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ビタミンは栄養か、薬か

category - 読者の方からの御投稿
2019/ 11/ 07
                 
ブログ読者の西村典彦さんより興味深いコメントを頂きました。

有意義なので少し掘り下げてブログ本記事として、読者の皆様と共有させて頂こうと思います。

(以下、コメントより一部抜粋)

大量摂取したビタミンは、果たして栄養なのでしょうか

例えば、ビタミンCの大量投与(点滴)によるがん治療と言うのがありますが、がん細胞が駆逐されるのは

(1)がん細胞がブドウ糖のみをエネルギーとしていることを利用して、その構造が酷似するビタミンCを大量摂取することにより、がん細胞をエネルギー不足にする。

(2)ビタミンCの大量摂取により発生する過酸化水素を無毒化できないがん細胞は死滅するが、健康な細胞は無毒化できるため、がん細胞のみに毒として作用する。
と言う機序によると思います。

上記の特に(2)については、「毒」として作用するという事ですから、もはや栄養ではありません。ある意味、薬剤と同じです。

(コメント、ここまで)

            

なるほどビタミンCがもしも栄養だというのであれば、過剰に投与した所でそれは栄養が不足している人にとって染み入って吸収されてしかるべきです。

ところが栄養が不足している(正確には糖質に栄養が偏っている)と考えられるがん患者において行われる高濃度ビタミンC点滴において、ビタミンCは人体に対して栄養として吸収されるどころかむしろ人体を攻撃するような効果をもたらしているという事実があります。

もちろん、一般に真の栄養として理解されている脂質やタンパク質といった必須の栄養素であっても過剰に摂取すれば害が出てくる側面はあります。

けれど栄養が不足している人にとっては過剰摂取による弊害の前に栄養の充足という現象が起こらなければ理屈には合わないように思います。

しかし実際には、栄養不足の患者さんに、栄養と解釈されるビタミン剤を投与して、栄養の充足という現象が起こる前に下痢や発疹などの過剰適応症状が出現する例が見受けられます。

これらの事実を俯瞰しますと、少なくともビタミン剤を栄養と解釈することには矛盾がある可能性が浮かび上がってきます。

ならばビタミンは薬と考えればよいのでしょうか。

少なくとも大量に投与すれば抗がん作用を有するという事実から考えれば、薬としての側面はありそうですが、

そもそも薬とは何なのでしょうか。

薬は一般的には病気を治してくれる物質として認識されていると思いますが、

ブリタニカ国際大百科事典には、単に「生物の機能に作用する化学物質」という定義が書かれています。

一方で私にとっての薬の定義は何かと言いますと、西洋薬か漢方薬かで少しニュアンスが異なってきます。

西洋薬は代謝を強制的に操作して、人体にとって都合のよい反応を強制的に賦活する働きを持つ薬ですし、

漢方薬は代謝のシステムを調整して、人体にとって都合のよい反応を引き出す環境を整える働きを持つ薬です。

ポイントは西洋薬が強制操作、漢方薬は環境調整です。ビタミンはどちらかと言いますと、両方の側面があるようにも思えます。

また作用がある限り、副作用あり。薬には副作用がつきものです。

その観点から考えると、ビタミンは大量投与しても副作用が出にくい利点はありますが、出ないわけではありません。

ましてやその作用を抗がん的に応用しうるともなれば、これはこの観点から考えても薬だと言えるのではないでしょうか。


従って、私の結論としてはビタミン剤は立派に薬だということです。

一般的に西洋薬よりも安全性が高く、漢方薬よりも個別選択性が低いという特徴がある薬です。

ビタミン剤を栄養としてみるのではなく、薬として適切に向き合う姿勢が大事なのではないかと私は思います。


たがしゅう

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コメント

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No title
たがしゅう先生、初めまして。

私は、糖質制限5年目で、高たんぱく質+メガビタミンは半年ほどになります。

特に何かの病気があるわけではないのですが、糖質制限で22kg痩せ、体の調子が良くなったことから、高たんぱく質+メガビタミンも始めました。

半年での変化は、肌が特に良くなりました。

私の母親にも、高たんぱく質+メガビタミンをやらせているのですが、現在72歳の母親は、シワなども少なくなり、以前より遥かに元気で、10歳以上若返って見えます。

以上の経験から、やはり人類は、ずーっと栄養不足だったのではないか?と言う考えになりました。

たんぱく質、ビタミン、ミネラル不足。
その代わりに、糖質過剰摂取。
質的栄養失調。

ビタミンなどの栄養が足りなくても、すぐには病気にならないけど、体の調子は悪くなり、徐々に何らかの病気になるのではないでしょうか。

本来、人間は何を食べるべきなのかが、わかっていなかった。

だからこその、非科学的な「バランスの良い食事」という逃げ。

栄養は足りているとの思い込み。

現代で、やっとサプリなどの開発で栄養不足が解消され、病気などにかかりにくく、糖質制限+高タンパク+メガビタミン で、寿命ももっと伸びるような気がします。

ビタミンが薬なら、症状が改善されれば飲まなくて良いことになります。
ガンの例では、確かに薬になりますが。

糖質制限も、目的は色々ありますが、目的が達成されれば、糖質制限を解除しても良いのでしょうか?

糖質制限もビタミンも本質は同じだと思います。
糖質制限は、薬ではありませんよね?
Re: No title
お! さん

 コメント及びご質問頂き有難うございます。

 私はメガビタミン反対派ではありませんが、メガビタミンこそが健康の秘訣という考えには異論がございます。
 また栄養失調が病の本質であるなら、糖質制限は必ずしも必要ではなく、糖質摂取による糖代謝高回転で失われるビタミン以上に高容量のビタミンを補えば劇的な効果が出るはずですが、実際にはメガビタミンの効果は糖質制限とセットで初めて恩恵を受けます。従って、栄養を補充する事より糖質を制限することの方が本質に近いというのが私の考えです。

> 糖質制限も、目的は色々ありますが、目的が達成されれば、糖質制限を解除しても良いのでしょうか?

 糖質制限の目的にもよると思います。

 私にとっては糖質制限は目的ではなく手段であり、健康な人生を送るための基本方針なので止める理由はありません。

> 糖質制限もビタミンも本質は同じだと思います。
> 糖質制限は、薬ではありませんよね?


 糖質制限の本質はマイナスの発想で、不要なものを取り除き、身体本来の働きを取り戻すこと、
 ビタミンの本質はプラスの発想で、故障した機械にガソリンを入れるようなもので、身体機能の限界を超えさせることにあり、私は本質は同じだとは思いません。
ビタミンは毒にも薬にもなる
 糖質制限を支持する医師達は、メガビタミンを支持するかしないかで大別できると思います

 これは、糖質制限関連のFacebook のグループであっても、真っ二つに分かれています

 私の考えとしては、ビタミンは「毒にも薬にもなる」です
Re: ビタミンは毒にも薬にもなる
中嶋一雄 先生

 コメント頂き有難うございます。

> 私の考えとしては、ビタミンは「毒にも薬にもなる」です

 私もそのスタンスに近いですね。ビタミンなどサプリ大量補充が現実問題に臨床効果を出している事実はありますので、一定の価値が存在する事には異論はありません。大事なことは、その負の側面にもきちんと目を向けてバランスよく理解することだと私は思います。
ビタミンは毒にも薬にもなる(2)
栄養疫学者の視点から

[第5話]高濃度ビタミンC点滴療法
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03235_06

[第6話]査読の課題:高濃度ビタミンC点滴療法を例に
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03238_05


ビタミンCが一過性の受動喫煙時の動脈機能に及ぼす影響
https://doi.org/10.7600/jspfsm.68.153
Re: ビタミンは毒にも薬にもなる(2)
中嶋一雄 先生

 情報を頂き有難うございます。参考にさせて頂きます。
メガビタミンは足し算の理論
私の投稿を記事にしていただき恐縮です。

さて、ビタミンについてですが、私の考え方はあくまでも「ビタミン≠メガビタミン」です。
夏井先生はビタミンCは必須栄養素なのか?とおっしゃっています。抗酸化物質であるビタミンCが必要なのは高糖質による酸化を防ぐためであり、糖質制限では不要、実際にご自身は数年間、生野菜や果物を食べていないが壊血病になる事はないとおっしゃっています。引き算の理論が成り立っています。
メガビタミンについても到底、自然界には存在し得ない多量摂取でなければ健康が維持できないので有れば、問題は栄養不足ではなく、たとえ栄養不足だったとしても問題は別に存在すると考えるのが自然ではないでしょうか。あるビタミンを大量摂取すればバランスが崩れて、さらに別のビタミンが必要になる「足し算の理論」のように思えます。
急性期に治療として必要な量と維持量は全く違います。風邪が治ったら風邪薬を止めるのと同じです。維持量は自然な食品から摂取できるはずです。そうでなければ人類はとっくに淘汰されているはずですから。
Re: メガビタミンは足し算の理論
西村典彦 さん

コメント頂き有難うございます。

栄養不足が問題の本質ならば、夏井先生がビタミンCを何年も摂らずに元気で過ごされている事実が説明できません。御指摘のように栄養不足は氷山の一角、それを起こさせるための本質的な原因が海水面の下の見えない氷山の部分に隠れていると考えなければつじつまが合いません。

その本質的な問題にアプローチせずに表面を整えているのが「足し算の発想」、本質的な問題にアプローチして、そもそも栄養不足などの表面的な問題が表出しなくてすむようにするのが「引き算の発想」だと私は考える次第です。
No title
> 私にとっては糖質制限は目的ではなく手段であり、健康な人生を送るための基本方針なので止める理由はありません。

私も全く同じです。

糖質制限のマイナスの発想+ビタミンのプラスの発想=人間の本来の食事
だと思います。

枯れかけた花に水を与えれば生き返ります。この場合の水は薬ではなく栄養ですよね?

人間の寿命も身長も、食べ物で変化して来ました。
人間は、本来の5割の栄養、3割の栄養でも生きることはできるのだと思います。

ただし、寿命や身長は短くなりますが。

では、10割の栄養にするには、何を食べれば良いのでしょうか?

野良猫の寿命は2〜3年。
飼い猫の場合、通常の炭水化物入りキャットフードを食べている猫の寿命は15年。動物性タンパク質食の猫は20年。

正しい食べ物を不足なく食べることで、猫の寿命も変わります。
また、猫は体内でビタミンCを作れます。

確か、夏井先生の本で、人間はC生成能力を失った代わりに、同じ抗酸化物質として尿酸を作り出すようになったと書いてあった気がします。間違いでしたら、すみません。
このことから、ひょっとしたら、Cを摂取するようになれば、尿酸値は下がるのではないか?とも思います。

夏井先生もCを摂取するようになれば、もっと元気で長生きするかもしれませんw

たがしゅう先生もお試しでCを飲んでいらっしゃるんですよね?高タンパク食にはしていますか?
No title
枯れかけた花に水の例えは、私の母親を見て思ったことです。

最初のコメントにも書きましたが、母親にも糖質制限+高タンパク食+メガビタミン を勧め、半年で10歳以上若返りました。

栄養なのか、薬なのか?
白黒つける必要はないかもしれません。曖昧なものとして捉えても良いのかも。
Re: No title
お!さん

コメント頂き有難うございます。

>糖質制限のマイナスの発想+ビタミンのプラスの発想=人間の本来の食事
だと思います。


そこは私と少し意見が異なります。
私は人間本来の食性に沿った食事が、人間の本来の食事だと思います。この「人間本来の食性に沿った食事」というのは少し幅を持った概念なので、狭義には糖質制限を含みますが、それだけではないというのと、ビタミンをプラスするというのだけ私の中では必須ではありません。そこはあくまでも人為的介入だという価値観です。

よい機会なので私の考える「人間本来の食性に沿った食事」については後ほどブログ記事でまとめておきたいと思います。

野良猫の話は興味深いですが、「野良猫=野生の猫」ではないですよね。現代社会のコンクリートジャングルの中で行き場を失った猫のことを野良猫と称するのであれば、それはすでに人為的環境変化あるいはそれに伴うストレスがかなり入っています。あとその2〜3年、15年、20年というのは単に印象の話なのか、それとも確固たるデータがあるのか、もしわかれば御教示頂ければ幸いです。

>たがしゅう先生もお試しでCを飲んでいらっしゃるんですよね?高タンパク食にはしていますか?

基本高タンパク食です。ただ数値目標は特にありません。
いつも身体の声に従って摂食量を決めています。


ビタミンがあるから長寿なのか、本来の食性に近づいたから長寿なのか。
もしビタミンで人間の寿命を超越できるのなら、メガビタミンの巨匠達は少なくとも100歳を超えていないと話が合わないように個人的には思います。そうしてなくても100歳を超えている人は結構いらっしゃるからです。

なおビタミンで健康を目指す人達の考えを否定したいわけではないし、無論攻撃しているわけでもありません。どう考えるのも個人の自由です。ただ、私はこう思うのだということ、そういう考え方もあるのだということを表現しているに過ぎないということをご理解頂ければ幸甚です。
No title
> そこはあくまでも人為的介入だという価値観です。

人間本来の栄養を10割満たすには、人為的介入が必要なのではないか?と考えています。もちろん異論はあるでしょう。


「野良猫=野生の猫」ではないです。この場合、栄養不足状態の場合の例えです。

猫の寿命についての元ソースは失念しましたので、代わりに検索して探しました。

http://www.pet-hospital.org/manyu-shokuji_cat.html

「ドライフードのみを食べる室内飼いの猫の平均寿命は、8-12歳、半々程度の猫は、10-15歳、缶詰中心猫は、15-20歳、時に25-26歳まで生きます。」


メガビタミン自体、それほど歴史があるものではないですので、これから寿命に関するデータも増えるのでなないでしょうか。

ちなみに、ライナス・ポーリングは93歳、エイブラム・ホッファーは91歳、三石巌は96歳まで生きたようです。

充分長生きではないでしょうか?

今では当時より、もっとわかってきている事も増え、科学も進歩し、プロテイン、EAA、ビタミン、ミネラルの等のサプリを個々人の最適量に組み合わせる事で、100歳を超える人は増えるのでなはいでしょうか?
No title
> 私は人間本来の食性に沿った食事が、人間の本来の食事だと思います。

そうですね。動物の脳みそや骨髄などを食べていた時代は、ビタミン、ミネラルなども不足していなかったようです。

しかし現代では、脳みそや骨髄は手軽に食べられるものではありません。

イヌイットやマサイ族のような食事もできませんね。

そして科学的に「人間が何をどのぐらい食べるべきなのか?」は、まだ解明されていませんよね。
結局のところ、現時点では、自分の体を使って人体実験しながら、最適解を求めるしかないのだと思います。
Re: No title
お!さん

 情報を頂き有難うございます。

> ちなみに、ライナス・ポーリングは93歳、エイブラム・ホッファーは91歳、三石巌は96歳まで生きたようです。
> 充分長生きではないでしょうか?


 確かに長生きだとは思います。
 しかし私が申し上げたかったのは、そうした巨匠達のやり方でも100歳を超えさせるほどのインパクトはないということです。

 一方で実際にはそうした手法を用いずに100歳を超えて健康長寿という人達もいます。
 そうした人がなぜ健康長寿なのかについて体質と片づけてしまえばそれまでで、それ以上の思考には至りませんが、そこには「人類本来の食性に沿った食事」という概念に通じる秘訣が隠れているのではないかと私は考えています。

 ついでにもう一つ大事なことにストレスマネジメントの観点があります。これは見えないのでどこまで行っても証明のしようがありませんが、数々の状況証拠から論理的に導いて、心の在り方も健康長寿と無関係ではないと私は考えています。
No title
> そうした人がなぜ健康長寿なのかについて体質と片づけてしまえばそれまでで、

DNAの差は大いにあると思います。
それに個別の事例ではなく、平均を取らないと意味がありません。

糖質制限+高たんぱく質+ビタミン+ミネラルの歴史は短く、平均値を出せるほどのデータがない事も既に申し上げています。

生まれた時から糖質制限をし、何歳まで生きたか?なんてデータはないですよね。

夏井先生の本だったと思いますが、原始時代は以外と寿命が長く、60歳ぐらいまで生きていた。江戸時代は肉食が禁止だったため、40歳程度。現代では80歳。

この違いは医学の進歩もありますが、たんぱく質摂取量の違いが大きいと思います。

厚生省のガイドラインでも、フレイル予防のために、体重1kgあたり1g以上のたんぱく質が必要とされています。

たんぱく質摂取量を増やせば、必然的にビタミン、ミネラルの必要量も増えます。理屈は何も間違っていないと思います。

猫の寿命についても参考になるかと思い書かせていただきました。

そして、自分や母親での人体実験の結果についても書かせていただきました。

データとしての結論が出るのは、50年後、100年後の話かと思います。

寿命については、1つの例ですが、病気で寝たきりになって薬漬けで長生きするより、健康で長生きしたいです。そのための方法でもあると思い実践しています。

ストレスについても、高タンパク+ナイアシンで、セロトニンが増えたように思えます。以前と比べて、イライラしたり怒ったりすることがなくなり、ストレスも感じなくなりました。

たがしゅう先生は、オーソモレキュラーは勉強されないのでしょうか?
オーソモレキュラーの論文などには、具体的な症例などもたくさんあるので、参考になると思います。
Re: No title
お! さん

 繰り返すようですが、お!さんがオーソモレキュラー視点で健康長寿を目指されることを私は否定しません。

 私は諸先生方に比べればオーソモレキュラーの知識は乏しいですが、勉強していないわけではありません。ある程度オーソモレキュラーの知識を持った上で、私は現時点でそういう見解だということです。

 数々の情報やご意見をお示し頂き有難うございます。オーソモレキュラー医学自体は病気を持つ患者さんを中心に十分価値のある内容だと思いますので、私も引き続き勉強して参りたいと思います。
長寿=良い事?
長寿や高身長が「良いこと」であると言う思考はなぜ生まれるのでしょうか。多くの人がそのように思うから(思わされている)からでしょうか。それらは、なぜ良いのでしょうか。特に論理的な根拠があるようには思えませんし、不変の価値観であるとも思えません。平安美人は、現代の美人顔ではないのと同じ程度の事だと私は思っています。個人個人が何を目指すかは、自由だと思いますし、それが幸せにつながるなら良い事だと思います。

長寿が良い事かと言う事について「個別性と集団性」の記事にコメントさせていただきましたのでご覧ください。
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
Re: 長寿=良い事?
西村典彦 さん

コメント頂き有難うございます。

> 長寿や高身長が「良いこと」であると言う思考はなぜ生まれるのでしょうか。

高身長はともかく、長寿はいいことという先入観には私自身も陥ってしまっていたことに気がつかされました。
長い人生だけが「良いこと」とは限りませんね。長くても辛い人生ということだってよく耳にする話です。

与えられた命をなるべく主体的に精一杯生きる、これに尽きるのかなと感じてきています。
コメント非承認
2015年7月25日(土)の本ブログ記事
「承認・非承認の基準」
https://tagashuu.jp/blog-entry-617.html

上記のコメントは承認いたしません。
Vitamin C on the keto diet
https://nutrita.app/article/vitamin-c-on-keto
ご参考までにケトジェニックダイエットとビタミンCに関する欧米の最近の研究に関する記事です。詳しくはリンク先をご覧いただきたいのですが、簡単に要点だけ下記します。ビタミンCとグルコースは科学的に類似した性質を持っており、細胞への取り込み過程で同じ受容体(Glut1)を競合する形になります。(つまりグルコース過剰の場合、ビタミンCは取り込まれにくく、グルコースが少ないほどビタミンCは取り込みやすくなります。)またビタミンCの必要量はその人がどの程度の抗酸化作用が必要かによって決まってきますので、KETOの食事ではビタミンCの必要量はかなり少なくなります。現在の壊血病予防に必要なビタミンCの量(10mg/日)とは高炭水化物食の状況下で決められたものです。KETOにおいてはビタミンCの必要量を大幅に減らすことができますのでビタミンCを必要以上に摂取することはまったく効果がありません。
Re: Vitamin C on the keto diet
駐在君 さん

 情報を頂き有難うございます。

 糖質制限(ケトン食)下でビタミンCの必要摂取量が下がるのは間違いなさそうですね。
 夏井睦先生の実験でもそのことが実証されていますし、私自身も豚しゃぶしゃぶを中心に1週間一切ビタミンCを取らない生活を送り、前後でビタミンCの血中濃度を測っていずれも基準値内で減少はなかったことを確認しています。

 そのようにビタミンCの需要が下がっているのに、大量のビタミンCを入れるというのはある意味身体の方向に逆行している感じもします。ただ実際に効果を実感している人達もいるので全く効果がないと断言できないようにも思います。
日野原先生の食事
日野原先生は、タンパク質を積極的にとり、ビタミンサプリは特に摂取していません。それで105歳迄生きられました


ALPHA CLUB 2012年1月号pp1
あるふぁ随筆「健康で輝いて生きるコツ」
日野原 重明

…そこで健康で輝いて生きるコツを紹介しようと思います。
 大切なのは食事、睡眠、運動、脳の活性化です。
① 食事としては、毎日1300kcalに制限する。内容は、たん白質60歳代の人並みにとる。朝はオリーブオイル15ccをアップルジュースに混ぜて飲む。牛乳カップ1杯に大豆から採ったレシチンを茶さじ3杯混ぜて飲む。それにバナナ1本。あとは砂糖なしのコーヒーを1杯。昼食は牛乳1杯、クツキーを3枚のみ。
 夕食は800kcalとする。脂肪のない牛肉ステーキ90gを週2回、魚を週5回、緑黄色野菜を大皿1杯、特に長寿のビタミンBといわれるブロツコリーを3個とる。これにオリーブオイルのドレッシングをかける。ご飯、または糖質は制限し、ご飯は3分の1杯に止める。食後の果物はカロリーの低い物をとる。
Re: 日野原先生の食事
コメント頂き有難うございます。

もともと持っているもので始まり、もともと持っているもので終わる。
人為は必ず身体を歪め、歪むリスクを踏まえた上で付き合う。
本人が生きたいように生きる、そのためには生きる目的がある方が役に立つ

日野原先生の件のみならず、様々な話はそのように集約できるのではないかと個人的には思っています。