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主体的でありたくても無理な環境

category - 主体的医療
2019/ 05/ 22
                 
知り合いのナースから聞いたとある高齢患者さんの話です。

患者さんの住む地域は田舎町で、地元の医師は数えるくらいしかいません。

なので病院にかかろうかと思ったら自ずと一つのクリニックにかかるしか選択肢がないという状況です。

その患者さんの主治医は年配の医師でいつも数分のやりとりと軽い診察があるのみで、同じ薬を出し続けるというスタイルの医師でした。

高血圧に対して、その医師の言われるがままの治療を受け続けた患者さんはいつの間にか薬の数が増えていき、

やがて降圧薬が4つも処方される状況となってしまいました。
            

患者さんは最近、ふらつきやもの忘れが気になってきたので、薬を減らしてもらうよう医師へ相談したところ、

「血圧が高くなってはよくないからその薬は必要だ。ふらつきやもの忘れは年を取れば誰でもあるものだ」

と言われて取り合ってもらえないので、我慢して飲み続けていたようですが、

その状況を知った友人が、それは別の医師に相談した方がよいと勧められ、家族とも相談の上、遠距離となる相談に乗ってくれそうな別のクリニックへの受診へと踏み切りました。

そのクリニックの医師は、時間経過からも降圧剤の副作用の可能性が高いと判断し、薬の減薬を提案し、相談の結果4つの降圧薬を3つに減らす運びとなりました。

後日もともとのかかりつけクリニックで経緯を報告し、引き続き3つの降圧薬を処方してもらうよう頼んだところ、

この医師は不機嫌な表情となり、「そんなことしてもらうんだったら、もうその医師に診てもらえ」と今後の診察を拒否するようなことを言われたということです。


このお話のポイントを整理しますと、

1)患者が通院できる病院の選択肢が限られている
2)患者が「薬を減らしたい」という要望を述べてもまともに取り合ってもらえない
3)患者が主体的に考え、別の医師と相談の上、減薬の行動をとると、医師は立腹して患者への診療を拒否


これに類似した出来事はおそらく日本全国様々な場所で見られているのではないかと私には思えます。

患者中心の医療とは名ばかりで、医者中心に医療が漫然と繰り返されているのが実情なのです。

私はこのブログを通じて、患者が治療の主導権を持つ主体性医療の重要性を叫び続けていますが、

現在の医療環境においては、この患者さんのように主体的であろうにもそうあることができない方は多数おられると思います。

主体的医療を選択することが、それに協力してくれる医師を失うことを即意味するわけですから、

この状況で見放されたら、患者は地獄に落とされるも同然なので、残念ながらいくら不本意であっても泣き寝入りするしかないのが実情だと思います。

患者が高齢者でなければまだ可能性はあります。いばらの道にはなりますが、医師の世話に一切ならずに食生活とストレスマネジメントを見直すことで健康を維持していく方向へシフトチェンジすることは不可能ではありません。

それでもドクターのサポートが全く得られない状況は、よほどの覚悟がないと実践できないでしょう。

勿論、高齢者だからそれができないということではありませんが、一般論としては高齢者の方が今までの食事や心の在り方を変えることが難しい傾向は見受けられるのではないかと思います。

こういう状況を打破し、主体的医療を行いやすい環境を整えるためには、

①全国どこにいても治療を複数の選択肢から選べる環境にする。
②医師が患者のどんな要望にも真剣に答える器の大きさを持つ(必ずしもエビデンスに捕らわれない)。
③かかりつけ医を変更したり、かかりつけ医を複数持ち、そのバランスを患者がコントロールすることが当たり前の環境にする。


これらのことが必要になるのではないかと私は考える次第です。

別ブログで考え続けているオンライン診療がもっと広まっていけば、①は達成できそうだと思うかもしれませんが、

いくらオンライン診療が広まっても、それを提供する医師が皆西洋医学ベースの同じ価値観の医師ばかりだと必ずしも治療の選択肢は増えません。

だから保険医療ではなく、自由診療という別の価値観をオンライン診療に持ち込むことでこの辺りは是正されうると私は考えています。

②については医師側の認識の問題なわけですが、西洋医学一辺倒の教育を受けてはじめて医師になる資格が得られ、かつ科学的根拠が極めて重視されている現在の日本の医学教育の枠組みでは、器の大きな医師は生まれにくい環境となってしまっているかもしれません。

ここは現時点では良い案は思い浮かばず、エビデンス重視の考え方が緩和され、そういう器の大きな医師が増えてくれることを願うばかりです。

③に至っては①②が達成されてこそ、初めて可能になることのように思えます。

主体的医療達成への道はまだまだ長く険しいですが、

少なくともオンライン診療の自由化はその第一歩になることを私は確信しています。


たがしゅう

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コメント

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コメント失礼します。

<主体的医療達成への道はまだまだ長く険しいです。>

患者の問題ではなく、やはりプライドの高い医師の問題ではないかと考える次第です。

皆さまご用心ご用心。
Re: タイトルなし
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。

 医師が変わらなければならないのは事実ですが、医師と患者がともに変わらなければ、主体的医療は実現できないと私は思います。
オンライン診療が確立することを願います!
たがしゅう先生こんにちは。
私は、大学病院の通院で納得が行かず、通うのが大変だからと軽い嘘をつき、近所の病院に並行して通院しました。
近所の病院は月一、大学病院は3ヶ月に一度。
近所の病院の先生は、途中で薬を止めたいと言うと、「ステロイドだけは絶対に勝手に止めないと約束してくれれば、好きなようにしていいですよ。それに合わせた処方もします。」と希望を聞いてくださいました。その理由は、私が原因不明で診断がつかないから納得行かないでしょうと言うことでした。
その後、幸いなことに大学病院で撮ったMRIで原因が見つかり、近所の病院宛に速やかに所見とデータを送ってくれたので、適切な治療へ進むことが出来ていますが、これはレアケースだったと思います。

1は、オンライン診療で達成できると思います。ぜひ、確立してほしいです
2は、私の通っている病院のように柔軟な対応をしてくださるお医者様が増えれば叶いそうですが、とは言え、西洋医学一辺倒と仰る通り、奥深いストレス等には目を向けない等、お医者様の価値観が合わない場合がありそうです。
3は、かかりつけ医は一人に絞るのが当たり前と思っているお医者様が多いと思います。私はたまたま並行して2人の主治医を持つことができていましたが、実際は、既に大学病院は信頼しておらず、何かあったときのためにとキープ的に3ヶ月に一度の通院を残していただけですし、今回、原因が見つからなければ、別の病院を受診してみようと考えていたところで、今度はなんと言って紹介状をいただくかと悩んでいたのです。
血液検査のデータは手元にあっても、画像系のデータは手元にないとなると、あなたの診断に疑問があると思っていると不快に思われることを覚悟で紹介状をいただくか、情報開示してもらうか、データなしで行くか。
とにかく、この手順を気軽にすることは現状では難しいですね。
とりとめもない長文になり失礼しました。
オンライン診療が、地域格差のない、そして、患者が求め納得のできる治療ができる第一歩として広まることを願っています。
Re: オンライン診療が確立することを願います!
アキ さん

コメント頂き有難うございます。

現代医療の常識の中ではステロイドの常用が必要な病気では、用量は減らせたとしてもステロイド自体をやめることは難しいというのが現状だと思います。ですが私の知る限り、漢方薬の工夫やホメオパシーという代替医療を併用することでその常識を打ち破るケースは存在します。

折角インターネットで世界中の情報を共有できる世の中になったのだから、医療も多様な価値観がシェアされてその中から自分が望む価値観が選ばれるべきだと思います。

> 3は、かかりつけ医は一人に絞るのが当たり前と思っているお医者様が多いと思います。

御指摘の通りです。国をあげてこの流れが推奨されていますが、主体的医療の観点に立てばかかりつけ医を一つに絞るか複数持つかは患者さんの価値観次第だと考えます。
この点は重要ですので、一度ブログ記事で整理させて頂こうと思います。

> オンライン診療が、地域格差のない、そして、患者が求め納得のできる治療ができる第一歩として広まることを願っています。

応援頂き有難うございます。
一日も早くこの理想に近づけるように頑張りたいと思います。
全然関係のないコメントですみません。
たがしゅう先生こんにちは!
いつもブログ&Twitterでいろいろと勉強させてもらっています。
2月に交通事故に合い、顔面&鎖骨&骨盤骨折と死にそうな目に合い、ただいまリハビリ真っ最中です!病院で入院中にたがしゅう先生の過去ブログを読み返していました。先生はレタスを丸ごと1個食べているという過去記事が有り、私はレタスが嫌いだったので絶対無理だと思っていました。入院中の食事でレタスが出て来たので仕方なく食べて見ると案外美味しくて、退院してからマヨネーズをかけて食べてみたら、私も丸ごと1個いけました(*^^*)
糖質制限をしているとどうしても食事のレパートリーが少なくなってしまいますが、これからも美味しく、楽しく糖質制限を続けられたらと思います。
それから入院中に思った事は、ストレスマネジメントが上手い人は傷&病気の治りも早い気がしました。
Re: 全然関係のないコメントですみません。
あっぴ さん

 コメント頂き有難うございます。

> 2月に交通事故に合い、顔面&鎖骨&骨盤骨折と死にそうな目に合い、ただいまリハビリ真っ最中です!

 なんと!それは大変でございました。心からお見舞い申し上げます。

 レタスは植物の葉なので、本来はおいしいものではないかもしれませんが、調理という人為を加える事でそこは変わりうると思っています。私も流石に生では食べませんが、レタスを食べる時はマヨネーズを愛用しております。

> それから入院中に思った事は、ストレスマネジメントが上手い人は傷&病気の治りも早い気がしました。

 この辺りはいわゆるエビデンスとしては出にくい部分ですが、理論上は間違いないと思います。ストレス反応をうまく収束させることが、身体の機能を最大限に発揮させる秘訣だと考える次第です。
No title
私は、自分の期待に適う医師であるかを判断するのに、日々の患者の治療・治癒経過をブログ等で公開しているか?を一つの目安としています。

それを見れば、診療内容だけでなく、その医師の医療哲学・方針や患者との向き合い方も分かります。

また、自身の医師としての活動を衆目に晒されるネットに公開するということは、自身の医療に確固たる自信を持っており、批判・中傷・誹謗も受け入れる覚悟が出来ているということだと思います。

その様な自信や覚悟は、患者中心の主体的医療に肯定的・積極的なスタンスで立ち向かえる人間的な器の大きさに繋がると思います。

しかし、実際には、無個性な美辞麗句やガエビデンス至上主義と思われる文言を一方的に並べ立てているだけで、結局あなたは自分の頭で何を考えて医者をしてるの(-o-;)ってな医療関係者のサイトが殆どなのが現実です。
Re: No title
名無し さん

 コメント頂き有難うございます。

> 私は、自分の期待に適う医師であるかを判断するのに、日々の患者の治療・治癒経過をブログ等で公開しているか?を一つの目安としています。

 なるほど、確かに患者の立場から見れば真摯に映るスタンスかもしれません。

 ただ、私はそれに関しては三つ意見があります。

 一つ目は情報の非対称性について、即ち「公開している症例がその医師の全ての症例だとは限らない」ということがあります。
 つまり良い例は公開するけれど、悪くなった例は一切公開しないということが可能です。そうするとネット側からみる患者はとても素晴らしい医師に映るかもしれませんが、実際は巧妙に情報操作をし、必要以上に良いという印象操作を行っている側面があることになります。

 二つ目は「良くなった例はまだしも、悪くなった例を公開すれば患者は傷つくかもしれない」という点です。
 良くなった例をどんどん紹介するのは心理的にも容易なことです。しかし悪い方はそういうわけにはいきません。実際には悪くなった症例から学ぶべきことも多いので、公開する価値は十分にあるのですが、誰もがそのように好意的に受け取ってくれるとは限りません。その結果、公開する場合は良い例ばかりに偏ってしまいがちになるという構造となってしまうのです。

 三つ目は「具体的な治療例よりも汎用的な情報が多くの他者貢献につながりやすい」ということです。
 具体的な治療例が悪いというわけでは決してないのですが、そればっかりになるとたまたま自分と状況が重なる人は、自分もそれと同じ方法で治ると思ってしまいがちになるし、自分と状況が違う人にとっては興味を全く引かないと、言ってみれば具体例というのは非常に「クセのある情報」になりがちだということです。全体の中に少しクセが混ざるのはいいと思いますが、クセばかりだと非常に狂信性、マニアック性が強くなってしまう側面があります。
 一方で誰にでも当てはまる、誰にとっても自分事として扱える汎用的な内容であれば、それぞれが自分の頭で考えることにとって自分の人生の中で適合させるとどうなのかという事をそれぞれで導き出し、同じ情報が人によって違う行動をもたらすことにつながります。
 
 以上を踏まえ、私は具体的な治療経過については時々は載せてはいますが、全体としては汎用的な内容が中心となるように心がけています。あとは当ブログの場合は症例紹介は事実に基づくフィクションとしていますが、それでも公開に際して患者さんの御理解を頂けないとむやみには情報をネット上に乗せにくいという感覚も少しあります。