Post

        

人類はあえて遺伝子を増やさなくなった

category - 読者の方からの御投稿
2019/ 12/ 12
                 
「アミラーゼ遺伝子の多さはデンプン食に適しているか」という記事を書いた際に、

ブログ読者のよつとらい@2型糖尿病さんより以下のコメントを頂きました。

(以下、コメントより一部引用)

アミラーゼ遺伝子(AMY1A)にはコピー数多型(copy number variant; CNV)があるようです。

コピー数と唾液アミラーゼ濃度は、正の相関があるようです。

エピジェネティックな発現制御もあるのかもしれませんが、遺伝子のコピー数が多いか少ないかで発現量が変わってくるようです。

(引用、ここまで)


遺伝につき浅学にして、CNV(コピー数多型)に関しては把握不足でした。
            

よつとらい@2型糖尿病さんがおっしゃるように、NHKの番組で紹介されていた「日本人はアミラーゼ遺伝子の数が多い」という表現は「日本人はアミラーゼ遺伝子のCNVの数が多い」という解釈をするのが妥当だと思われます。

このCNVというのは何なのかという事を確認してみますと、

そもそもヒトの遺伝子は、父と母のそれぞれのゲノム(全遺伝情報)に由来するものを一組ずつ、あわせて二組受け継ぎます。

したがって通常、ある遺伝子に着目した場合、それぞれ2つ(=2コピー)の遺伝子を有するというのは基本なのですが、

近年、個人によっては1つの細胞あたり、2コピーあるはずの遺伝子が1コピーしかなかったり、あるいは3コピー以上存在するというように遺伝子のコピー数に個人差があるということが判明してきたそうで、この数の違いがCNV(コピー数多型)と表現されています。

従って、「日本人はアミラーゼ遺伝子のCNVが多い」と言った場合には、あらかじめ決められたゲノムの中でどの遺伝子が活性化するかという活性化部位の数の多さという意味ではなく、

ある塩基配列によって構成される特定のアミラーゼ遺伝子が重複しており、ゲノムの中で占めるアミラーゼ遺伝子の配列が占められる割合が単純に多いという話になると思います。

そしてそれは生まれた後に自由自在に変化する数ではなく、「生まれつき決まった数」ということになると思います。

ただし、その数のうちどの部分が発現してタンパク質の合成につながるかは、エピジェネティクスを通じてまだ変化の余地があると思います。


ではなぜそのように基本から外れるような出来事が起こってしまうのかと言いますと、その理由は進化の歴史の中からうかがい知ることができます。

実は、ヒトを含む哺乳類の細胞内では、全ての遺伝子の数はつねに厳密に一定になるように制御される仕組みが備わっています。

一方で進化論を正しいと仮定した際に、は虫類は哺乳類よりも進化の前段階とみることができるわけですが、

は虫類のように進化前の段階にある状況では、発生過程で特定の遺伝子の数が増えることは比較的ありふれて行われています。

その遺伝子産物が、発生の過程で大量に必要になった場合に、遺伝子の数を増やすことは、単純に便利です。

カメレオンのように周囲の環境を合わせたり、トカゲの尻尾のように切断という状況にのみ創傷治癒能力を向上させることはその具体例になるでしょう。

しかしながら、そのように遺伝子の数を環境に合わせて変化させるよりも、

遺伝子の発現数自体は動かさず安定させて、遺伝子のどの部分を発現させ、あるいは発現させないべきかを選別するシステム(エピジェネティクス)を進化させるようが生存に有利ということになり、

は虫類では用いていた遺伝子増幅システムを哺乳類ではわざわざ抑制して使用するようになったという流れを見ることができるのです。

は虫類が変温動物(環境により体温が変化)であるのに対し、鳥類や哺乳類が恒温動物(環境に関わらず体温を一定に保とうとする)となっていることや、

ヒトに恒常性維持(ホメオスターシス)の機構が備わっていることも、この進化の流れの仮説を支持する傍証になっているものと思われます。


従って、哺乳類でCNVの数が増えるという現象は、

昔採用して現在は抑制していたはずの遺伝子増幅システムが再活性化されている状況だとみることができます。

なぜもはや使わなくなったはずのシステムが再活性化しているのでしょうか。

それは、「そうでもしなければ環境に適応できなくなってきたから」ということであり、決して余裕のある状況ではないという姿が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

先ほど、は虫類からの遺伝子増幅のシステムを生物が抑制するようになったことを「生存に有利になるため」と表現しましたが、

遺伝子増幅システムを残すことで生じるデメリットの最たるものは「細胞のがん化」です。

要するに、環境によって遺伝子増幅が容易に起こるということは、環境次第でとどまることなく遺伝子増幅が起こりうるということであり、

がん化という環境適応も際限なく起こり続けてしまい、結果的には制御困難になった細胞の過剰がん化で自らの生命を危機にさらすという皮肉な事態が起こりやすくなってしまったのでしょう。


と、いうことは、です。

「日本人のアミラーゼ遺伝子のCNV数が多い」ということは「デンプン食に適しているから大丈夫」という悠長なことを示している状況なのでしょうか。

「アミラーゼ遺伝子のCNVが多い」というのは、過去に封印したシステムをリスクを承知で掘り起こしてようやく多デンプン食に何とか適応している、言わば生存に不利な要因を抱えつつ無理矢理適応している状況と考えることができるのではないでしょうか。

もっと言えば、旧型システムを発動しなければやりくりできないほどに多デンプン食が想定外に増える環境におかれることになった、とみることもできるように思います。

旧型システムを発動せずにすむ安定的なシステム運営に戻すためには、

増えすぎた多デンプン環境を、そもそもこのシステムが採用をされた頃のデンプン環境に戻すという方向性を基本におくべきではないかと私は考える次第です。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント
        

No title
は虫類と比較して鳥類やほ乳類では遺伝子の重複変異が起こりにくいのかどうか私には分かりませんが、例に挙げられているカメレオンの体色変化やトカゲの尻尾再生は遺伝子重複によるものと考えられているのでしょうか。

>昔採用して現在は抑制していたはずの遺伝子増幅システムが再活性化されている状況

CNVはゲノム上に多数存在していることが知られており、それなりの頻度で起きているようです。ですので、ごく普遍的な現象であり、抑制していたはずのシステムが再活性化されている、というわけではないと思います。
遺伝子の変異は多様性を生み出すための生物戦略のひとつであり、もし遺伝子が変化することを完全にやめてしまったら、その生物種は環境の変化に耐えられず、絶滅してしまうのではないでしょうか。

CNVの多くは無害なもので、一部は有害(疾患の原因になりうる)、一部は有益な形質をもたらしていると思われます。
致命的なもの、繁殖に問題を生じるものであれば、そのCNVは子孫に受け継がれず淘汰されるでしょう。
しかし、無害なものはそのまま受け継がれていき、有益なものであればより強く受け継がれる選択圧が高まると思います。

AMY1遺伝子の場合は高でんぷん食の環境に適したCNVで、コピー数の多い個体の方が効率よくエネルギー摂取できたために有利だったでしょう。

間違えてはいけないのは、遺伝子の変異は「生存に有利になるため」を目的に起きるのではない、ということです。変異は目的なくランダムに起きます。その中で、生存に不利な変異は淘汰され消えていくが、無害または有益なものは受け継がれていくのです。

つまり、AMY1遺伝子のコピー数が多い集団というのは、たまたまコピー数変異が起きた結果、その方が繁殖に有利だった、そういう選択圧があった、ということであり、高でんぷん食に適応するために無理矢理変異させたわけではないと思います。

ただし、AMY1遺伝子のコピー数増加が有利だったのは、現代の高でんぷん食とは全く違う環境だった時代の話です。今のように精製糖・精製穀物をお腹いっぱい食べていたのではなく、玄米に近い形で食べていたでしょうし、雑穀も混じっていたと思います。そもそも品種改良されるまでは、今の米粒のように胚乳部分が大きかったとも思えません。
ですから、日本人は米食に適した体質なのだ!との主張は、現代の食事には当てはまらないと思います。もし主張するのであれば、精白米ではなく、雑穀入り玄米を腹八分目に食べるのが日本人本来の健康食である、というのが筋だと私は考えています。
Re: No title
よつとらい@2型糖尿病 さん

 コメント頂き有難うございます。

> CNVはゲノム上に多数存在していることが知られており、それなりの頻度で起きているようです。ですので、ごく普遍的な現象であり、抑制していたはずのシステムが再活性化されている、というわけではないと思います。

 そういう解釈もできると思いますが、私はそうは思いません。
 なぜならばコピー数は2つになることが基本なので、コピー数が増えたり欠失したりする方はやはりエラーだと私は考えます。コピー数が増えている状態を普遍的と捉えているよつとらい@2型糖尿病さんとは考え方が違うようです。

> 遺伝子の変異は多様性を生み出すための生物戦略のひとつであり、もし遺伝子が変化することを完全にやめてしまったら、その生物種は環境の変化に耐えられず、絶滅してしまうのではないでしょうか。

 それは私もそう思います。ただ生物が計画的に遺伝子変異を起こしているというよりもあくまでもエラーの結果と考えます。従ってアミラーゼ遺伝子のコピー数増加もエラーの結果で、それで実害を被っていないのはたまたまそうなっただけで、エラーによっては実害を被る変化になりうると思います。実際、御指摘のようにCNVの様相によっては疾患の原因になりうるというのはこの延長戦上の話と思います。

> AMY1遺伝子の場合は高でんぷん食の環境に適したCNVで、コピー数の多い個体の方が効率よくエネルギー摂取できたために有利だったでしょう。

 それにしては日本人はやせ型糖尿病、すなわちアミラーゼでデンプンをしっかりと分解してしっかりとインスリンを分泌するに至っていないタイプの人が多いように思えます。もしアミラーゼ遺伝子のコピー数増加が生存に有利な結果に至ったのであればもっと肥満型の糖尿病が増えていたり、糖尿病の数そのものが少なくなっていないとつじつまが合わないように私は思います。

> 間違えてはいけないのは、遺伝子の変異は「生存に有利になるため」を目的に起きるのではない、ということです。変異は目的なくランダムに起きます。その中で、生存に不利な変異は淘汰され消えていくが、無害または有益なものは受け継がれていくのです。

 その点については同意します。ただし無害かつ無益なもの、あるいは有害性が少ないものも受け継がれていくでしょう。受け継がれたものが全て有益とは限りません。はたしてアミラーゼ遺伝子のコピー数増加は本当に有益と言い切れるでしょうか。

 アミラーゼがよく働けばデンプンを糖として吸収するのが有利になります。それにより糖代謝が駆動されやすくなりますし、インスリンは分泌されやすくなります。それが適当な刺激で済んでいればよいですが、現代のような精製炭水化物主体の環境においてははたして適当な刺激で済むだろうかと私には思えます。
No title
私も、コメントの最後に書いたように、現代の精製糖・精製炭水化物の過剰摂取は健康に害であると考えています。
そこはたがしゅう先生と同意見です。

ただ、先生の論理の導き方が、まずは炭水化物の摂取は害であるという結論ありきで進められているように見受けられましたので、もう少しニュートラルな視点で見た方がよいのではないかと思った次第です。

日本人に糖尿病が増えたのは、単純に運動量の低下と、精製糖・精製糖質、加えて脂肪摂取の増加によるエネルギー過剰の問題ではないでしょうか。
アミラーゼ遺伝子のコピー数増加により、高食物繊維のでんぷん質を、よく噛んでほんの少し食べただけで効率よく十分量のエネルギー摂取ができた日本人の体は、飢餓の時代に適応しすぎてしまった(過剰なエネルギーを皮下脂肪として安全に貯蔵する機能を発達させる機会がなかった。インスリン感受性が高かったために、少ないインスリン量でも十分だった)。
しかしながら、そのような体質を獲得した結果、飽食の時代に適応できず、太る間もなく生活習慣病を発症してしまう、ということのような気がします。

遺伝子の変異が有利になる有害になるかは、鎌状赤血球のように環境によって変わることは、医師であるたがしゅう先生もよくご存知でしょう。
古代の日本人にとっては、アミラーゼ遺伝子の重複は有利に働いたのでしょう。
でも、現代では有利ではなくなりました。
しかし、有害になったわけでもないと思います。
有害なのは、運動不足と食べすぎなのだと思っています。
Re: No title
よつとらい@2型糖尿病 さん

> 先生の論理の導き方が、まずは炭水化物の摂取は害であるという結論ありきで進められているように見受けられました

 「アミラーゼ遺伝子のコピー数増加」=「日本人が多デンプン食に適応」こそ結論ありきの論理に私には思えますので、それとは違うものの見方を事実に基づいた思考で披露したつもりです。しかしどう解釈されるかは人それぞれなので仕方のないこととも思います。

 私の主張(解釈)をもう一度整理すると下記になります。

 「アミラーゼ遺伝子のコピー数増加」
 →「本来は2コピーのアミラーゼ遺伝子が偶発的に増加した人種で多デンプン食の環境においてたまたま有利に働いて遺伝子コピー数が増えたまま保存された」
 →「ただしアミラーゼ遺伝子が増えることによって身体は一時的に楽になったものの同時に糖質過剰蓄積(高インスリン血症)のリスクを抱え込むことになった」

 参考にした事実は「2コピーが遺伝子複製の基本であるということ」と「遺伝子増幅は下等生物では一般的に認められる現象だけれど、高等生物ではそれが起こらないよう制御されている」という2点です。


> アミラーゼ遺伝子のコピー数増加により、(中略)飢餓の時代に適応しすぎてしまった

 飢餓応答にはオートファジーのシステムが酵母の頃から脈々と受け継がれているわけですが、人類は多デンプン食の環境を獲得したが故にアミラーゼ遺伝子コピー数増加が有利に働く淘汰が働くようになりオートファジーとは逆のデンプンありきの飢餓応答システムを進化させる方向に働いた、ということではないかと思います。生存にとってよいかどうかは別にして、です。

 少なくともアミラーゼ遺伝子のコピー数増加がよいことだ、とだけ解釈する姿勢はニュートラルでないと私は思います。

 なお鎌状赤血球症はマラリアの感染は防ぎますが、重度の貧血や血管閉塞イベントを起こしやすくするリスクを抱えた状態でありよいとも悪いとも解釈できる環境適応だと思います。