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緩慢な変化には気づかない

category - よくないと思うこと
2020/ 02/ 23
                 
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http://reservestock.hatenablog.jp/entry/2018/04/05/014912

サラリーマンYouTuberのサラタメさんとある動画で、

2019年11月25日にIMF(国際通貨基金)の専務理事が、高齢化によって膨張する社会保障費を賄うため、20%への消費税率引き上げを盛り込んだ提言を発表した」というニュースを受け、

消費税20%になったら流石に反対する」という意見を言っておられました。

確かに、例えば消費税10%がいきなり20%になるというような急な変化が起これば、国民の大反対が起こるのは必至であろうと思います。

ところがこうした変化がじっくりとゆっくりと起こっているのが、今の日本の政治の進み方です。

根本原因が放置されたまま、対症療法が延々と繰り返されるだけの、いわゆる難病の構造と全く同じだと私は思います。
            

例えば、消費税は私がこどもの頃に導入されましたが、当時はまだ消費税3%でした。

もしもその3%から10%へいきなり引き上げられていたら、国民の猛反対を受けていたかもしれません。

しかし実際には私達国民は多少の反発心はあれど、結果的に消費税10%を受け入れている状況になっていると思います。

もっと言えば、消費税という仕組みがスタートしたのを受け入れられたのも、最初が3%であったからこそです。

これがいきなり10%であれば、まともな説明がない限りは消費税スタートに当たっても国民の大反対を受けていたことでしょう。

それもこれもなぜ結果的に受け入れられているのかと言いますと、「変化が緩慢だから」だと私は思います。

言い方を変えれば、「相手にわからないようにこっそりと変えていかれている」ということになりますね。

スウェーデンやフィンランドといった消費税に当たる税金が数十%国民から聴取されて教育や医療福祉体制などが充実している国もあるので、消費税自体の是非はここではおいておきましょう。

要するに「ゆでガエル理論」とも呼ばれる構造で、悪い変化がゆっくりじっくりと進行する状況に陥っているのが今の日本の大きな問題だと思います。

日本の政治家がこれを悪意を持ってやっているのかどうかはわかりません。きっとそうではないと思いたいところですが、

この構造は難病と一緒で、そこに悪意がなかったとしても進行していくという所がやっかいなところです。

消費税の増税は、病気に例えれば症状を和らげる対症薬のようなものです。それを使えば一時的に状況は改善します。

しかし根本原因は解決していないので、その改善はすぐまた元に戻ります。そして根本原因はそのまま進行していくので、

またさらに消費税を増やさないといけない状況に陥り、これがゆっくりと進行していくために、病気はどんどん取り返しのつかないレベルまで進行していくということになります。

正直言って私は今の日本はすでに手の打ちようのない難病のレベル、すなわち不可逆性が高いレベルにまで進行してしまていると考えています。

たとえ立派な理念を抱えた政治家が登場したとしても、間違いなく既存体制に潰されます。

自らの心地よい状態を進んで手放す人間などそうはおりません。少なくとも現状を悪化させないためにどうすべきかというアイデアを既存の枠組みの中で全力で考えます。

世の中には既存の枠組みにとらわれずに考えられる人も1〜2割くらいいるかもしれませんが、

残念ながら日本の政治という人格は、既存の枠組みを変えられない典型例です。対してひょっとしたら北欧諸国は違うのかもしれません。


そうすると私達はそんな絶望的な状況の中でどうすればよいのかという話になってきますが、

私は日本の悪政がどれだけ責め立ててきたとしても、生活が脅かされないようにするための生活力を身につけていくしかないと考えています。

たとえ十分な年金が支払われなかったとしても、消費税をじりじりと上げられたとしても、

それに負けないくらいの収入を確保して生活にゆとりを持つということ、

国会では相変わらず意味のない議論が繰り返されて、政府は付け焼き刃的な政策を繰り広げ続けるけれど、

それによって政治家の懐がどれだけ潤っていたとしても、自分の生活が脅かされないようにすることです。

具体的にはサラタメさんも言っているようですが、複数の働く術を自分で確保しておくということになると思います。

特に国に守られているからという理由でひとつの組織の中だけで働いているという働き方は残念ながらこの先の時代で大変リスキーだと私は考えます。

いつの間にかその熱湯の熱さに気づかずにゆであがってしまうカエルのようにならないためにも、

現時点ですでに煮えたぎっているであろうその熱湯から抜け出すという決断を他ならぬ自分がしなければならないように私は思います。

仕事とは他人に価値を提供することです。

複数の仕事を持つためには、他人へ価値を与える術を複数持っていなければならないので、

自分の中のコンテンツを成長させていくことが最も合理的な判断になるのではないかと私は考える次第です。


たがしゅう

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