糖尿病患者でグルカゴンが過剰に分泌される理由

2020/01/09 12:00:01 | 素朴な疑問 | コメント:5件

昨年1年間のブログ記事の中で、私が最も書くのに骨が折れたのが「グルカゴン熟考」という記事でした。

この記事に始まり、昨年末に参加した「グルカゴンセミナー」に参加してさらに理解を深めることによって、

糖尿病という病態の今まであまり考えられてこなかった別の側面が見えてきたようで、大変興味深く感じています。

中でも私の認識を変える最も大きな情報は「グルカゴンは増えすぎたアミノ酸を消費し一定に保つために分泌されている」という解釈です。

だから私が独自で行ったササミ負荷試験の時にも、グルカゴンが急上昇したということで附に落ちます。

ただ一方で、一般的な糖尿病患者においてグルカゴンが上昇するという現象が観察されるわけですが、

そうすると糖尿病患者は相対的に高タンパク負荷状態に陥っているということになるのでしょうか。 高齢者の栄養失調やサルコペニアが取り沙汰される昨今、それは流石にないのではないかと私は思います。

グルカゴンがアミノ酸が増えすぎた際の調節機構のキーだとすれば、アミノ酸が減りすぎた際の調節機構はオートファジーと呼ばれるタンパク質のリサイクル機構です。

アミノ酸が増えすぎる状況が起こるには大きく考えて二種類があるように思います。

①身体にはタンパク質が十分あって、なおかつタンパク質摂取が増えすぎた状況
②身体にはタンパク質が十分にないけれど、生命維持のために身体のタンパク質を切り崩して何とかアミノ酸を調節するシステムを過剰駆動させている状況


①は私のササミ負荷試験のような状況ですが、②に関してはオートファジーが過剰に抑制されてしまい、その結果起こってきている状況と考えられます。

つまり糖尿病患者はタンパク質の取り過ぎでグルカゴン過剰になっているのではなく、オートファジー過剰抑制によってタンパク質が過剰に切り崩され続けることでグルカゴン過剰になっているのではないかと私は思うのです。

オートファジーが抑制される要因は「摂食」と「インスリン」です。

食べるということは栄養が入ってくる現象なので、タンパク質をリサイクル利用する必要はないと身体が判断するのは理にかなっていますし、

インスリンが出ることも、タンパク質の摂取でインスリン分泌が促されることからもタンパク質が身体に取り込まれる反応を促進するわけで、リサイクルシステムを動かす必要はなくなります。

つまり糖尿病患者ではこの「摂食」と「インスリン分泌」、この二つのオートファジー抑制因子のどちらかが過剰になっているのではないかという考えが頭に浮かんできます。

「摂食」の過剰とは、頻食のことで、間食も含めて1日3−4回以上摂食している状況のことを指しますし、

「インスリン分泌」の過剰とは、糖質の過剰摂取が第一、第二にタンパク質の過剰摂取、第三に慢性持続性ストレスに伴う持続高血糖状態があることが考えられると思います。

そういう意味では、「糖質の頻回過剰摂取」は両者の要因を同時に満たしうる糖尿病へまっしぐらの生活行動ということになるわけですが、

「摂食」「インスリン分泌」のいずれも、絶対悪というわけではないですよね。生物が生きていくためにいずれもが必要な仕組みであるはずです。

ただそれらの仕組みが過剰に働き過ぎている、なぜなんだろうかと考えてみるとよいと思います。


自然界の野生動物にとっての「摂食」は基本その日暮らし、自分が食べたいと思う時に常に食べられる状況にはないことがほとんどです。

しかし人間だけがお金を元に食べたい時にいつでも食べられる状況を作り出すことに成功しました。

なおかつ人間は火を使うことによってドングリのように生では食べられない炭水化物であるβデンプンを、自然の中では山火事でもない限り到底ありつけないαデンプンへ変化させる術を手に入れて、そこから糖質によって魅せられる時代へと突入します。

一方で糖質にはタンパク質よりも「インスリン分泌」を強く刺激するという特徴がありました。

インスリン分泌高度刺激の背景には血糖値の急上昇があり、それに伴い脳の報酬系を刺激するという付随現象もありました。

そこには植物が動物を魅了し操る意図があるだとか、甘みが動物の食料獲得意欲を高めるトリガーとなっているだとか、様々な解釈をはさむ余地があるわけですが、

とにかく事実として、人類は他の動物ではありえない糖質をメインで食べることができる生活を手に入れることに成功し、結果的にそれまでの生活よりも「インスリン分泌」を強く受ける生活へと変化していくのです。

もともとはタンパク質という主要栄養源を身体に取り込むために進化の中で構築されてきたインスリン分泌のシステムでしたが、期せずして「インスリンは分泌させられるけれど、不思議とタンパク質は入ってこない」という『食べているのに栄養失調になる構造』がこうしてできあがることになります。

この構造があることによって、「インスリン分泌はあるのでタンパク質はリサイクルする必要なし、インスリンはあるので脂肪は分解する必要なし、けれど実質的に現場にアミノ酸が不足しているので、タンパク質を切り崩すより他になし」という非常に人為的な状況が生み出されてしまうのではないかと私は思うのです。

糖尿病患者の方でグルカゴン分泌が過剰となる理由には、こうした人為的環境によってもたらされた身体の勘違いがあるのではないかと考える次第です。


それでは対策はどうすればよいでしょうか。

原点回帰で自然のシステムを思い出すことです。もともと備わっている精巧なシステムを参考にすることです。

つまり糖質過剰のものばかり食べない、しっかりお腹がすくまで待ってから食べるようにしてなんとなくで食べない、そして基本的には身体が喜ぶ方向に行動するということです。

同じ食べ物を食べる時にでも、十分に空腹感を感じて食べる時と、そうでもない状態で食べるのとでは得られる快感は格段に違います。十分にお腹をすかせてから食べることにはそうした喜びがあるのだということを身体で思い出すことができるとよいと思います。

断食後の食べる喜びに焦点を当てないまま何も考えずに断食にトライすれば、従来の食に関する常識に伴って食べられなくて苦しいと感じたり、我慢の発想が頭を支配することによる慢性持続性ストレスを生じ、持続高血糖からの持続インスリン分泌へとつながり、せっかくの断食状態でもオートファジーがうまく活性化されないことがありうるので十分に注意してもらいたいです。

また糖質制限実践者の中でうまくいかない人の食生活をよくよく聞いていると、1日1-2食とか言っている人でもよく聞いてみるとチョコッとナッツを食べたり、間でサプリを飲んだりとかを含めて頻食である場合が多いです。

「グルカゴン過剰は、裏を返せばオートファジー過剰抑制の側面がある」ということを十分に認識した上で、これによる持続高血糖で悩む方は「摂食」と「インスリン分泌」を自然を参考にコントロールすることによってオートファジーを活性化させるアプローチを試みてみてはいかがでしょうか。

そうすれば、人為的に眠らされていた自分本来の自己治癒力が再度賦活されてくるのではないかと私は考えます。

勿論、無理にとは言いませんが、食べても食べても栄養がつかない、ですとか、厳密に糖質制限を守っているのに血糖値が下がらないという人は一つの参考にして頂ければと思います。


グルカゴンの話はとても複雑で難しいですが、考え甲斐がある内容です。

なぜならば誤解されてきた身体の現象に関する疑問が解消され、なおかつ本来進むべき姿が見えてくるからです。

難しい話を難しい話のまま留まらせずに、

実際の解決へとつなげられるような考察をこれからも心がけていきたいと思います。


たがしゅう
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コメント

もやもや

2020/01/20(月) 18:10:23 | URL | ねずみ #-
先生の論説で、とくに疑問を感じた2か所についてコメントさせていただきます。

まず、タンパク質摂取量が少ない場合、一定の血中アミノ酸濃度を維持するために、身体構成タンパク質を切り崩すことでそれを調達するということ、そしてその過程でまさに活躍するのがオートファジー機構であることは理解できます。

しかしながら、もし仮に、2型糖尿病患者ではオートファジー機構が抑制されているという先生の考えに従った場合、構成タンパク質を切り崩してそれを調達することがかなわず、すでにあるものは消費されるに従い次第に減少し、それに伴いグルカゴン分泌もやがて低下すると考えられるため、2型糖尿病患者で観察される血中グルカゴン量と先生の仮説とは整合性がないように思われます。

もし、2型糖尿病患者のインスリン分泌量が減っていないことを説明に加えるのであれば、分泌されている量と期待される効果が見合っていない状態、すなわちインスリン抵抗性の状態に陥っていることを付け加えたほうが良いように思えます。

つまり、本来インスリンの作用で抑制されるオートファジー機構が、2型糖尿病患者にみられるインスリン抵抗性の状態ではあまり抑制されておらず、構成タンパク質由来のアミノ酸供給がつづき、そのシグナルをα細胞がキャッチして、ほどほどのグルカゴンを分泌し続けているので、あまり検出されてほしくないはずのグルカゴンが患者で観察されている、という話の展開のほうがすんなり頭に入ってくる気がしますけれど、いかがでしょうか。


つづいて、糖質・デンプンに関する部分について、先生もまた、多くの人や、少し前の私と同じように、生デンプンは”消化することができない”という教科書的な思い込みに縛られているようで、過去にデンプンに関するブログ記事も投稿されているようですが、穀類各々のデンプンの特徴・性質と、その調理加工の程度と消化されやすさ等について、あまり詳しくご存じないように感じました。

私は、乾燥状態の玄米を一日に150~200g前後、水洗いも加熱調理せずそのまま噛み砕きながら食べることを半年以上試し続けましたが、それがきちんと消化されることを体験しました。そして先日読んだ論文には、未調理の米や小麦の推定GI値がおよそ60程度だと報告されており、その内容は、果糖ブドウ糖液糖やコーンシロップなどとして知られる転化糖を開発する時代の論文や、畜産飼料に関する論文等との整合性があり、個人的な体験を振り返っても、生で消化されるデンプンもあると捉えるのは間違っていないと感じています。


そして蛇足になりますが、他のブログ記事で取り上げられていた、古代人の歯石にデンプンの粒子が確認されたという話も、私が玄米をそのまま噛み砕いて食べたのと同じように、また高崎山の野生ニホンザルが飼育員の撒いた小麦をせっせと拾って頬張るように、その古代人も小麦などの穀物をかみしめていたのだろうと想像しています。

きっと私のような玄米の食べ方は、医学的に”異食症”とみなされるのでしょうけれど、野生動物等のそれらの食べ方と比較すると、当たり前のように加熱調理して食べるヒトの食べ方のほうが、ちょっと異質な印象を受けてしまいます。

Re: もやもや

2020/01/20(月) 19:44:35 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ねずみ さん

 コメント頂き有難うございます。

> もし仮に、2型糖尿病患者ではオートファジー機構が抑制されているという先生の考えに従った場合、構成タンパク質を切り崩してそれを調達することがかなわず、すでにあるものは消費されるに従い次第に減少し、それに伴いグルカゴン分泌もやがて低下すると考えられるため、2型糖尿病患者で観察される血中グルカゴン量と先生の仮説とは整合性がないように思われます。

 私の仮説を導く流れは次の通りです。
 ・2型糖尿病の患者はおしなべてグルカゴンが上昇しているという事実が観察されている
 ・名古屋のセミナーでグルカゴン上昇の意義はアミノ酸の恒常性を保つために生体内でのアミノ酸利用が促進されることを示す基礎実験的な事実を学んだ
 ・それが正しいと仮定すれば、グルカゴン上昇の理由は正の因子の亢進(アミノ酸摂取過多)か負の因子の抑制(オートファジー抑制に伴う構造タンパク質の切り崩し)のどちらかになるであろう。
 ・2型糖尿病患者の中でもタンパク質を取り過ぎている人もいるだろうが、新型栄養失調も問題視されている中で全員が全員タンパク質過多の可能性は低い。
 ・2型糖尿病の病態はインスリン分泌不足かインスリン抵抗性の亢進が主体。前者には多くの場合インスリンが補充され、後者はもともとインスリン分泌過多が存在している状況。いずれにしてもインスリンが過剰に存在することが共通している。
 ・そう考えれば2型糖尿病患者のグルカゴン上昇の主因は負の因子(オートファジー)の抑制と考えて矛盾はない。
 ・オートファジーが過剰に抑制されているため、タンパク質が再利用されることはなく、構造タンパク質はどんどん切り崩されていく、普通ならば切り崩された時点でアミノ酸は適正量となり、グルカゴン分泌の上昇は起こらないはずだが、過剰にオートファジーが抑制されているので、適正量と思われるアミノ酸量でもさらにアミノ酸利用を促すようグルカゴンの上昇が起こる。
 ・つまりアミノ酸を適正以下量へ減らしていく反応が進んでしまい、そこにアミノ酸が十分にないのにそれでもグルカゴンが分泌されてしまうという理不尽な事態へとつながっていく。このことは糖尿病の進行期にインスリンを打っているのにやせていく現象や、インスリンを同じ部位に何度も注射しているとその部位が萎縮していくリボジストロフィーという現象が起こる事実と矛盾しない。

 すなわち、私が導いた考えは「インスリン過剰存在により構造タンパク質の分解による適正量以下のアミノ酸でもグルカゴン分泌上昇が起こってしまう」という内容を含んでいます。名古屋のセミナーで聞いた話が正しいことを前提に組み立てた仮説ですが、セミナーでの話しは私の中でかなり説得力を持つ内容だった故にこの考え方を真として仮説を進めています。

> 2型糖尿病患者にみられるインスリン抵抗性の状態ではあまり抑制されておらず、構成タンパク質由来のアミノ酸供給がつづき、そのシグナルをα細胞がキャッチして、ほどほどのグルカゴンを分泌し続けているので、あまり検出されてほしくないはずのグルカゴンが患者で観察されている、という話の展開のほうがすんなり頭に入ってくる気がしますけれど、いかがでしょうか。

 インスリン抵抗性の状態がオートファジーを抑制しないと捉えておられるようですが、それだと構成タンパク質由来のアミノ酸はリサイクルされることになるので、糖新生などのシステムに使われるアミノ酸供給はむしろ減る、という話へ進まないと矛盾するように私には思えます。
 ちなみに私はインスリン抵抗性があろうとなかろうと、そこにインスリンが過剰に存在していればオートファジーは抑制されると考えています。

> 私は、乾燥状態の玄米を一日に150~200g前後、水洗いも加熱調理せずそのまま噛み砕きながら食べることを半年以上試し続けましたが、それがきちんと消化されることを体験しました。そして先日読んだ論文には、未調理の米や小麦の推定GI値がおよそ60程度だと報告されており、その内容は、果糖ブドウ糖液糖やコーンシロップなどとして知られる転化糖を開発する時代の論文や、畜産飼料に関する論文等との整合性があり、個人的な体験を振り返っても、生で消化されるデンプンもあると捉えるのは間違っていないと感じています。
> 古代人の歯石にデンプンの粒子が確認されたという話も、私が玄米をそのまま噛み砕いて食べたのと同じように、また高崎山の野生ニホンザルが飼育員の撒いた小麦をせっせと拾って頬張るように、その古代人も小麦などの穀物をかみしめていたのだろうと想像しています。


 「未精製の穀物でも消化できるので、古代人の歯石にデンプンの粒子が残存している事は、古代人がデンプンを主食にしていたことの証明になるだろう」というご意見でしょうか。

 私がご指摘のブログ記事で述べたことは、デンプン粒子が歯石に残存している事は消化吸収に適していないことの証明にはなるが、それをメインで食べていたことの証明にはならないという話です。

 一方で緊急胃カメラの食物残渣には炭水化物主体の食べ物が残っている割合が多く、タンパク質主体の食品が残渣として残っている場面をみることはまずありません。それ故、炭水化物主体の食品よりもタンパク質主体の食品の方が消化吸収されやすいという事実はほぼ証明されたといってよい状況ではないかと思われます。

 そして未精製・未加熱の多デンプン食(ドングリや生米など)はなんと言ってもおいしくないので、古代人は多デンプン食も食べていただろうけれど、どちらかと言えばそれを主食にしていた可能性は低いと考えるのが妥当だと私は思います。

ちなみに個人的には古代人は自生する植物や昆虫や動物の残し肉や骨髄を食していたという見解が真実に近いのではないかと考えておりますが、タンパク質は跡形もなく消化されてしまっているのでこちらを直接的に証明するのは困難で、状況証拠から推論していくしかないと思います。

オートファジーがスクラップ&ビルド ??

2020/02/08(土) 13:53:01 | URL | ねずみ #-
「オートファジーが過剰に抑制されているため、タンパク質が再利用されることはなく、構造タンパク質はどんどん切り崩されていく」と先生は説明されています。

でも換言すると「スクラップシステムが過剰抑制されているため、どんどんスクラップされていく」となり、そのシステムが稼働しないのだから、調達材料がないのに再利用は当然考えられませんし、稼働していないシステム以外のいったい何がそれをスクラップしてくのか、勉強不足で理解力に乏しい私の頭は正直こんがらがっています。

改めていくつかの総説を読み直しましたが、スクラップ(分解)と、ビルド(合成)のスイッチングプロセスの中心的なレギュレーターであるmTORC1の状態いかんによって、どちらかに傾くと基本的には捉えておいたほうがよく、オートファジー機構はそのスクラップシステムの一つであって、先生が”リサイクル”と表現されるような、スクラップ&ビルドの統合システムではないと思います。



先生はあまり納得されていらっしゃらないようですが、私から紹介させていただいた「思うほどスクラップ系が抑制されていない」という内容を割とイメージしやすい模式図がJamesらの総説中のFigure 4で、筋肉でのインスリンやIGF-1によるタンパク質代謝の調節について描かれています(論文1)。

まず、その図の左側(A)は、(普通の人の)食後の状態を示しています。

インスリン受容体やIGF-1受容体が受信した入力シグナルはIRS-PI3K-Akt経路を順次活性化し、その活性型Aktによってリン酸化された転写調節因子FoxOは、活躍の場である核内へと移行できず細胞質にとどまることになり、タンパク分解にかかわるオートファジー関連やプロテアソーム関連の遺伝子発現量があまり変化しません。そのためタンパク分解がさほど活発化しないことを表現されています

さらに食事によって増加したアミノ酸も、IRS-PI3K-Akt経路とは別ルートでmTORC1を活性化し、オートファジー機構を抑制すると同時に、リボゾーム生合成にかかわるS6K1や、mRNAの翻訳プロセスにかかわる4EBP1が活性化されタンパク合成が盛んになり、先のFoxOにまつわる変化を合わせると、正味のバランスがタンパク合成に傾き、筋肉のタンパク質量増加・成長へと状態が進んでいく流れをイメージできると思います。

つづいて図の右側(B)は、絶食時でインスリン分泌が低下しているとき、また肥満・糖尿病等でインスリン抵抗性を呈しているときを表現しています。

受容体の受け取るシグナルが少ない(絶食)、あるいは受信したシグナルを上流から下流にうまく伝えられない状態(インスリン抵抗性)では、IRS-PI3K-Akt経路がそれほど活性化されません。(なぜ伝わりにくくなるのかは、後ほど別の総説の図を紹介して説明します。)

そのため抑制的な調節(リン酸化)を受けずに済んだFoxOが核内に移行して、タンパク質分解に関連した遺伝子の発現量がふえます。

一方、絶食や糖尿病の状態ではmTORC1の活性はほどほどに高くなっていることが知られており、そういったことで合成も分解もほどほどに促進されていますが、正味のバランスでは合成量を上回ってタンパク分解側にやや偏り、再びビルドに利用されなかった余剰アミノ酸は組織外へ漏出し、しだいに筋肉が細く痩せていくことをイメージできると思います。

ところで、インスリン抵抗性を呈する状態でIRS-PI3K-Akt経路が思ったほど活性化されない理由ですが、それをイメージしていただくにはArdestaniらの総説に描かれている図(論文2; Figure 3)がわかりやすいと思います。

インスリン受容体等(図ではRTK(受容体チロシンキナーゼ))に入力したシグナルは、IRS-PI3K-Akt経路を活性化し、その下流にあるmTORC1、S6K1を順次活性化していきますが、それらによって経路上流がネガティブフィードバック調節を受けるメカニズムが考えられています。(論文2; Figure 3A)

こういった流れで、血中アミノ酸増加の理由を「思うほどスクラップ系が抑制されていない」と考え、それをキャッチしたα細胞からのグルカゴン分泌にも影響を与えていると考えたほうが、すんなり頭に入ってくる気がします。



【参考論文】
1) Haleigh A. James, et al. "Insulin Regulation of Proteostasis and Clinical Implications." Cell Metab. 2017 Aug 1; 26(2): 310-323. ( https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28712655 )

2) Amin Ardestani, et al. "mTORC1 Signaling: A Double-Edged Sword in Diabetic b Cells." Cell Metab. 2018 Feb 6; 27(2): 314-331. ( https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29275961 )


ケアレスミスの訂正

2020/02/08(土) 16:52:33 | URL | ねずみ #-
Jamesらの総説の図を説明するところで、「リボゾーム生合成にかかわるS6K1や」と書いてしまいましたが、正確には「リボゾームでのタンパク合成にかかわるS6K1や」です。

失礼いたしました。

Re: オートファジーがスクラップ&ビルド ??

2020/02/12(水) 16:35:47 | URL | たがしゅう #C.hfXFiE
ねずみ さん

 コメント頂き有難うございます。
 御提示の論文を確認した上で御返事するのにまとまった時間がなかなか取れず、御返事が遅くなり大変申し訳ございませんでした。

 確かにオートファジーは厳密に言うと「スクラップ&ビルドの統合システム」ではなく、主に「スクラップ」システム、すなわち体内にある再利用可能な蛋白源を分解し、血中へアミノ酸として放出させる所までを担当しているシステムであるように思えます。その後「ビルド(re-build)」するかどうかはその身体が持っている蛋白合成システムの残り具合により、そのシステムが破綻していればオートファジーがいくら働いていても構造蛋白が減少していく一方ということになってしまうのでしょう。

 そうでないと、例えば寝たきり高齢者の方がよく繰り返す誤嚥性肺炎に対して長期間絶食とせざるを得ない状況があるのですが、そうした方も絶食でオートファジーを活性化しているにも関わらず筋肉量は減っていって最終的に亡くなっていくという事実と矛盾を生じます。オートファジーさえ活性化していればスクラップ&ビルドのシステムが働き続けて安泰、というわけにはいかないのだと思います。

 一方で御提示頂いたJamesらの総説中のFigure 4の右図(B)において、絶食と糖尿病のインスリン抵抗性状態を同列に語っているのは少し納得がいきません。「絶食状態」は「インスリンがなくてインスリンシグナルが動いていない状態」であるのに対して、「糖尿病のインスリン抵抗性状態」は「インスリンがあるのにインスリンシグナルが働いていない状態」であるからです。

 同じインスリンシグナルが働いていない状態なのだから別によいのではと思われるかもしれませんが、違います。後者はインスリンのシグナルは働きながらも余剰なインスリンの分までもがインスリンシグナルを送り切れていないという状況ですので、言わば左図(A)のインスリン受容体からの刺激がありながら右図(B)の流れが動いているような状況です。そうなるとオートファジー関連遺伝子が抑制されながらしかもアミノ酸でmTORが活性化されてさらにオートファジーが抑制されるという過剰抑制状態にいたり、結果的に外部からのアミノ酸供給が十分でなければ身体の構造タンパクが切り崩されて続けていく状況、という風にみることができます。新たなタンパク質を切り崩すのではなく、すでにある再利用可能なタンパク質を切り崩す「再利用を念頭においたスクラップシステム」であるオートファジーがきちんと機能するためには、十分にインスリンが低い状態であることが必要十分条件であるはずです。「糖尿病のインスリン抵抗性状態」ではその条件を満たすことができないために、オートファジーが抑制されてしまうのです。

 そしてオートファジーが過剰抑制されている状況であっても、血中アミノ酸が低下すれば身体は生命を維持するためにどこかからアミノ酸を調達してくる必要に迫られます。その結果、オートファジーとは関係のないシステムで構造タンパク質の切り崩しが起こっていくのです。そういえば、ストレスホルモンの一種コルチゾールにもタンパク質異化作用がありますが、こういう時の構造タンパク質の切り崩しに関わっていると言えますし、同じ絶食状態でもストレスにまみれる飢餓状態だと健康に寄与する効果が得られないというのはそういう所に理由があると思います。

 2015年2月28日(土)の本ブログ記事
 「飢餓や摂食障害は、断食や不食とは違う」
 https://tagashuu.jp/blog-entry-589.html
 もご参照下さい。
 
 というわけで、「オートファジーが過剰に抑制されているため、タンパク質が再利用されることはなく、構造タンパク質はどんどん切り崩されていく」という私の結論は変わりません。正確に言えば、「(再利用のためのアミノ酸を調達するためのタンパク質スクラップシステムである)オートファジーが過剰に抑制されているため、タンパク質が再利用されることはなく、(それでも血中アミノ酸濃度を保たなければならないので、ストレスホルモンなどのオートファジーとは別の緊急避難的なメカニズムによって)構造タンパク質はどんどん切り崩されていく」ということになります。その構造タンパク質を切り崩されて調達されたアミノ酸を利用するためにグルカゴンは分泌され続けているのではないかと私は考えます。

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