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テーマフリーの哲学カフェの面白さ

category - たがしゅう哲学カフェ
2019/ 06/ 21
                 
先日、東京秋葉原でたがしゅう哲学カフェを開催致しました。

今回は初のテーマフリーでやってみるということで、主催者と致しましてもドキドキしながら当日を迎えましたが、

結果的にはそれなりに充実した内容の哲学カフェになったのではないかとほっと胸をなでおろしております。

今回参加者の方々の御同意を頂き、当日の様子はYouTubeたがしゅうチャンネルの方へアップさせて頂いております。

YouTubeでは個人名が入った所や変に間延びしてしまった所をカットした編集版を上げておりますが、

別途ブログのメールフォームから加入可能の「たがしゅう哲学カフェメーリングリスト」では期間限定ではありますが、

ノーカット版の音声をシェアしております(そこに価値があるかどうかは微妙ですが)。
            

また今後も折角の有意義な時間ですので、参加できなかった方々へもせめて雰囲気がシェアできるように、

YouTubeへ音声と静止画をアップさせて頂くことを前提でたがしゅう哲学カフェを開催していきたいと思います。

さらに今後は一度Zoomというオンライン会議アプリを用いての、オンラインたがしゅう哲学カフェもやってみたいと考えています。

その辺り実験的な試みに関しては「たがしゅう哲学カフェメーリングリストの方で執り行いたいと思いますので、

そうした実験に興味があるという方は是非「たがしゅう哲学カフェメーリングリスト」への御加入を御検討頂ければ幸いです。


さて、テーマフリーのたがしゅう哲学カフェ、詳細はYouTube動画前編後編)を御覧頂くとして、

ここではそのテーマフリーで開く哲学カフェの特徴・感想について語ってみたいと思います。


今ここに何もきっかけがない状態で「さあ考えて」と言われても難しいと思いますが、

そこに何かしらの「テーマ」が存在すると、それを軸にして今までの人生経験から考え始めることができると思います。

今回の場合はそのテーマがないので、実際に開始しばらくの間は膠着する時間がいつも以上に長かったように思います。

ところがポツリポツリと参加者の方々が少しずつ語っていくうちに、

自分が全く関心を持っていなかった、あるいは関心を持っていないと思い込んでいた事柄に対しても、自分の考えが思い浮かんできたり、

また自分とは全く関係のない他人の話を聞きながらいて、ある瞬間突然自分にも十分関係していることだとわかり、急にその話題が身近に感じられたり、

最終的には語り合っているうちに参加者の皆さんの中にそれぞれある問題に共通する本質的な所に考えがつながっていく面白さがあったように思います。

哲学カフェでは正解を出す必要はないということがよく言われているのですが、

たがしゅう哲学カフェの場合は最後の数分間で私がその日出た皆さんの意見をその場で即興でまとめるという作業をあえて試みています。

なぜならばそうすることで確かに正解ではないにしても、その場の参加者の「対話」で作り上げた大切なことが見えてくるような気がするからです。

それは時として人生を生きていく上で、道に迷った時に助けとなってくれたりもするので、

なるべく大事にしたいという私の気持ちからの行動なのです。

しかしその後、いろいろ調べてみると、哲学カフェでテーマフリーでやっている所もあるようで、

そもそもフランスで1992年、哲学者のマルク・ソーテ氏が哲学カフェを初めて行った時もそんな感じだったそうです。

テーマがフリーなのに、物事の本質に近づいていくし、

毎回テーマフリーであっても、参加者の構成や場所によって展開が全く変わってくるし、

何より、どの方向に考えたっていいという形をとることで、考えるという行為をすごく楽しんで行えるというところに,

私はすごく興味を惹かれています。

皆様も是非機会があればテーマフリーの哲学カフェを楽しんでみられてはいかがでしょうか。


たがしゅう

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