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主体性の育成は自分の中にまで

category - イベント参加
2019/ 11/ 03
                 
マインドフルネスの研修会に参加して参りました。

マインドフルネスについては以前当ブログでも取り上げたこともありますが、

何も考えないことによって思考の余計な働きによる負担を排除し、脳の本来持っている働きを引き出すような手法なのですが、

今回近いところでその道の第一人者の先生からお話を聞けるとのことで、興味を持って参加して参りました。
            

そこで教わった中で一番コアな部分だと私が感じたのは、

「私達が日々生きている中で、知らず知らずのうちに考えてしまっている悩みの種、マインドトークがあるということに気づきなさい」というものでした。

マインドトークというのは、自らが主体的に考えて話す言葉ではなく、自らの主体性とは別に頭の中で生まれて漂っているもうろうとした言葉のようなものです。

誰しもが何をしている時にも自分の頭の中をよぎり続けており、それに気づかなければ無意識の慢性持続性ストレスの元になる可能性があるとのことです。

そしてそのマインドトークとは何処から降って湧いてくるようなものではなく、実はこれも自分の深層心理から生まれてくるものなのだそうです。

そのマインドトークを生み出す元は何かという正体をつかむのですが、さらにそれをこらしめるのではなく、あるがままでそのままにしておくようにするのが大事だとのことでした。

従ってマインドフルネスの本質は何も考えないことにあらず、自分の本当の姿を知ることにあるように感じました。


私は常日頃、患者の主体性を重視した主体的医療を推進してきておりますが、

主体的でない部分は患者にだけではなく、自分の中にも存在していると気付かされたのは新たな発見でした。

人に任せるということは、言ってみれば制御不可能な部分を人生の中に増やす、ということです。

主体的ではなく、受動的に判断すればするほど、自分の力ではコントロールできない部分が人生の中でどんどん増えていきます。

その結果、受動的に動いた結果、何者かによって下される判断に振り回され続け、

もはや自分でコントロールできない要素が増えすぎたために、さらに何者かに任せるしかないという悪循環が形成されることになります。

現代医療の構造はまさにそれであり、その結果患者は最初は食事や運動を気をつけようと医療に対して主体的に行動できる部分があったのに、

その後も判断を受動的に行い続けることによって、いつしか病気は重症化し、最終的には「先生にお任せするしかない」と主体性を放棄する段階に行ってしまうということに私は日々警鐘を鳴らし続けています。

この受動的判断の厄介なところは、「何と言っても楽だ」ということです。

自分で主体的に動くことに比べて受動的に判断する、言い換えれば誰かに判断してもらう方が圧倒的に楽だから、多くの人達がこの罠にはまってしまうのだと私は思います。

そう思っていたら、それと全く同じことが私の頭の中にも当てはまるということに気づかされ、一気に自分ごととして考えられるようになりました。

私の中に漂うマインドトークに気づかずにそのままうようよと漂うマインドトークのなすがままなされるがままに生きていく方が楽といえば楽です。

しかしそうすればするほど無意識の慢性持続性ストレスがかかり続けることとなってしまいます。

マインドトークの本質をつかむようにマインドフルネス対して主体的に取り組めば、

慢性持続性ストレスの元を根源から断つことができ、自分の人生を真の意味で自由に生きることができるようになるのだと思います。

私自身の主体性もマインドフルネスによって高めていきたいと思います。


たがしゅう

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