観点から、自由度の制限された船内で「あなたは新型コロナウイルスに感染しているかもしれないからPCR検査で陰性と確認されて14日間症状がないことが確認されるまで待機」と指示されたことによる船客のストレスが感染症蔓延の主因ではなかったかと考えています。

もしも自分がそう言われて行動が制限されることを想像しただけで著しいストレスがあることは明らかです。

しかし岩田先生のプロの指示で完璧にゾーニングすべきだという考え方は、その観点には全く配慮されていないので、

ゾーニングできていようがいまいが、船内待機を指示されている船客からすれば著しいストレスを受けることには変わりはないわけです。

一方で岩田先生は船という空間が感染症に弱いということは専門家の間でよく知られているという話を紹介され、

本来であればできるだけ早く船から降ろして、隔離して、感染リスクをゼロにするのが定石だ」という意見も述べられています。

確かに船の中で感染症かもしれない不安と闘いながら待機を指示されるに比べればマシだし、直接暴露のリスクは下がるかもしれませんが、

場所が変わっただけでやはり感染症かもしれない不安にはさらされ続けるので、すでに潜伏感染が成立していた場合に発症へとつながるリスクはやはり高いです。

根本的にこのウイルスが恐怖のウイルスであると認識されている限り、そしてウイルスがどこに潜んでいるかわからない限り、多かれ少なかれウイルス感染症発症のリスクは高めで抱え続けることになってしまうのです。

もっと言えばそれは新型コロナウイルスに限りません。ライノウイルス、アデノウイルス・・・すべてのかぜ症候群を引き起こすウイルスすべてにおいて同様のリスクを抱えるオペレーションとなってしまいます。

最後に専門家の知性について、これをリスペクトすることはよいと思います。やはり専門家の知識の深さは素晴らしいし頼れるものがあります。

ただそんな専門家の知識も概念ごと、前提ごと間違っていることは十分にありえることです。糖質制限や湿潤療法を通じて私はその現実を見てきました。

勿論、軽蔑することはあってはならないとは思いますが、リスペクトを盾に専門家の知性を疑わないこともあってはならないと私は思います。

いくらリスペクトされている専門家であろうと、間違っている時は間違っていると言わねばなりません。

それこそが真に科学的な態度だと私は考える次第です。


たがしゅう

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