ウイルスの潜伏感染についての考察

2020/04/16 22:45:00 | ウイルス再考 | コメント:0件

すべてのウイルスに認められる話ではありませんが、

ウイルスの中には潜伏感染または持続感染と呼ばれる状態をきたすものがあります。

代表的なものとしてはヘルペスウイルスで、神経(節)に潜伏するということがよく知られています。

「疲れた時にヘルペスが出る」という人がいますが、まさにそれがヘルペスウイルスが潜伏感染していることを示す傍証です。

ところで、考えてみるとこの潜伏感染という現象、不思議な現象であるような気がします。

一方で病気を起こす病原体として振る舞いながら、他方で自分の細胞と共存する常在菌のような共生体として振る舞うこともあると、

しかもそれが免疫状態が不良になるとたちまち病気を起こす病原体としての姿に変化する、というわけです。 これは私が考えるところの、「ウイルスには自己的な要素と他者的な要素がある」という見解とリンクしているように思えます。

一方でヘルペスウイルスは2本鎖DNAウイルスであり、DNAはRNAに比べて二重らせんの安定構造体ですので、

「他者」として他のものとは異なる自分だけの構造を守りやすく、それゆえに抗ウイルス薬で特異的な部分を攻撃することができるという特徴を持つウイルスでしたので、

いわば「自己」と「他者」、両方の特徴を持つウイルスの中でも、「他者」的要素の強いウイルスであると考えることができるわけですが、

そのヘルペスウイルスが一方で潜伏感染できるということは、「他者(非自己)」として認識されずに「自己」としての特徴を持ち合わせる状態にもなりうるというわけですから、

この潜伏感染状態にあるときには、「他者」的な要素が強いはずのヘルペスウイルスを「自己」的な存在として身体が認識しているため、それがゆえに攻撃せずそのままにすることができるのではないかと思うのです。

ただもう一つ注目すべきは、そんなウイルスが他にもたくさんいるというわけではなく、数多あるウイルスの中で潜伏感染(持続感染)しうるとわかっているものはごく限られているということです。

ヘルペスウイルス以外ではB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、ヒトT細胞性白血病ウイルス1型(HTLV-1)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)くらいではないかと思います。

しかしいずれのウイルスにも共通しているのは、免疫状態が悪化するとそれらのウイルスは再活性化して疾患の発症へとつながる、ということです。

言い換えれば、「自己」と認識されていたはずのウイルスが、免疫状態の悪化に伴って「他者」と認識される現象が起こりうるということです。

逆に言えば、潜伏していたウイルスが再活性化するということは、自身の免疫状態の悪化を教えてくれるサインだということもできると思います。

こうした潜伏感染が起こるウイルスの特徴としては、感染する部位が免疫システムによって認識されにくい所、ということがひとつ挙げられると思います。

・ヘルペスウイルス⇒神経(節)など
・B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルス⇒肝細胞
・HTLV-1・HIV⇒T細胞(CD4陽性リンパ球)


HTLV-1とHIVが感染する先のCD4陽性Tリンパ球が免疫を逃れる機構については以前記事にした通りですが、

神経細胞というのはそもそも再生能力の低い細胞で、幼少期は細胞分裂・増殖が盛んであるものの、成人となり完成しきった神経細胞は、

自身の軸索と呼ばれる突起を伸ばし、シナプスと呼ばれる神経伝達物質を他の神経細胞とやりとりする場を増やすことでネットワークを拡げていくことはあれど、

一度できた神経細胞は基本的に崩壊することなく生涯そのままの細胞が生き続けるとされていることから、

神経の中で共生するウイルスが免疫によって認識されにくい環境を与えることにつながっているのかもしれません。

肝細胞の方はまた事情が異なっていて、肝臓はもともと胎生期、つまり母親のお腹の中にいる時は造血器としての働きを担っているということがわかっています。

また免疫学的に樹状細胞、NK細胞、CD8陽性リンパ球などが多く、この場所をむやみに攻撃しないで済む特徴があることがわかっています。これを「免疫寛容」と呼びます。

余談ですが、移植医療で肝移植が進歩しているのも、こうした肝臓の特徴によるのではないかと言われています。

ともあれ、潜伏感染または持続感染するウイルスは、そのウイルスの特徴に由来するというよりも、

感染される側の細胞の特徴と考える方が、数が少ない理由は説明がつくのではないかと思います。


さて、ここまでをまとめますと、次のようになります。

・ウイルスには「自己」的な要素と「他者」的な要素の両方が存在している
・「他者」的なウイルスは細菌と同じように免疫システムで排除される
・「自己」的なウイルスは宿主細胞と親和性のある細胞に「感染」することができる
・「感染」することができる宿主細胞の特徴(例:神経細胞、肝細胞、Tリンパ球)によっては、「他者」的な要素があるにも関わらず「感染」することができる場合がある
・「感染」することができた「他者」的なウイルスは、宿主の免疫力が低下した際に「他者」的な要素が顕在化して宿主の免疫システムで排除され始める
・さらに免疫力が低下すると「他者」的なウイルスを免疫システムで排除しきることができず、「持続感染」状態に至る。



さて、ここまで整理したところで、昨今問題の新型コロナウイルスに関してですが、

このウイルスは潜伏期間が2週間くらいと長めであったり、

一旦治ったとされた人も再燃といって再び症状が出現してPCR検査が再陽性になったりする現象が観察されています。

これは過去のコロナウイルス感染症としては観察されていなかった事象ではないかと思います。

一方でコロナウイルスが主として感染している細胞は気道細胞のようですので、

一般的なかぜの原因ウイルスが潜伏感染しないことから考えても、気道細胞への感染で潜伏感染が成立するとはあまり考えにくいです(ただかぜが長引くことはあり、そうした状態のヒトにウイルスPCR検査がされた過去はないので可能性はゼロとまでは言い切れませんが)。

しかし現実にはまるで潜伏感染(持続感染)しているかのような経過をたどっています。これは一体どういうことなのでしょうか。

考えられる可能性としてはウイルス側の要因よりも、宿主側の要因が変わったと考えるのが妥当です。

なぜならば、いくら新型でコロナウイルスの遺伝子塩基配列が変わったとはいえ、潜伏できない細胞に潜伏できるような特徴を獲得するといった前代未聞の形質変化が起こるとは思えないからです。

そうすると、宿主側が何らかの要因で免疫力低下に至り、その程度が限度を超えれば宿主がウイルスを排除しきれない持続感染状態に至り、

そのことが重症化や軽快後の再燃の症状経過に関わっている可能性は十分にあるように思います。

万が一、潜伏する特徴を持っていたウイルスだったとしても、

免疫力が正常であれば、ヘルペスの潜伏状態や各種ウイルスのキャリア状態と同様に、

そこにウイルスはいるけれど、何も悪さをしないという状態を作る状態も決して不可能ではないと思います。

というよりも潜伏できるということ自体、本来ウイルスが敵ではないことの何よりの証明であるように私には思えるのです。

今まで「潜伏」と表現されていたその状態も単なる「共存」あるいは「共生」なのかもしれません。

まるで腸内細菌や皮膚常在菌かのように。


たがしゅう

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