根本的な問題に作用する薬
2014/01/27 00:01:00 |
漢方のこと |
コメント:12件
糖質制限の目線で漢方について学んでいると
いろいろ新たな発見があって興味深いです。
先日より糖質摂取と冷え症の話題について何度か取り上げていますが、
冷えと食生活について書かれている漢方の記事があったのでご紹介したいと思います。
『漢方と診療 Vol.4 No.4 (2014.01)』
(以下,引用)
漢方薬プラスα―生活指導で効果UP
冷えと食生活 日本大学医学部内科学系統合和漢医薬学分野助手 上田ゆき子
寒さが厳しくなってくると増えてくるのが「冷え」の訴えです。「冷え」は西洋医学では体質として捉えられ、治療対象となる病態ではありませんが、漢方医学では身体のどこかに冷えを自覚する場合を「冷え症」と呼び、各々の病態に合った漢方薬が使われます。
若い男性にも冷えがある
「冷え」の訴えは圧倒的に女性に多くみられますが、今回は若い男性の症例です。
20代前半の大学生M君は冷えと疲れやすさを主訴に来院されました。
大学入学と同時に実家を出て一人暮らしを始めたM君ですが、実習や講義が増えて忙しくなってきたあたりから、冷えと疲労感に悩まされるようになりました。
冷えの解消のためにスポーツジムに通って運動もしていましたが、冷えはなかなか改善せず、疲れが残るようになったということです。
診察室の丸椅子に座るM君は、立派な体格にも関わらず背中を力なく丸めてうつむきがちに座り、体を思うように動かせない様子です。
動作も口調もいちいち「ダルそう」で、これが我が子なら「もっとシャンとしなさい!」と思わず叱咤していたはずです。
腹証や所見からこれは「気虚」の状態と診断し、補中益気湯を処方しました。M君には「冷えて疲れるのは元気の”気”が不足しているから」と説明しました。
補中益気湯で間食が減った
1ヵ月後に来院したM君は、初診時より明るい表情で、疲れがずいぶん取れて体が軽くなり、手足や足先の冷えも軽くなったといいます。そして面白いことに、とても多かった間食が減ったと教えてくれました。
詳しく聞くと、疲れがひどいときは食べると一時的に楽になるので、常に菓子パンやチョコレートを手元において食べていたそうですが、補中益気湯を服用するようになって欲しくなくなったというのです。
これは何を意味するのかと考えると、M君が疲労感を改善するためにと食べていた菓子パンやチョコレートでは必要な気が補えなかったということです。
補中益気湯を服用するようになって気の不足が解消できたので、無用な間食が減ったと考えられるのです。
私たちの活力となる「気」は食べ物の消化吸収をすることによって得られますが、M君の症例からも、「気」を補うことは数字的にカロリーの高いものを摂ることとは異なることがわかります。
M君はその後、自分の食生活の乱れを反省し、週末はなるべく実家に戻り、きちんとした食事を摂るようになりました。
そのお陰もあって、今は補中益気湯をときどき服用すればすむ程度まで元気になりました。
「食べる」ことは、「気」を補うこと
ところで、補中益気湯の起源はおおよそ金元時代の中国です。
その頃の中国は戦乱の時代で、加えて飢餓もあり、庶民は食料不足による栄養状態の悪化で大病に罹り命を落としていました。そうした時代背景の中で補中益気湯が創られたのです。
現代の日本を顧みると、たくさんの食べ物が溢れ、おおよそ栄養失調とは無縁のように感じます。にも関わらず、M君のように疲労感を訴え補中益気湯で改善する症例を多く経験しています。
「食べる」ことは「気」を補うこと、そのためには何を食べるべきか、現代型栄養失調とも言える気虚の患者さんには、ぜひ適切なアドバイスをしていただきたいと思います。
(引用、ここまで)
上田先生の記事は以前にも取り上げましたが,今回も非常に示唆に富む内容ですね.順を追ってみていきましょう.
まず,
冷えの解消のためにスポーツジムに通って運動もしていましたが、冷えはなかなか改善せず、疲れが残るようになったということです。
というところですが,これは食事療法の重要性を物語っています.
よく私の外来で糖質制限を指導したにも関わらず,次の受診の際に全く効果が出ていなかった患者さんが「運動が足りなかったからですね」という事をよく言われますが,
食事の問題を放置して運動に取り組んでも,多くの場合うまくいかないという事をよく表していると思います.
次にM君の食生活ですが,
疲れがひどいときは食べると一時的に楽になるので、常に菓子パンやチョコレートを手元において食べていた
と,糖質頻回過剰摂取が示唆される内容です.
そして,
診察室の丸椅子に座るM君は、立派な体格にも関わらず背中を力なく丸めてうつむきがちに座り、体を思うように動かせない様子です。
ということですから,糖質の過剰摂取が精神にも悪影響を与えている様子がみてとれます.
東洋医学的にはこの状態を「気虚」と判断しますが,
私的解釈ではM君は糖質頻回過剰摂取によりドーパミン,セロトニンなどの神経伝達物質が過剰分泌され続けた結果,普段の食べていない時にはドーパミン,セロトニンが十分に働かない状態になってしまったのではないかと想像します.
そして今回一番興味深いことは,
腹証や所見からこれは「気虚」の状態と診断し、補中益気湯を処方しました。
1ヵ月後に来院したM君は、初診時より明るい表情で、疲れがずいぶん取れて体が軽くなり、手足や足先の冷えも軽くなったといいます。そして面白いことに、とても多かった間食が減ったと教えてくれました。
という点です.
疲れや,冷えが改善したというだけではなく,間食が減っています.まるで糖質制限をしたような効果です.
そして何より「補中益気湯」という薬は,基本的には「食欲不振」に用いる薬です.
食欲のない人へは食欲を高めますが,M君のように食欲が過剰になってしまっている人へは食欲を抑える作用があるということで,言ってみれば「食欲を正常化」しています.
肥満の人はやせて,やせた人は太るという糖質制限のような誠に都合の良い働きを「補中益気湯」がもたらしているということになります.
そんな補中益気湯がどのように作用しているのかに興味がわき,今のところわかっているメカニズムに調べてみました.
補中益気湯は「人参」「白朮」「黄耆」「当帰」「柴胡」「陳皮」「大棗」「生姜」「甘草」「升麻」という9つの生薬から成る漢方薬です.
現時点ではわかっている事には次のようなことがあります.
・NK細胞(がん細胞を殺す見張り役のような細胞)の活性低下を抑制
・抗ウイルス作用
・バイオディフェンス作用(全身性炎症抑制作用,アディポネクチン改善作用)
食欲に関して直接的にどう作用するのかについて記載した内容を確認することはできませんでしたが,
こうしてみると免疫系全体を立ち上げるといった,根本的なところに作用している薬であるように思えます.
だからこそ食欲低下に対しては立ち上げ,食欲過剰に対しては抑えるという臨機応変な働きができるのではないかと感じました.
こんな薬の効き方は西洋薬ではありえないことです.西洋薬の作用の仕方は基本的に一方向性です.
例えばコレステロールを下げる薬を使って,人によってはコレステロールが上がってしまうなんてことはまずありません.
食事に近い漢方薬ですから,このような融通の利く作用があっても不思議ではありませんが,
その奥深さに興味深々です.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
3時
携帯が。。。。。〔おお汗)
漢方の勉強について
漢方薬、奥がかなり深く広そうですが
例えば、このサイトなどがありますが
http://www.kampo-s.jp/no.html
たがしゅうさんは、どのような資料を参考にされていますか?
漢方薬
アーユルヴェーダの本を知り アマゾンから取り寄せ少しずつ読んでいます 初心者の私には とてもわかりやすく 参考になることが いつぱいです 有り難うございました。
痩せと冷え
たがしゅうさんの記事で痩せと冷えをしばしば取り上げられているので、とても興味があります。
若いころから痩せ型です。身長165cm、体重は10年ほど前の58キロがピークでした。そのご、すこしづつ減少し50キロを切ったころに糖質制限を始めました。その後も下がり続け、46キロに。ただ体調はすこぶる良いので、糖質制限を続けています。今は48キロに回復、あと5キロは増やしたいです。
食事量は決して少なくないので、なぜここまで体重減になったのか、とても不思議です。
糖質制限の議論を通じて、食べ物が人や動物の体に与える影響の広がりと深さを認識しました。それとともに、数多い医師と栄養士などの専門家の知識の限界や、その人たちの先入観の強さ、新しい考え方を受け入れる姿勢の違いなどを知るにつけ、糖質問題の巨大さをかいま見る思いです。
そのようなテーマを丁寧かつ的確に分析されているたがしゅうさんのブログはひときわ光っています。
Re: 3時
おはようございます。
Re: 漢方の勉強について
御質問頂き有難うございます。
> たがしゅうさんは、どのような資料を参考にされていますか?
私は漢方最大手の製薬会社のツムラの勉強会に積極的に参加するようにしています。
御紹介頂いたサイトはそのツムラの運営する漢方情報サイトですね。私も時々利用しています。
また私が一番最初に漢方を学ぶきっかけとなったのは、浅岡俊之先生の漢方DVDです。
http://www.carenet.com/dvd/20
上映時間長いのがやや難点ですが、内容はかなりわかりやすかったですね。ご参考までに。
Re: 漢方薬
コメント頂き有難うございます。
漢方もアーユルヴェーダも先人の得た経験という意味で大事な情報です。しかしそこに科学は不足しているので全てを鵜呑みにすることはできません。
どこからどこまでが正しいのか見極めながら学んでいく事が大切であるように思います。そういうものの見方も糖質制限を通じて学べたように思います。
Re: 痩せと冷え
コメント及びお褒めの言葉を頂き有難うございます。恐縮致します。
標準体重は一つの目安に過ぎず、たとえ標準体重に当てはまらなくとも、その人の一番体調の良いところが真の意味での「標準体重」なのだと思います。
これからもできる範囲でいろいろ考えていきたいと思います。宜しくお願い申し上げます。
補中益気湯のお話のように鍼灸術に使われる経穴も同様の現象が見受けられ、補中益気湯と同様、補気作用もある足三里というつぼは消化器症状によく使われますが、食欲亢進にも食欲抑制、にも働きます。
湯液も鍼灸術も、東洋医学の治療は身体機能の正常化にとって合目的に作用するのが大きな特徴だと感じます。もちろん、糖質制限は当然のごとくですが!
ところで、私の勝手な思い込みかもしれませんが、糖質制限をされている患者さん(尤も、たった2名しかおられませんが)は、施術に対するレスポンスが速くかんじられます。一般の患者さんは、証に随った古典的な選穴をしてもなかなか効果がでない事が多いのですが、糖質制限をされている方は、オーソドックスな選穴でシャープに効果が出るように感じます。確かに舌象も脉象も腹証も好転しています。
先生も、臨床において、そのような感覚をお持ちになった事はないでしょうか?
Re: タイトルなし
御意見・御質問頂き有難うございます.
私はまだ漢方診療の経験が少ないので,現時点では仮に漢方が有効であった場合に,それが漢方そのものの有効性なのか,それとも糖質制限との合わせ技なのかを判断できるほどの経験に足りません.
しかし糖質制限との合わせ技で針灸の効果がシャープになるというharuさんの実感,興味深いですね.
辟穀のこと
漢方に興味をお持ちということなので、「辟穀」を紹介させていただきます。ご存じでしたら、失礼をお許し下さい。
「辟穀」は名前の通り、穀物を避ける食事法のことで、道教の神仙術に由来する中国古代医学の食事療法です。仙人が霞を食べていたという伝説から、断食の一種として伝えられることもありますがそれは間違いと思います。
「辟穀」を現代版に直すと「スーパー糖質制限」になるので、しばしば指摘される「糖質制限には長期の観察データが存在しない」という指摘に対し、有効な反論になると考えています。
医学論文ではありませんが下記をご参照下さい
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/66829
この文献を読んでいて、面白かったのは、定住して、穀物生産を開始し、穀物を摂取することで体調不良になる事実を中国人は既に経験していたこと。
辟穀を実施すると、最初は糖質依存の反動が出て、体がだるくなる等の症状を経て、次第に体調が良くなるというという箇所が糖質制限による体調変化と全く同じであること。
では、なぜそんなに効果がある療法が、現代に引き継がれなかったのか。やはり定住して戸籍を作り、土地台帳を元に、穀物生産を行うことが、国家経営において必須であったからと思います。
現代でも糖質制限の主張が「コメは日本の主食」という命題といかに衝突しないかについて気を配る必要がある点と少し似ています。
薬膳や漢方の文献を読んでも、米については、身体に害は無いという記述「補中益気」、「健脾和胃」等々です。個人の体質や生活環境により、米が毒にも薬にもなる存在であることについて、糖質制限の考え方が普及して、多くの人の常識になればと思います。
Re: 辟穀のこと
貴重な情報を頂き誠に有難うございます。
「辟穀(へきこく)」とは初めて知りました。大変勉強になります。面白そうなので後日記事にさせて下さい。
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