Post

        

いつ何時誰に対しても当てはまる

category - ふと思った事
2019/ 06/ 12
                 
血糖値に人生を支配されないコレステロール値に人生を支配されない

そして糖質制限理論にも人生を支配されないという記事を今までに書き記してきました。

それは、一言で言えば、こうでなければならないという価値観の枠組みに縛られることで本質を見失いやすくなってしまうからです。

しかしそうなると一体何を信じて人生を歩んでいけばいいのかという話になってきますが、

ここにおいて私が一番重要視しているのが「体調」というバロメータです。

実はこの考え方は哲学者イマヌエル・カントの「内容ではなく形式で考える」という考え方に通じます。
            

内容で考えるというのが、血糖値やコレステロール値、あるいは糖質制限理論から見てどうかと考える行為に相当し、

形式で考えるというのが、体調で考えるという行為に相当します。

もう少し正確に言えば、形式で考えるとは、「どんな状況でも誰においても当てはまる形式で考える」ということです。

極端に言えば、血糖値がいくら高くとも、コレステロール値がいくら基準からはみ出していても、

体調がよければ疑うべきは血糖値やコレステロール値の常識の方ではないでしょうか。

糖質制限理論を厳格に遵守していたとしても、体調が悪ければ疑うべきは糖質制限理論の方ではないでしょうか。

例えばコレステロール値がすごく良い値を示していても、脳梗塞を発症する人はたくさんいます。

その時にコレステロール値という内容で考えていたら、「コレステロールをしっかり下げていたのに脳梗塞になってしまったのなら仕方はない、薬物療法の限界だ」と思考停止に陥りかねません。

でもコレステロール値がすごく良いのに、脳梗塞を発症し体調が悪化しているのであれば、

コレステロールを下げること自体が誤っているのではないかという可能性に対して真摯に向き合うことができます。

医学的に常識だと考えられていたことが、ガラガラと音を立てて崩れていく事が稀でなくなった現代、

今絶対に正しいと思っていることも、それが人為的に定められた基準であれば、どこかでそれが本当に正しいのかと疑う余地は残しておいた方がよいと私は思っています。

しかし「体調」をベースに考えるという形式であれば、これから先どれだけ意外な医学の新知見が明らかになったとしても、

きっと大きく道を踏み外すことはないであろうと思います。

なぜならば体調というのは複雑な反応が身体の中で起こった結果の総体であるわけなので、

そこが正しければいろいろなこまごまとしたことは平均集団と違うといったばらつきはあるかもしれないけれど、

全体としてはうまく行っているという判断にして妥当だと思えるからです。

逆に言えば、科学的根拠が明らかでなくとも、体調が良くなる方法は検証の価値があります。

それは医療界で軽視されるプラセボ効果も含めてのことです。プラセボであってもそれを引き出せる方法があるのなら素晴らしいと思いますし、

プラセボであろうとなかろうと体調の改善を引き出し続けることができるのであれば、それはもはや立派な治療ではないでしょうか。

勿論、わからないことの全てをプラセボという言葉で片付けようという気は毛頭ありません。

今の科学でわからないことも、後の発展した科学が解明することはきっとあると思います。

私達にとって大切なのは、「自分の体調」という、少なくとも自分にとって間違いのない事実に注目し、

その事実から目を背けずに向き合い続けることではないかと思います。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント
        

No title
血糖値やコレステロール値に振り回されない、というのは同意します。
ただ、体調という漠然としたものを指標にすることには疑問があります。
例に出されている脳梗塞ですが、おそらく発症する直前までは特に自覚症状がなく、体調が悪いという感覚は患者本人にはないのではないでしょうか。
そうだとすると、脳梗塞の発症リスクを予見することができません。
今までの知見から、血糖値やコレステロール値といった検査数値がどうやら発症に相関しているらしいということで、発症リスクのマーカーとして利用されてきたのではないでしょうか。
しかしながら、マーカーとしては少し信頼が揺らいできて、真のリスクとなるファクターが他にあるかもしれないという意見も出てきた段階なのだと思います。
体調という漠然としたものよりは、自覚症状がなくとも数値として表れる真のリスクマーカーが見つかればいいと思います。
自分で守る
健康は食事の改善とストレス発散で手に入れましょう!

…とのスローガンは数十年前から政府やメディアやいろんな団体から聞き飽きるほど叫ばれ続けていますが、果たして一体どれほどの日本人が、食事療法とストレス発散が、病のむしろ特効薬だと認識しているでしょうか?
新薬という見たことのないものに期待を寄せ、面前の生活を蔑ろにする。
最近のニュース、老後生活資金が2000万円必要だとの試算への、国民の急な慌てぶりに似かよっています。

「困りはてた最後に国が何とかしてくれる」はもはや幻想で「自分の身は自分が守る」を固く胸に刻んだ次第です。
Re: No title
よつとらい@2型糖尿病 さん

コメント頂き有難うございます。

脳梗塞もそうですが、高血圧症、糖尿病などの生活習慣病も一般的には無症状と言われています。
しかし実際には無症状ではないと私は考えています。何故ならば、そうした病気を背景に少なくとも動脈硬化は進展し、全身の各臓器への血流が低下し、各臓器や細胞の働きも衰えて然るべきだと思うからです。脳梗塞発症前もきっとそうした変化は起こっています。ただ緩慢な変化に人は気付きにくいものです。

よくよく観察すれば、疲れやすいとか、睡眠が浅くなるとか、食欲が落ちるといった自覚症状があるはずで、それが血圧とか血糖などの客観的なマーカーよりも最も早く検出されるバロメータだと私は考えています。血圧や血糖を指標にしていると、たとえ良かれと思って血圧が上がっていたとしても絶対悪としてとにかく血圧を下げてしまうという残念な対処へとつながりかねません。

もし身体が疲れているのならば、それは身体が休息を求めていると解釈するのが妥当だと私は思います。
Re: 自分で守る
だいきち さん

コメント頂き有難うございます。

食事療法とストレスマネジメントは大事と言われながらも、その重要性が正しく認識されているとは思えない状況があると思います。おまけとまでは言えませんが、基本だけれどそれだけでは到底治せない治療法という位置付けです。

でもそれは食事療法が論理的に非合理的なカロリー制限食が前提にあっての位置付けであって、糖質制限食の圧倒的な改善を目の当たりにして私はその認識ががらりと変わりました。正しい食事療法は病気の根治を目指せるほどの効果があるのだと。

人は緩慢な変化には気付きにくいものです。厳しい状況でも、きっと誰かが何とかしてくれると淡い期待を抱えているものだと思いますが、実際にはゆっくりと状況は悪化していくばかりです。だからこそ自分自身が立ち上がらなければならないと私は考えています。