ウイルスが入る以上に身体が暴走する理由

2020/04/08 23:01:01 | 素朴な疑問 | コメント:0件

新型コロナウイルス感染症に対する心の在り方を整えて免疫機能を最適化して、

ウイルスとの共存を目指すというのが私の基本的な考え方です。

そんな「心の在り方」だなんて不確かなものを頼りにするなんて信じられないとか、不安過ぎるという方もいらっしゃるかもしれません。

しかし私が「心の在り方」が感染症の経過を左右すると言うのにはそれなりの根拠があります。

慢性持続性ストレスによってストレス対抗ホルモンであるコルチゾールが持続分泌刺激され、抗炎症作用が働き過ぎて免疫力低下へとつながるというのはその根拠の一つですが、

今回はそれとは別の観点から「心の在り方」が感染症の経過に影響しうることをお示ししたいと思います。 それは新型コロナウイルスによって起こる肺炎が、「間質性肺炎」と呼ばれる病態を来すという事実から導くことができます。

「間質性肺炎」というのは、まず肺において空気が入る肺胞と呼ばれる袋の部分が無数にある中で袋と袋の間の血管やリンパ管以外の部分のことを「間質」と呼びます。

肺の中の肺胞ではなく「間質」を主体として炎症反応が起こる状態のことを「間質性肺炎」と呼びます。

これに対して「肺胞」を主体として炎症反応が起こる状態のことを「肺胞性肺炎」と呼ぶのですが、これは例えば外部の細菌などが口から入ってきて、気管、気管支を通じて肺胞に到達し、

それを異物として認識した人体が、細菌と遭遇する最前線である肺胞を舞台として排除するための炎症反応を起こすことによって起こったりするので、多くの「細菌性肺炎」は「肺胞性肺炎」という形をとります。

ところがウイルスは細菌と同じように外部から入り込んでくるにも関わらず、細菌のように「肺胞性肺炎」をきたすわけではなく、「間質性肺炎」という病態をきたすのです。

言ってみれば敵がすぐそこまでやってきているにも関わらず、その最前線の戦いの場では衝突が起こらず、そこから一歩引いた場所でなぜか問題が起こっているような状況です。これはなぜなのでしょうか。

実は、「間質性肺炎」という病態がなぜ引き起こされるのかという詳しいメカニズムははっきりと解明されているわけではありません。しかしながらいくつかわかっている事実があります。

一つはアレルギーの病態が関わっている可能性が指摘されているということ、もう一つはインターフェロンが過剰にあるような状態の時に間質性肺炎は起こりやすいということです。

アレルギーとは一言で言えば、「免疫システムの誤作動」です。攻撃しなくてもよい相手に攻撃性の生体反応が過剰に引き起こされてしまう現象のことです。

またインターフェロンというのは、以前の記事でも紹介しましたように、「他者」だと認識した病原体を効率的に攻撃するためにヘルパーT細胞というリンパ球の一種が産生するサイトカイン(細胞間情報伝達物質)です。

このインターフェロンが過剰に出ているというのも、言わば免疫の過剰反応状態です。

いずれにしても「間質性肺炎」という状態は免疫反応が過剰駆動されている状態にあるという事が言えそうです。

つまりウイルスによって引き起こされている肺炎は、ウイルスという病原体と直接ぶつかり合って起こっている炎症反応ではなく、

きっかけは何であれ、身体の免疫反応が過剰に駆動されることによって引き起こされている現象だということができると思います。

本来であればウイルスを排除するために、過剰ではなく過不足のない免疫反応が駆動されればそれで問題はないはずです。

しかしなぜウイルスを排除するという目的以上に、過剰に免疫反応が駆動され続けてしまう状況が生み出されてしまうのでしょうか。

それはウイルス以外に免疫反応を駆動させる要因があり続けているからと考えるのが妥当です。そうであるならば、目に見えない不安・恐怖といった精神的ストレスだと考えるのは自然な話ではないでしょうか。

ストレス学の祖、生理学者のハンス・セリエ博士は、ストレッサー(ストレスの原因)の種類に関わらず、同じようなストレス対抗反応(特異的反応と非特異的反応)が引き起こされるということを示しました。

正しく免疫が働いていれば正常に排除されるはずのウイルスが、まるでいつまでも居続けるがごとく、あるいは実際に排除され切らずに実際に居続けることになってしまうことの背景には、

見えない精神的ストレスがかかり続けると考えるのが妥当で、それが故にアレルギーやインターフェロン過剰(サイトカインストーム)といった病態が引き起こされると考えれば説明がつくように思うのです。

だからこそ、新型コロナウイルスにおいて余計なストレッサーを増やさないようにするために、

全免疫システムをシンプルにウイルスの排除という目的だけに効率的に使うことができるようにするために、

新型コロナウイルス感染症に対する認識を改め、ウイルスと共存する発想を心底納得していく必要があるのだと私は考える次第です。


たがしゅう
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