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鈴木功先生の理論を考察する~事実重視型思考の視点から~

category - 糖質制限でうまくいかない
2019/ 08/ 22
                 
以前当ブログで紹介した鹿児島の内科医、鈴木功先生の理論が最近糖質制限界隈を賑わしています。

本日はその理論について私なりに検証してみたいと思います。

どういう理論かと言いますと、要点をまとめると次のような内容になります。

・水溶性食物繊維が豊富に含まれる大麦やオーツ麦などが主の「麦飯」で糖質を摂取すれば、
・水溶性食物繊維(特にβグルカン)が腸内細菌のエサとなり、腸内細菌から酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸が産生され、
・短鎖脂肪酸が小腸下部~大腸に存在するL細胞のエネルギー源となり、GLP-1というホルモンを産生し、
・GLP-1が血糖依存的にインスリンを産生する膵臓のβ細胞を刺激したり、血糖上昇作用のあるグルカゴンを抑制したりして、
・糖尿病の病態を改善させることができる
            

なるほど、流れとしては筋が通っていて一考の余地がある論理であるように思えます。

だからそういう考え方もあるという所で話が終わっていればよかったのですが、鈴木先生はこの考え方を下に次のように糖質制限を批判されます。

・糖質制限をすると食物繊維、特に水溶性食物繊維の摂取量が圧倒的に不足する
・水溶性食物繊維が不足すれば腸内細菌からの短鎖脂肪酸の産生が減少するのでL細胞からのGLP-1分泌が少なくなる
・つまり糖質制限実践者はGLP-1の基礎分泌が低下した状態にある
・GLP-1が少なくなれば、血糖上昇作用のあるグルカゴンの分泌を抑制できなくなり持続血糖上昇をきたすようになる
・従って糖質制限を続けることによって糖尿病は悪化する。
・現在の糖尿病治療の主流はグルカゴンの過剰分泌をいかに抑えるかということに主眼をおくべきである。


確かにグルカゴンの過剰分泌は近年糖尿病治療の世界で注目されている概念です。

つまり、「糖質制限はグルカゴンの過剰分泌をもたらすのでよくない」という主張だとまとめられるのではないかと思います。

確かに以前私が行ったササミバター75gブドウ糖負荷試験において、私は自分のグルカゴン値を測定しましたが、糖質制限実践者の私は基準値よりも高めのグルカゴンを示していました。

また私ほど厳格な糖質制限実践者ではないやせ型体質の友人が行ったササミ75gブドウ糖負荷試験との対比では、私の方が友人よりもグルカゴンの基礎値はやや高めでした。

ただ実はグルカゴンの測定技術は現時点でまだ未熟で、実はグルカゴンと似た構造の別のものを測定している可能性があるようなのですが、それでも少なくとも私と友人とでは同条件なので、糖質制限実践者の方がグルカゴン高めというのはN=2のレベルでは当てはまっている可能性があります。

さて、それでは本当に糖質制限を継続することでグルカゴンの過剰分泌を通じて糖尿病は悪化してしまうのでしょうか。


こういうことを考える時に私が大事にしているのは事実重視型思考です。事実を下にこの理論(解釈)が妥当かどうかを考えていきます。

まず私の知る限り、糖質制限をきちんと実践している人が健康な状態から糖尿病に移行したという人はただの一人も見た事がありません。

また糖尿病と診断されている方が、糖質制限実践中に、糖質を摂った状態よりも糖質を制限した方が血糖値が上昇するようになったという話も聞いたことがありません。

さらには長期間の糖質制限実践者がそのような糖尿病悪化に見舞われたという話も全く聞きません。

一番身近な所では我らが江部先生は18年糖質制限を実践されていて適時データを公開されていますが、糖尿病が年々悪化している様子は見受けられません。

アメリカのバーンスタイン医師に至っては1972年からの糖質制限開始でしかも1型糖尿病ですが、少なくとも2012年に糖尿病専門医の山田悟医師とのインタビュー記事があり、お元気な様子であった事は確認できています。

もし糖質制限で糖尿病が悪化するのだとすれば、さすがに40年経過したらその徴候が出ないとつじつまが合わないのではないでしょうか。

つまり糖質制限を継続したら糖尿病が悪化すると言われながら、実際にそのようになったという事実は観測されていないということです。


一方で糖質制限で耐糖能が悪化したという事実があることは聞き及んでいます。

ここで言う耐糖能悪化というのは糖質摂取後に血糖値が基準を超えて上昇する現象のことを指しています。

こうした方が糖質を摂取し始めることで、その血糖上昇がマイルドになり、耐糖能が改善するという事実もあると把握しています。

しかし糖質制限で耐糖能が悪化したという方が実際に糖尿病に至ったという実例を私は知りません。

もっと言えば、糖質制限で耐糖能が悪化し、糖質摂取で耐糖能が改善したという方は糖尿病ではない方が多い印象があります。ただし、明確に確認できたわけではないのでここはあくまで印象の話ですが。

つまりある程度インスリン分泌能が保たれている方において、糖質再摂取で血糖値が改善しているケースがあるというわけです。

これは例えるならばアルコール分解酵素の少ない人が、徹底的に禁酒して体調はよくなったけれど、

久しぶりに飲酒したら強く酩酊してしまったので、また少しずつ飲酒を始めたら少しずつ酔わなくて済むようになってきた、というようなものです。言わば毒素を取り込むことにうまく適応した状態だと言えるでしょう。

けれどアルコール分解酵素ゼロの人にはおそらく同じ事は当てはまりません。何度飲酒してもダイレクトにアルコールの害を受けることになってしまうでしょう。

これはインスリン分泌能が低下した糖尿病患者さんにおいて、糖質の再摂取で血糖上昇が改善しないことと対応する話だと思います。


つまりここまでをまとめますと、「鈴木先生の理論は非常にもっともらしく聞こえるけれど、現実世界はその理論通りに動いていない」ということです。

おそらく鈴木先生は糖尿病ではないのでインスリン分泌能は十分に保たれていると考えられますし、

以前の糖質摂取時代に太っていたといっても、著書の内容によれば標準体重から10kg増くらいしか太れないやせ型体質です。江部先生や実験に協力してくれた私の友人と同じ体質のように思います。

そんな御自身に久しぶりの糖質摂取で血糖値上昇とか、糖質酔いなどの症状が現れて、それらの現象が糖質の再摂取により改善するという経験をしたならば、

さらに周りには糖質制限を指導するも糖尿病が悪化していく患者さん達がいたならば、これは糖質制限のせいに違いないと思っても無理もなかったかもしれません。

しかし糖質制限を指導して糖尿病が悪化した患者さんは外来であれば必ずしも糖質制限のせいだとは言い切れません。

糖質を制限する事に辛さを感じてしまい、糖質制限がうまく実践しきれずに糖尿病が悪化したという可能性が十分にあります。むしろその可能性の方が高いのではないでしょうか。

ところが糖尿病が悪化したのは糖質制限のせいだと思いこんでしまった鈴木先生はその理由を説明するための理論を一生懸命考えられ試行錯誤を経ながら情報発信をされてきて、

現時点で行き着いた最終形態が冒頭の理論だということなのだと思います。

それが正しいと信じて疑わない鈴木先生は、現在糖質制限でうまく行っている人達に対してさえも将来に糖尿病が悪化する可能性が高いと主張されるようになり、

その可能性を指摘せずに糖質制限を広めようとする私を含めた糖質制限推進派の医師の説明責任を批判されるようになられたのだと思います。

まだ事実として起こっていない現象に対して「将来的に起こるに違いない」という解釈によって矛盾を解消されている、というわけです。


そのように糖質制限のことをわかった上で「糖質は摂取すべきだ」と主張する鈴木先生の存在は、

糖質制限を続けることにストレスを感じていた患者さんにとっては、きっと救世主的な存在に思われていることと思います。

それはある意味で糖質制限にストレスを感じていた患者さんに対して、そのストレスから解放させる良い効果をもたらした側面はあると思っています。

以前も書きましたが、糖質制限がうまくいかない人で多く見受けられる特徴はやせ型、非筋肉質、消化吸収障害のある人で、これらは「慢性持続性ストレスがかかっている人」だと考えればうまく説明ができます。

私は適度な糖質を摂取することがストレスマネジメントとなり、それによって糖代謝がスムーズに回るようになり、糖尿病をはじめとした様々な病気にかからなくて済んでいるという人はそれはそれでよいと思っています。

だからそうした人達のことを否定はしませんし、私以外でも糖質制限を強要する糖質制限指導者はいないと思います。

江部先生も「どのような食事療法でも合う合わないがあります。 糖質制限食もその一つですので、合わないとご自分で判断されたら中止していただけば幸いです。」と自分の頭で判断することの重要性を何度も指摘されています。

糖質制限に合わない、糖質を制限する事に大きなストレスを感じてしまう人がいることは紛れもない事実だと思いますが、

だからと言って糖質制限を勧める医者を批判し続けるというのはどうなのでしょうか。

私は私の度重なる考察の下に、何も考えなければ明らかに糖質頻回過剰摂取となり今のこの世の中において、

糖質制限を行うことが多くの人にとって病態の改善をもたらすという理論が最も事実に即していると考えて情報を発信しています。

少なくともその情報を押し付けているわけでは決してありません。勿論考察を間違えないように努力はするけれども、絶対間違っていないとは言い切れません。皆そうなのではないでしょうか。

あとはその情報をどう使うかというのは、情報の受け手となる人に委ねるより他にないのではないでしょうか。

それに私は鈴木先生の最新の理論、一理はあるとは思いますが、いくつか穴があると考えています。

またグルカゴンの過剰分泌が諸悪の根源のように扱われていますが、グルカゴンの長所や複雑性について考慮しなければ本質を見失ってしまいます。

はたしてグルカゴンが多く分泌されるのはそんなに悪いことなのか、グルカゴンは本質的には何のために分泌されているのか、

長くなってしまったので、次回はその辺りについて考察してみたいと思います。


たがしゅう

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コメント

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ソマトスタチンを無視している
たがしゅう先生、こんばんは。

グルカゴンが血糖値を上げて糖尿病になるといった話は、ネット上でたまに見かけますが、誰もδ細胞から分泌されるソマトスタチンに触れないのが不思議です。

インスリンもグルカゴンも、ソマトスタチンが分泌を調節するのですから、グルカゴンが分泌され過ぎているのなら、δ細胞に不具合があると考えそうなものですが。

また、糖質制限で耐糖能が悪化すると言う人もいますが、糖質制限をすればインスリン拮抗ホルモンの分泌が増えて、解糖抑制が働くのですから、糖質制限中に一時的に糖質を摂取して血糖値が跳ね上がるのは正常な生理作用のはずです。

ソマトスタチンもインスリン拮抗ホルモンによる解糖抑制も、生理学の本に書いてあることなのですけど。
Re: ソマトスタチンを無視している
ミスターT さん

 コメント頂き有難うございます。

 鈴木先生がソマトスタチンについてどのように考えていらっしゃるかは私も把握できておりませんが、
 ひとまず中心的に見える所見について論理構築をされているという所なのではないかと私は思います。

 ソマトスタチンに関しては、血中濃度を測定しているケースや論文をあまり見た事がありませんので、理屈の上ではグルカゴン調整に関わっていると考えられても、実際どのような挙動を示しているかがよく見えないので、何かを語りにくいのではないかとも思います。

> 糖質制限中に一時的に糖質を摂取して血糖値が跳ね上がるのは正常な生理作用のはずです。

 そうですね。
 糖質を摂取して血糖値が上がるだけならば、そもそも当たり前の現象が起きていて、糖質を摂取しているのに血糖値が上がらなくなっていることの方が複雑な抑制機構が働いているという事になると思うのですが、
 糖質制限で耐糖能が悪化するという現象の中には、「糖質酔い」と表現される体調の不良を自覚されることがもう一つの問題点だと認識しています。

 「糖質酔い」は病態的には「機能性低血糖症」とほぼ同義だと私は考えていますが、背景にはストレスに対する脆弱性があると私は考えています。言い換えれば、本来血糖値が上昇してしかるべき糖質摂取に対して、それを抑制させる複雑な機構をストレスやそれに伴って起こる消化吸収障害によって正しく作動させることができない状態です。

 ストレスの一例としては「本当は糖質を食べたいのに食べられない」なんていう心の在り方も十分に考えられます。ですので本来であれば大量糖質摂取を避けるように身体を仕向けるための防御反応ですが、心の在り方によっては糖質摂取ができないとそのまま慢性的にストレスがかかり続けてしまう人もいるということで、そういう方にとっては水溶性食物繊維が豊富な炭水化物で血糖値の上昇を緩やかにして機能性低血糖症の病態を起こしにくくする方法はひとつの人為的な対処法となりうると私は思います。

 2014年3月5日(水)の本ブログ記事
 「アセトン血性嘔吐症の正体」
 https://tagashuu.jp/blog-entry-201.html
 も御参照下さい。
個人差
先日NHKのタモリの番組でも個体差について触れていました。教科書的なことも、あくまで平均値であり、自分の体にきいて、そして、自分で考える習慣が大切と心得ます。子ども達げの保健指導でもその様に話しています。
Re: 個人差
ひろみ さん

 コメント頂き有難うございます。

> 自分の体にきいて、そして、自分で考える習慣が大切と心得ます。

 私もそれが極めて大切なことだと考えています。

 例えば腸内細菌の多様性は千差万別で、Aを加えたらBになるというシンプルなものではありません。世の中は実際に自分の身体で確かめてみないとわからないことだらけではないかと私は思います。
目の前のリスクと将来のリスク
私が糖質制限をしていることを主治医に告げた時の反応は
(主治医)「糖質制限は高たんぱくで将来、腎症になるかもしれないよ」
( 私 )「でも、先生、糖質制限しないと食後高血糖を繰り返してしまうんですけど」
(主治医)「それでも、炭水化物はもっと食べないとだめだ」
( 私 )「。。。」

私は、腎機能は全くの正常です。将来あるかどうかも分からない腎症のリスク回避のために、目の前にある食後高血糖のリスクを冒してまで回避しろと言う破綻した論理でした。何がそうさせるのかわかりませんが、冷静に考えればおかしなことを言っている事に気づくと思うのですが。

余談ですが、それから1年数か月、糖質制限で結果を出し、検査数値の維持、改善と、悪ければ悪いなりの理由(摂取した食品など)を説明して、スタチンの処方を拒否しても、次回検査までに数値は改善し、自分のコントロール下にあることを理解してもらったので、さすがに何も言わなくなりました。検査値を自在(ちょっと言いすぎ)に改善する私に情報を求められることもあり、「どっちが医者や」と思う事もしばしばです(笑)
しかし、これも糖質制限あっての事で、糖質を摂取していたころには気づかなかった細かな体調の変化に気づき、対処できるようになったおかげです。
Re: 目の前のリスクと将来のリスク
西村 典彦 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 将来あるかどうかも分からない腎症のリスク回避のために、目の前にある食後高血糖のリスクを冒してまで回避しろと言う破綻した論理でした。何がそうさせるのかわかりませんが、冷静に考えればおかしなことを言っている事に気づくと思うのですが。

 そうですよね。
 起こるかどうかわからない将来のリスクより確実に起こることが避けられない眼前のリスクだと私も思います。
 
 例えば家を建てるのに将来地震が起こりやすいと言われている土地で建てるのは避けるけれど、それさえ避けられれば後は悪徳手抜きだとはっきりとわかっている業者に建築を依頼しても構わないと言っているようなものです。

 まずは目の前のリスクに対処し、体調をベースに調整していくこと。間違った方向に行っていたら必ず予兆があるはずなので、それを見過ごさずに済むよういつでも選んだ選択を見直せるようにしておくことが大事だと思います。
Re: ソマトスタチンを無視している
たがしゅう先生、こんばんは。
返信ありがとうございます。

>ソマトスタチンに関しては、血中濃度を測定しているケースや論文をあまり見た事がありませんので、理屈の上ではグルカゴン調整に関わっていると考えられても、実際どのような挙動を示しているかがよく見えないので、何かを語りにくいのではないかとも思います。

ソマトスタチンに関しても、まだ未知のことが多いんですね。

生物の体の中は、どんなに細かく調べて行っても、全てを明らかにできないのかもしれませんね。