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弁証法的アプローチで矛盾を解消する

category - ふと思った事
2020/ 02/ 24
                 
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http://reservestock.hatenablog.jp/entry/2018/04/05/014912

「八方美人」という言葉があります。

もともとは「欠点のない美人」という意味だったそうですが、現在では転じて「誰からも悪く思われないように、要領よく人と付き合ってゆく人」のことを否定的なニュアンスとともに表現されることが多いように思います。

私は間違いなく糖質制限推進派の医師ですが、

先日福岡で行った医食同源セミナーでは、無農薬・無肥料栽培の野菜の重要性についてお話する機会を持ちました。

一方そこでは無肥料栽培で育てた玄米や、根菜類など比較的糖質量の多い作物が扱われたりすることも多いわけですが、

その場において私がそれをよいと評価することは、「八方美人」な態度だということになるでしょうか。

少なくともそう思われているという可能性は十分にあると思いますが、実は私の中ではこれは「弁証法」的な態度をとっているつもりです。
            

弁証法とはある命題(テーゼ)とそれに反する反命題(アンチテーゼ)があり、2つの命題の矛盾を解消する統合案(ジンテーゼ)を導き出す思考プロセスのことを指します。

今回の場合はテーゼは「糖質制限は身体によい」、アンチテーゼは「糖質豊富な無肥料栽培の野菜は身体によい」です。

これらの情報をただ盲目的に信じてよい顔をするというだけでは「八方美人」的な態度となってしまうのかもしれませんが、

「糖質制限は身体によい」というテーゼは私自身の実践で体感され、さらにそれを指導した多数の患者さんで同様の効果が得られ再現性が確認できるため、私の中でかなり重要度の高い事実です。

一方で「糖質豊富な無肥料栽培の野菜は身体によい」に関しては、108名のアレルギー患者さんに無肥料栽培の野菜を3ヶ月間集中的に食べ続けてもらうという実証実験で98%の人がアレルギー症状の改善をみたという情報にまずは触れました。

ただこの段階では、まずは私の実体験ではありませんし、私の身の周りの人で確認できる事実でもありませんので、

その情報が真実かどうかの判断は保留にせざるを得ない状況です。しかし実際に無肥料栽培を教える学校の中に身をおいていると、

アレルギーを持つ人が真剣に育て方を学んでいる様子を確認することができますし、

実際に無肥料の栽培を食べると、味の違いに驚き、確かにこれは野菜の質が良質であるということを意識することができます。

私自身はアレルギーは特にないので、私自身の身体で確認をすることはできませんが、少なくとも周辺情報からはこの情報が真実である蓋然性が高まっている状況です。

糖質制限ほど私の中で強固な事実ではないものの、私の中で優先度としてはやや高めの事実として認定されるのが「糖質豊富な無肥料栽培の野菜は身体によい」というアンチテーゼとなります。

それぞれ事実重視型思考のプロセスでとらえると、一見相反するこのテーゼとアンチテーゼは確固たる事実として存在しているように思えるのです。

それぞれが間違いなく事実なのだとすれば、矛盾しているようであってもそれらの矛盾を解消できるジンテーゼは必ず存在しているはずです。それを導き出すのが弁証法(アウフヘーベン)だということです。

そう思って無肥料栽培について熟考してみると、糖質制限と本質が共通しているということに気づかされます。

よって今回のジンテーゼとしては「人の病気には正常機能が過剰に駆動されるという栄養の量の問題と、異物除去反応が過剰に駆動されるという栄養の質の問題とがある。糖質制限は主に前者に有効で、無肥料栽培は主に後者に有効。量と質を自然重視型で整えることで人の身体は健康に向かう」という感じになると思います。

だから他人からどう思われるかは別として、糖質制限推進派の私が無肥料栽培を推奨するということは私の中で矛盾はないのです。

ではもう一つ、「糖質制限+メガビタミンで健康になる」についてはどうでしょうか。

私は自然重視型医療を推奨しているので、ビタミンやミネラルを大量に投与して健康を目指す方法は、一時的な手段としてはあってもよいですが、それを延々と続けるアプローチには否定的な立場をとっています。

一方でビタミン・ミネラルなどの大量補充療法、通称「メガビタミン」で体調がよくなっているという方もかなりの数存在します。

ただ私自身の中ではビタミンを大量に加えたからといって糖質制限を行っている以上にさらに体調がよくなるという事実は観察されないので、私の中では優先度やや低めの事実です。

しかしこのメガビタミンの方法論に非常に恩恵を受けておられる方は間違いなくおられるので、私の中で観察されないだけであって、人によっては事実とみるのが妥当でしょう。それならば弁証法を行うことができるはずです。

テーゼは「自然重視型の栄養で健康になる」、アンチテーゼは「人為的な大量ビタミン補充で健康になる」です。

これは自然重視型の栄養で体調がよくなる理由が、栄養の量だけでよくなったのではないと考えれば理解していくことができると思います。

つまり単に必要な栄養素が入ったからよくなるというのではなく、正確に言えば「自分に備わっているシステムを動かすのに必要十分量の栄養素が入ったから」よくなるという方が適切だということです。

糖質制限せずに脂質やタンパク質の必須栄養素をいくら増やしても体調が改善しないように、糖質制限の神髄は過剰な糖質を制限して自らのシステムの稼働を邪魔する因子を取り除くという「引き算の発想」にあると私は考えています。

一方で糖質制限してよくなりきらない状態が、メガビタミンを加えてよくなったという人は、糖質過剰というシステム阻害因子を取り除く作業によって残された身体の状態がシステムを稼働させるのに十分な栄養素が入っていなかったという事だと思います。だからこそそこにさらに栄養素を加えることによって体調が改善する余地があったというわけです。

つまり自然重視型だから症状が改善するのではなく、その人にとって必要十分量の栄養、もっと言えば必要十分な質の栄養が入っているかどうかで体調の善し悪しが決まるということになるのではないかと考える次第です。

従って、ジンテーゼは「過剰な栄養を取り除き、不足な栄養を補充することが人間本来のシステムを駆動させて健康状態を保つことができる。前者が中心の人は糖質制限だけで改善するが、前者と後者が組み合わさった人は糖質制限+サプリメント補充が必要となる場合がある」という感じになると思います。

ただもっと本質的に考えれば、サプリメント補充の部分も本来は必要最低限の栄養であるべきだと私は考えています。

なぜならば過剰補充してしまうと、そこが新たに過剰栄養となり、身体本来のシステムが働かなくなってしまう可能性があるからです。

だから私にとってサプリメントはあくまでも緊急避難策、必要十分量と質の栄養を自然重視型の考えを基本におくというスタンスが肌に合っているのだと思います。


一見矛盾する事実をより高次の次元で整えていくという作業を繰り返していくことで、

不要な対立を避けて、誰もが健康に向けてそれぞれの事情や立場を踏まえて主体的に取り組んでいける世の中になっていくことを、

先人達の哲学の叡智を駆使しながら私なりに推進し続けていきたいと思います。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

メガビタミンは栄養にあらず
>メガビタミンの方法論に非常に恩恵を受けておられる方は間違いなくおられる

その通りだと思いますが、一方で健康被害にあっている方も多数おられるようです。
鉄剤やナイアシンの大量摂取を勧める医師がおられますが、リスクについての情報発信がほとんど見られません。医療はリスク&ベネフィットであるべきであり、一部の方のベネフィットのために多くのリスクを冒すことは医療とは思えません。そして、一般人にとっては「ビタミン」と言う言葉からくる「栄養=良いもの」と言う感覚がそれに拍車をかけているとも思えます。

しかし、ビタミンの大量投与時の機序は、もはや栄養としての機序ではありません。例えばビタミンCの大量投与による癌治療では、大量投与した事により過酸化水素を発生し、それを無毒化できない癌細胞(通常の細胞は無毒化できる)が死滅すると言う機序が示されています。もはやビタミンCとしての本来の栄養ではなく、薬剤そのものです。
そして不要な鉄剤の服用は、酸化リスクを高め、ナイアシンは肝機能障害、インスリン抵抗性によって糖尿病を悪化させるリスクが払拭できません。

したがって、いくらビタミンと言えども大量に日常的に健康維持のために服用するものではないと私は考えます。

因みに私はナイアシンで、目的であったLDLコレステロールは下がらず、耐糖能が悪化し、一過性の肝機能障害を起こしました。自己責任ですから念のため、採血日から逆算して摂取したので、結果を見て中止しました。
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Re: メガビタミンは栄養にあらず
西村 典彦 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 鉄剤やナイアシンの大量摂取を勧める医師がおられますが、リスクについての情報発信がほとんど見られません。医療はリスク&ベネフィットであるべきであり、一部の方のベネフィットのために多くのリスクを冒すことは医療とは思えません。

 一理あると思います。でも一方でベネフィットばかりの情報を盲信する情報の受け手側にも問題がないとも言えません。

 結局、どのような医療情報も、それを元に自分の頭で考えて、自分の中で適用すべきかどうなのかという判断を行うプロセスを経ないと片手落ちになってしまいます。リスク情報を積極的に提供していたとしても、今度は正当なベネフィットが受けられなくなる可能性が生まれてしまうわけですから。

 大量ビタミンのアプローチが栄養というより薬物療法に近いという見解については私も同意です。
 少なくとも延々と続けるべき類の方法ではなく、緊急避難的な手段のひとつとして考慮されるべき方法ではないかと私は考える次第です。

> しかし、ビタミンの大量投与時の機序は、もはや栄養としての機序ではありません。例えばビタミンCの大量投与による癌治療では、大量投与した事により過酸化水素を発生し、それを無毒化できない癌細胞(通常の細胞は無毒化できる)が死滅すると言う機序が示されています。もはやビタミンCとしての本来の栄養ではなく、薬剤そのものです。
> そして不要な鉄剤の服用は、酸化リスクを高め、ナイアシンは肝機能障害、インスリン抵抗性によって糖尿病を悪化させるリスクが払拭できません。
>
> したがって、いくらビタミンと言えども大量に日常的に健康維持のために服用するものではないと私は考えます。
>
> 因みに私はナイアシンで、目的であったLDLコレステロールは下がらず、耐糖能が悪化し、一過性の肝機能障害を起こしました。自己責任ですから念のため、採血日から逆算して摂取したので、結果を見て中止しました。