アミラーゼ遺伝子の多さはデンプン食に適しているか
2019/12/05 17:00:01 |
よくないと思うこと |
コメント:4件
先日NHKで放送された「食の起源」というスペシャル番組で長期的な糖質制限が危険である旨を伝える内容が放送されました。
放送内容を簡単にまとめると以下のような内容だったようです。
・古代人の歯石を考古学的に解析するとデンプンが残存していた
・日本人などでんぷんを多く食べる民族のアミラーゼ遺伝子の数は多い
・デンプンを食することで人類は脳が大きくなり、知能が飛躍的に向上した
・ハーバード大学の論文に糖質摂取比率50〜55%が最も死亡率が低いという結果あり
→ゆえに、私たちは毎食茶碗1杯程度のごはんを食べるべきである(長期的な糖質制限は危険である)。
相も変わらず、あの手この手で糖質制限のネガティブキャンペーンが繰り広げられる現状に辟易しています。 それでもこの情報によって少しでも不安があおられてしまう人を減らすために検証しておきましょう。
歯石へのデンプンの残存についてですが、確かにこれは古代人がデンプンを摂取していたことの証明にはなると思います。
しかしこれを持って古代人がデンプン質の食事をメインで食べていた証明にはならないのではないかと思います。
むしろ歯石にデンプンが千年にわたって残存しているということは、デンプン質が人類にとって消化吸収するのに適していない栄養成分であったことの証明という方がつじつまが合います。
もしデンプン質主体の食品が人類に適しているのであれば、そこに残っていること自体がおかしいということにはならないでしょうか。
一つ飛ばして脳の容積増大とデンプン質摂取との関連についてですが、
デンプン質、およびそれが分解されてできる糖質を摂取することで付随するインスリン分泌のメカニズムは細胞増殖を促し、
脳の成長が促される時期にインスリン分泌が繰り返されることでドーピング的に脳だけでなく全身を大きくすることに寄与する可能性はあると思います。
近代化していくにつれて人類の身長が伸びていっているという事実もこの仮説を支持します。
しかし脳の容積が大きくなれば、知能が高くなるかと言われたら必ずしもそういうわけではありません。
それであればゾウの知能は人間よりも発達していなければならないという話になってしまいます。
同一種内で脳が大きいほど知能が高いのかと言われてもそうではありません。例えば天才アインシュタインの脳の大きさは平均的な脳の大きさよりむしろ小さいということがわかっています。
またアインシュタインの脳内にある神経細胞の数も一般人と大差はありません。ただグリア細胞という神経細胞の周囲にある細胞がとても多く存在していたのだそうです。
脳の何が知能に関わるかは諸説ありますが、極めて合理的な仮説を組み立てる夏井先生の書籍『炭水化物が人類を滅ぼす〜最終解答編〜』では、「人間の脳は無目的に大きくなった」可能性を示す下りがあり、
件のハーバード大学の論文に関しては他所でも批判されていますし、医学論文の妥当性自体に揺らぎがあります。本格的に判断するにはかなり労力を費やす必要があるのでここではあえて詳しくは触れません。
今回私がメインで触れたいのはアミラーゼ遺伝子に関する話についてです。
NHKの番組で紹介されていたアミラーゼ遺伝子についての主張をまとめると次のようになります。
(以下、紹介サイトより一部引用)
・アメリカ、ダートマス大学のナサニエル・ドミニー博士は、世界の様々な民族のアミラーゼ遺伝子の数を調べた。その結果、でんぷんをあまり食べない民族のアミラーゼ遺伝子は平均4~5個。これに対し、日本人などでんぷんを多く食べる民族のアミラーゼ遺伝子は平均7個であることを発見した。
・実は「アミラーゼ遺伝子が多いと太りにくい」という驚きの事実が明らかになっている。
ロンドンにあるキングスカレッジのマリオ・ファルチ博士は、アミラーゼ遺伝子が多い人と少ない人のBMIや体脂肪の量を調べた。その結果、アミラーゼ遺伝子が多い人は、有意にBMIが低く、また体脂肪の量も少ないことが分かった。そして、アミラーゼ遺伝子数が4個以下の人と、9個以上の人を比べると、4個以下の人の肥満リスクは8倍にも高まっていた。つまり、アミラーゼ遺伝子の数が平均的に多い日本人は、ご飯を食べても太りにくい人が多いのだ。
・アメリカ・モネル化学感覚研究所のポール・ブレスリン博士は、アミラーゼ遺伝子の数と、インスリンというホルモンの関係に注目した。(中略)ブレスリン博士は、アミラーゼ遺伝子の多い人と、少ない人それぞれに、同じ量のでんぷんを食べさせ、分泌されるインスリンの量を調べた。すると、アミラーゼ遺伝子の多い人は、少ない人よりも、インスリンの分泌量が20%少ないことが分かった。つまり、アミラーゼ遺伝子の多い人は、でんぷんを食べた時、肥満ホルモンであるインスリンの分泌量が少ないために、肥満しにくいことが明らかとなったのだ。
(引用、ここまで)
まずアミラーゼ遺伝子の数が多い、少ないという表現がなされていますが、
様々な遺伝子を含むゲノムと呼ばれる遺伝子情報の配列自体は人類(ホモ・サピエンス)で共通しているものがあります。
アミラーゼ遺伝子が多いというのは人類共通のゲノムの中で、アミラーゼに関連する遺伝子が発現する数が多いという意味です。
ここで重要なのは、「遺伝子の発現数は生まれつき決まっているのではなく、環境によっていくらでも変わりうる」ということです。このように環境要因によって後天的に遺伝し発現が変わる仕組みのことをエピジェネティクスと呼びます。
そしてアミラーゼというのはデンプンを分解し、多糖類→・・・→二糖類→単糖類へ分解して糖を吸収しやすくする流れに深く関わる酵素のことです(二糖類→単糖類への分解部分だけはマルターゼが担当)。
もともと決まっている遺伝子配列の中でアミラーゼ関連の遺伝子が発現するタイミングってどんな時でしょうか。
普通に考えれば、それはたくさんデンプンが存在する環境におかれた時ということではないでしょうか。
つまり何が言いたいかと言えば、日本人は生まれながらにしてアミラーゼ遺伝子の数が多いというのではなく、環境要因に適応するためにアミラーゼ遺伝子がたくさん発現するよう奮闘しているという可能性が否定できないということです。
またアミラーゼ遺伝子の数が増えたのであれば、デンプンはスムーズに分解されていてしかるべきです。
にも関わらず、アミラーゼ遺伝子の多い人はインスリン分泌量が低く、BMIが低い(太っていない)というデータがあるのだとすれば、
それはアミラーゼ遺伝子を増やして適用しようとしたにも関わらず、適応しきれないためにデンプンを消化吸収しきれなくなり、
アミラーゼ遺伝子の発現数が少なくても何とか適応できたという人に比べて、デンプンを消化吸収しきれずにいるために、
血糖値の上昇が比較的少ない代わりに吸収しきれない糖が組織の糖化に寄与して消化管を含む全身にも沈着するようになり、
ますますデンプンを消化吸収しきれない体質へと悪化してしまい、太りたくても太れない状況へ追い込まれた結果、
「アミラーゼ遺伝子の多い人がインスリン分泌量が低く、BMIが低い」という結果につながっている可能性があるとも考えられるのです。
増えたアミラーゼ遺伝子発現が立派に機能しているのであれば、デンプンは見事に分解されて、血糖値は上昇し、インスリンもしっかりと分泌され、その後脂肪も存分に蓄積されてBMIが高くなる、という風にならなければつじつまが合わないように私は思います。
要するに事実に対する解釈の仕方が NHKと私とで違うということなのです。
ここで検証している事実は以下の3点です。
・(日本人など)デンプンを多く食べる民族のアミラーゼ遺伝子は食べない民族よりも多い
・アミラーゼ遺伝子が多い民族は有意にBMIが低く、体脂肪の量も少ない
・アミラーゼ遺伝子の多い民族はインスリン分泌量が比較的少ない
NHKはこれを持って日本人はデンプン食に適していると結論づけますが、
私はむしろ日本人は懸命にデンプン食に適応しようとしても適応しきれていない可能性が高いと考えます。
もしもNHKの主張が正しいのであれば、久山町の悲劇や日本糖尿病学会主張のカロリー制限食で透析、失明、下肢切断が増え続けている現状はどう説明できるのでしょうか。
すべての事実を説明しうる解釈は誤った解釈である可能性が高いと私は考える次第です。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
ポール・ブレスリン(Paul A. S. Breslin)博士の論文のひとつ(https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0013352)に、以下の記載がありました。
The AMY1 gene is one of the most variable CNV loci in the human genome, with a reported range of anywhere from 2 to 15 diploid copies. Importantly, oral salivary amylase concentrations positively correlate with the number of copies of the AMY1 gene [9].
コピー数と唾液アミラーゼ濃度は、正の相関があるようです。
エピジェネティックな発現制御もあるのかもしれませんが、遺伝子のコピー数が多いか少ないかで発現量が変わってくるようです。
以下のリンク先にある、GeneRIFs: Gene References Into Functionsを見ると、アミラーゼ遺伝子のコピー数についての論文がいろいろあるようです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/276
Re: No title
コメント及び情報を頂き有難うございます。
> アミラーゼ遺伝子(AMY1A)にはコピー数多型(copy number variant; CNV)があるようです。
> コピー数と唾液アミラーゼ濃度は、正の相関があるようです。
> エピジェネティックな発現制御もあるのかもしれませんが、遺伝子のコピー数が多いか少ないかで発現量が変わってくるようです。
なるほど。NHKの言っている「遺伝子の数」はCNVのことを指していると考える方が妥当かもしれませんね。
確かにコピー数ということになれば先天的ということになるのかもしれませんが、ではなぜコピー数の多い少ないが生まれるのか、そのあたりの考えを突き詰めていくとアミラーゼ遺伝子の数が多いことが必ずしもよい事とは限らないという見方も出てくるように思えます。少し思考を整理してまとまり次第記事にさせて頂こうと思います。
No title
私も番組を見ました。
突っ込みどころ満載でしたが、
その気力すら奪われました。
人類の食の起源を語る上で、
ケトン体は絶対にはずせないです。
脳はブドウ糖のみ利用するかのような展開で、
ケトン体につては全く触れてませんでした。
TOKIOという人気グループの出演は、
親近感を感じてもらう演出で良いのですが、
間違った情報に安心感を与えてしまうという
危機感を感じました。
NHKの情報は信頼できると思ってきましたが、
ここ数年、眉唾な番組も何度か見ました。
糖質制限に批判的な情報発信者が、
どんな経緯で選ばれるのか知りたいものです。
NHKから発信された情報は信頼度が高いからこそ、
発信する情報をきちんと検証して欲しいと、
番組を見て痛感しました。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
正しそうな感じで間違った(偏った)情報を伝えられる事が確実に起こっている、ということがよく理解できる番組だったと思います。
そういう意味で医療情報を正しく受け止める能力が強く求められている時代です。
2020年1月に行う予定のたがしゅうウェビナーで「健康・医療情報を正しく見極めるコツ」について解説したいと思っています。
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