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もしも私がALSだと言われたら

category - 自分のこと
2019/ 07/ 28
                 
不謹慎だと思われるかもしれませんが、あえて書きたいと思います。

私がもしも筋萎縮性側索硬化症(ALS)だと診断されたらどうするか、についてです。

皆さんはALSという病気のことをご存知でしょうか。

徐々に全身の筋肉を動かす神経細胞が死滅していく原因不明の神経難病です。

手足はおろかしゃべる筋肉、呼吸をする筋肉、最終的には目を動かす筋肉までも動かせなくなり、全く動くことができず、

しかしながら意識は明瞭に保たれたままとされる生活の質を著しく脅かす難病中の難病です。
            

この病気だと診断されたら、根本的な治療法は存在せず、できることと言えばせいぜい進行を数ヶ月程度遅らせるだけの治療や痛みや呼吸苦などの苦しい症状和らげる対症療法を繰り返すことくらいです。

私の医師としての専門は脳神経内科なので、これまでに幾度かALSの患者さんを診たことがあります。

その中で私が、すでに寝たきり状態のとあるALSの患者さんの診察をしに病室に入った時のこと。

私がその患者さんに何を施したのかは覚えていません。ただ私に対してその患者さんが突然残る力を振り絞ってギョロリと私を睨みつけるような強い目線を送られたことだけは鮮明に覚えています。

まるで「お前に何がわかる」とでも言わんばかりの鬼気迫る表情でした。勿論それはただの私の勘違いだったかもしれませんが、少なくとも私にはそう思えるほどの迫力でした。

確かに私に患者さんの気持ちなど本当の意味で理解することなどできようはずもありません。その点で「お前に何がわかる」は非常に的を射ています。

それなのになぜ私が今、自分がもしALSであったらどうするか、というシミュレーションをしようとするのかと言えば、

私の価値観を伝えることで、また私の持つ医学知識を伝えることで、自分をあるべき姿へ変えようと思う患者さんが出てくるかもしれないと思うからです。

それは現在ALSと診断されている人のみならず、これから先ALSになるかもしれない全ての人への私からのメッセージです。


まずALSは糖尿病などと違い、血液検査でこの項目が高いから診断する、という類の病気ではありません。

ALSと診断するには一言で言えば「運動に関わる神経細胞が現在進行形で死滅し続けているという証拠」を示す必要があります。

ただそれを示すのはなかなか至難の業で、通常神経内科医しか行わない「針筋電図」という細い針を疑わしい筋肉に刺してそこで得られる電気活動から運動神経の状態を把握する検査が重要な役割を果たします。

その検査で「運動神経が現在進行形で死滅し続けている所見」というのがあるのですが、

それがあったとして未来永劫その所見が起こり続けるかどうかは言い切れません。

またたまたまその筋肉でその所見が出ただけかもしれないので、ALSと診断するためには筋力低下がある筋だけでなく、

それ以外の様々な筋肉、例えば舌や横隔膜など、普通の生活をしていればまず筋力は低下しないであろう場所の筋肉の電気活動を調べ、

あらゆる筋肉で「運動神経が現在進行形で死滅し続けている所見」を確認されれば、

そしてそれまでの経過で、怪我や手術など特別な要因もなく筋力が低下していっている事実があるのであれば、

おそらくその人はALSだろうと神経内科医は診断するのです。

原因も不明で慢性進行性で治療法もないALSだと言われたら、もはや変えることの出来ない運命の十字架を背負わされたように感じることでしょう。

以上を踏まえて、もしも私がALSだと言われたら、まずは「ALSだと決めつけない」ことから始めます。

紛れも無い事実は「今自分の中で全身の筋肉が現在進行形で死滅し続けている」ということです。

原因不明というのはあくまでもALSという病気の概念の枠内での話です。原因はあるに決まっています。それが見えるかどうかは別としてです。

少なくとも私の中の筋肉は今の自分の生き方だと負担を感じ悲鳴を上げ続けているということは言えると思います。

言い換えれば何らかの原因で酸化ストレスがかかり続けているということです。

ということは私は直ちに生き方を見直し、筋肉ひいては全身に負担をかけないためにどうすべきかということを全力で考えます。

考える時の観点として主に食事とストレスの2点に注目します。

血糖値の乱高下は明確に証明されていてかつ日常的に繰り返される酸化ストレス源ですので、

まずは糖質制限の精度を確認します。その上でそこがきちんと出来ているのに酸化ストレスがかかり続けているのであれば、

人工添加物など未把握の物質を無意識に摂取し続けている可能性があります。そのリスクを最小限にするためになるべく食事の回数を減らします。

また筋肉の機能を最大限保持させるために筋肉のもとであるタンパク質のリサイクル機能、オートファジーを活性化させることを意識します。

具体的には食事と食事の間をなるべくあけること、夜は食べずにそのまま寝てしまえば睡眠に入りかなりの絶食時間を確保することができるようになるので、できるだけ寝る前に食べることを避けます。

それからインスリンが分泌されるとオートファジーが抑制されるので、私の場合タンパク質でも結構インスリンが分泌されることが事前にわかっているので、食事は糖質制限はもちろん、なるべくタンパク質の摂取量を抑え、脂質メインでエネルギーを確保することを意識します。

具体的にはこんにゃくやもやし、キノコ類をベースにしてバター、生クリームなどを主として用いる食事を心がけるようにします。

もう一つのストレスに関しましては、まず自分のストレスは自分ではなかなか気づかないという落とし穴があることを意識しておきます。

その上で信頼できる人にカウンセリングを依頼して自分の心の在り方を見直そうと思います。

その際、あくまでもカウンセラーはきっかけとして利用し、最終的に心をどう変えるかは自分で決めるというスタンスを忘れないようにします。

その内容如何では今の仕事を辞めるかもしれないし、人間関係のつながりを減らすことも試みるかもしれません。

とにかく筋肉に負担をかけない可能性のあることは主体的に全部試してみます。

その際、偉い先生の◯◯療法とか、高額な自由診療での△△治療などの他者依存的な治療は一切受けようと思いません。

試すのはあくまでも自分の中にあるものの組み替えです。他者依存の治療はそれで楽になったとしても根本原因は放置されたままとなってしまいいずれまた悪化することが目に見えているからです。

そうやって自分の中でできる努力をすべて行っても、それでも全身の筋力が低下し続けるのであれば、

私は今自分に残っているものの中から何ができるかを最大限考えます。

手の力が残っていれば文章を書きます。
口の力が残っていれば会話を楽しみます。
呼吸の力が残っていれば深呼吸を繰り返します。

そして全ての力が奪われたとしたら自分の中でただ瞑想をし続けます。人工呼吸器は装着しません。

その時に苦しければモルヒネを使ってもらうよう頼むかもしれないけれど、それさえ出来ない状態であれば、私はただありのままを受け入れると思います。

「お前に何がわかる」というのと同じように今の自分には将来の自分の気持ちはわかりません。

しかし今日考えたこれらの一連の事柄が、今ここにある自分の気持ちには違いありません。

いつも今ここにあるものを持って、今ここにある自分の中で考えて生きたいと思います。

そして一番大切なことは「そもそも自分は病気だとか思わないこと」です。

どんな自分であっても、今ここにある自分こそが偽らざる自分の姿です。

それを病気だとか障害だとか、わざわざネガティブなレッテルを貼り付けてストレスを感じながら生きていくのは無益だと私は思います。

皆さんはどのように感じられますでしょうか。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

おっしゃる通りだと思います。ALSも癌もですね。人任せにするのではなく、自身で最善の方法を実行していく事ですね。
Re: タイトルなし
ジェームズ中野 さん

コメント頂き有難うございます。

それ故にこれからの医療を救うのは、主体性だと私は考える次第です。
病気を楽しめる性格
不謹慎なタイトルですみません。

私は2型糖尿病で現在、糖質制限食です。
妻は子宮筋腫で全摘、心臓ペースメーカー装着、今年4月には10万人に一人の希少癌(GIST)で胃の一部を切除、幸い判定はローリスクで10年の経過観察。振り返ってみると結構な状態です。

しかし、生活は全く以前と変わりません。30年続けているスキーにも行きます。そもそも妻はスキー中に失神し、宿に戻った後、たまたま私が持っていた血中酸素濃度計で84%の異常値で、帰宅後すぐに病院で検査を受けペースメーカー装着となりました。異常値に気づかなければもう少し様子を見ようなどと悠長なことを言っていたかもしれません。診断は徐脈。検査入院中、心拍数は夜間に30台まで落ちてアラームが何回も鳴っていたそうです。そのままだったら自宅でポックリだったかもしれません。

二人とも還暦寸前でそれなりの年齢ですが、私も妻も以前よりパフォーマンスは向上しています。
二人とも理系出身の技術屋の特性か、疑問点は徹底的に調べ、論理的判断により方針、心構えなどを二人で議論することも多いです。議論好きは坂本龍馬の国、高知県出身二人の県民性でしょうか。病気になれば、より興味が湧き、もっと知りたくなります。正しく理解できればやる事は自ずと見え、無用な心配は無くなります。
偶然にも結果が上手くいっているのでこんな呑気な事が言えるのかもしれません。
Re: 病気を楽しめる性格
西村典彦 さん

コメント頂き有難うございます。

> 疑問点は徹底的に調べ、論理的判断により方針、心構えなどを二人で議論することも多いです。議論好きは坂本龍馬の国、高知県出身二人の県民性でしょうか。病気になれば、より興味が湧き、もっと知りたくなります。正しく理解できればやる事は自ずと見え、無用な心配は無くなります。

非常に主体的で素晴らしいと思います。
その心の在り方ら現在好調であられることと決して無関係ではないと思います。

専門家という名の他人に全てを委ねるのではなく、自分がどうしたいかにこだわり自分の頭で考えて行動することは、心身に対して良い効果をもたらすと私は思います。
No title
"ALS原因"でググったら、下記がヒットしました。
(たがしゅう先生は既知でしょうが)

『筋萎縮性側索硬化症の異常凝集体を除去する治療抗体の開発に成功
 -ALSの根治治療への道を開く-(2018年06月20日)』
 ⇒ http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2018/180416_2.html

 概要:ALSの原因タンパク質TDP-43の異常凝集体を除去する
    治療抗体の開発に成功

    ALSは長らく原因は不明であったが、細胞核内に存在する
    TDP-43が、患者の運動ニューロン核から消失し、細胞質で
    異常な凝集体を形成していること、さらに、この凝集体に
    よって神経細胞死に至ることが判明し、TDP-43の異常な
    凝集体を除去することが、根治治療に直結する可能性が
    注目されていた。

と有りましたが、下記の疑問が有ります。

1.抗体は、凝集体以外にに対して何らかの悪影響を及ぼさないのか?
2.「凝集体除去が根治に直結」と有るが、その形成を阻止しばければ、
根治とは言えないのではないか?

まぁ、抗体によって、患者の苦痛が幾らかでも緩和されれば、それは
それで良い事なのかも知れませんが...

でも、今まで"夢の治療薬"ともてはやされた物が実際は...なんて事は
枚挙に暇が有りませんし...
Re: No title
名無し さん

 情報を頂き有難うございます。

> 1.抗体は、凝集体以外にに対して何らかの悪影響を及ぼさないのか?
> 2.「凝集体除去が根治に直結」と有るが、その形成を阻止しばければ、
> 根治とは言えないのではないか?


 御指摘の通り、なぜ凝集するのかの理由にアプローチするのが根治療法です。
 凝集ありきで凝集を除去できたとしても、凝集する原因は取り除かれていない
 ので、それはどこまで行っても対症療法だと私は思います。

 また対症療法の存在意義は勿論ありますが、
 根本原因が解決されないままの対症療法は人為的な操作的状態であり、
 加えた人為がまた新たな人為を生み出すという構造があります。
 
 パーキンソン病に対する再生医療もそうですが、
 根治療法を行わずに、どれだけ見事な対症療法を行ったとしても
 結局は一時しのぎであって、遅かれ早かれ状態が歪み続けていくに違いないと私は思います。

 だから私は今のままの医療の延長線上に未来はないと思っています。
No title
たがしゅう先生、こんにちは。

「ALS」は少し前に映画にもなったし、船後氏の当選もありましたね。
政治の話はタブーかとも思いますが、船後氏の街頭演説を聞きに行きました。他の方と同じようにマイクを持っての演説ではありませんでしたが、本人の思いと周囲の協力があれば可能なんだと感じました。
当事者ではないがゆえに問題を複雑化してしまう。私も含めてですが考えるきっかけになりました。

私がもしそのような状態(あえて病気とは言いません)になったら…。その答えは今は浮かびませんが、想像することから始めます。
Re: No title
花鳥風月 さん

コメント頂き有難うございます。

れいわ新撰組の船後氏ですね。それが御本人の想いに端を発し、それを応援する協力者の下で成し遂げられた行いなのであれば、尊重されるべきことと私は思います。