名ばかりの患者中心医療とならないために
2019/05/14 00:00:01 |
素朴な疑問 |
コメント:6件
2012年にアメリカ糖尿病学会(ADA)とヨーロッパ糖尿病学会(EASD)が、
2型糖尿病治療のポジションステートメントというのを発表していて、その中で"Patient-Centered Approach"という考え方を提唱しています。
「患者中心のアプローチ」と訳されるこの考え方では、生活習慣の改善を中心とする患者教育を基本として、
必要に応じて薬物療法を実施するけれども、その際の治療選択や目標設定は個別化するということが推奨されています。
この"Patient-Centered Approach"、言葉だけ聞くと私の提唱する「主体的医療」とよく似ています。
しかし実際に今2型糖尿病の治療が患者中心になっているかと言えば、そうではない事の方がほとんどであるように感じています。 "Patient-Centered Approach"では、糖尿病患者が受診したら、次の流れで治療を勧めていきます。
①患者の重要な特性を評価する
②治療法選択に影響を与える特異要素を考慮する
③治療計画を立てるべく意思決定を共有する
④患者と治療計画で合意を得る
⑤治療計画を実施する
⑥治療効果をモニターする
⑦治療計画の妥当性を患者とともに評価し、計画を立て直す
これだけ眺めると、非常に患者にやさしいというか、患者のためを思って治療が行われる流れだと感じる人も多いかもしれませんが、ここには決定的な問題点が隠れていると私は思います。
それは①~⑦、すべての決定権が医師に委ねられている、という点です。
つまり患者の希望する治療が受けられるわけではなく、医師が患者にとって最適であろうと思われる治療を患者の代わりに選択しているという構図なのです。
だから例えば医師が糖質制限に否定的であれば、その時点で患者が糖質制限をするという選択肢はなくなる流れとなります。
例えば糖質制限を希望する糖尿病患者が受診したとして、次のような流れが想定されます。
①「患者は糖質制限を希望している」と評価
②「糖質制限は短期的なダイエットには有効だが、長期的には続けられないだろう(という憶測)」と考慮
③「あなたは糖質制限を希望しているようですが、糖質制限は日本糖尿病学会が推奨していない治療法です」という判断基準を共有
④「だから学会が推奨しているカロリー制限食を実践した方がいいですよ」というので合意を得る
⑤診察終了後に栄養士によるカロリー制限指導が受けられるよう予約する
⑥1か月後診察で、血圧測定や血液検査を行ってカロリー制限の効果を確認
⑦思うように成果が出なければ「実践具合が足りない」あるいは「運動療法も加えよう」として、改めて指導を行う
日本全国このような流れで糖尿病診療が行われていることがほとんどであろうと推察されます。これのどこが患者中心の医療なのでしょうか。
要するに主導権が医師に偏り過ぎていることが、「患者中心のアプローチ」が絵に描いた餅となる諸悪の根源であろうと私は思います。
ではどうすればよいのか。私が提唱する主体的医療では、主導権を持つのはあくまでも患者さんです。
どれだけ極端だと思っても、患者さんがその治療を希望する背景を理解し、知らないことは正直に知らないと言い、対話の中で最善の選択肢を模索していくという作業が必要です。
例えば私が糖質制限を希望する糖尿病患者を診たら、次のような流れとなります。
①「患者は糖質制限を希望している」と評価
②低血糖を起こしうる薬剤を使用していないか、肝硬変や高度腎不全、副腎疲労などの注意病態がないかを確認
③なぜ糖質制限を希望するのか、実践に際してどのような支援を希望しているのかを共有
④患者の嗜好性にも配慮し実践する糖質制限の度合いを決定、SMBG(自己血糖値モニタリング)や定期血液検査の予定を立案、食事日誌をつけたり、食事の画像を写真に撮ってもらったりする
⑤1~3ヶ月毎の来院を指導し、定期的に実践具合を確認する
⑥次回診察時、本人からの情報、SMBG、血液検査、日誌、写真などを照らし合わせて糖質制限の実践度や効果を確認
⑦実践度や効果に応じてやり方へ軌道修正を加え、さらに良い結果(安定した結果)が得られるよう助言し治療を継続する
このようにすれば患者中心の医療が展開できます。
ただそれは私がたまたま糖質制限に精通しているからできることだと思われるかもしれません。
でももし私が糖質制限について全く知らなかったと仮定して、
もし糖質制限を希望する糖尿病患者さんが受診したら、私の提唱する「主体的医療」では次のように対応します。
①「患者は糖質制限を希望している」と評価
②糖質制限についての情報を持ち合わせていないため治療に影響を与える要素が評価できない
③なぜ糖質制限について興味を持ったのかについて尋ね、その意志決定支援に至る流れを理解しようと試み思いの共有をはかる
④「糖質制限については全くわからないが、希望を尊重しできるサポートを行う。次回までに糖質制限について学んでおきたいと思う」との内容で患者に合意を得る
⑤患者の自己流の糖質制限の実践に際し、トラブルがないように血圧、体重、血液データなどを定期的にフォローアップする。同時に糖質制限についての情報を仕入れる
⑥患者の感想、血圧、体重、血液データなどから必要に応じて問題点を指摘し、仕入れた情報なども利用して助言を行う
⑦このまま糖質制限を続けていくかどうかを患者と話し合い計画を適宜修正する。万が一糖質制限の禁忌病態が見つかったら注意喚起する
おそらくこのように対応することになるのではないかと思います。
まとめると主体的医療を行う医師に求められるものとは、
どんなに患者の意見が極端だと感じたとしても、それを全否定せず理解しようと努める姿勢、
そして自分によって未知の内容だったとしても、自分の持てる知識や能力を最大限駆使して、自分ができる最大限のサポートを患者に対して行うこと、
この2点に集約されるのではないかと思います。このスタンスは哲学カフェから学んだ部分でもあります。
本当に患者中心の医療を展開したいのであれば、もっと患者を信頼すべきだし、
もっと患者が自由に発言できる場を作るべきだと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
しかし、もし、先生の元に来た患者が糖質制限拒否派で、極端な低脂肪食(未精製穀物で高炭水化物摂取)希望者、あるいは菜食希望者だった場合も、本当に患者の希望に沿って治療方針を立てられますか?
それとも、糖質制限食のよさを患者に説明して、翻意させようとしますか?
Re: No title
御質問頂き有難うございます。
> もし、先生の元に来た患者が糖質制限拒否派で、極端な低脂肪食(未精製穀物で高炭水化物摂取)希望者、あるいは菜食希望者だった場合も、本当に患者の希望に沿って治療方針を立てられますか?
> それとも、糖質制限食のよさを患者に説明して、翻意させようとしますか?
いい質問ですが、結論から言いますと「それでも患者の希望を主として治療方針を立てます」。
私は糖質制限推進派ですが、主体的医療の現場は私の推奨を押しつけることは決してしません。
勿論、糖質制限のよさを私なりに情報提供はすると思いますが、それで希望しない場合はご希望の低脂肪食や菜食のままフォローします。そもそも低脂肪食や菜食だと絶対体調が悪くなるという保証もありません。腸内細菌の適合具合によっては低脂肪食や菜食に適合しうることもあります。極端に思えたとしても本当にダメかどうかはやってみないとわからないのです。
そして主体的医療の場合、そのように推奨が自分の希望と違ったとしても、それでも私に診てほしいと患者さんが希望をする限り、私はその患者さんを責任を持ってフォローします。体調が悪くなれば食事療法についてその都度患者さんと対話して見直します。その上で患者さんが別の医師を希望したら紹介状を書きます。
要するに患者さんが私を求める限り、どんな治療を希望したとしても私は私ができるサポートを続けますし、その治療方針は患者さんとの対話の中で適宜軌道修正していくというのが、主体的医療の在り方となります。
管理人のみ閲覧できます
Re: No title
内容が内容なだけに、ここでは「御本人から直接確認したことはない」とだけお答えしておきます。
管理人のみ閲覧できます
Re: No title
デリケートで、ブログの場で語るにはふさわしくない内容と思います。
関係者の心情も考えると聞きにくいですし、聞いたとしても公開するようなことはしないでしょう。
いずれにしてもそのようなデリケートな内容について私へお尋ねになりたい場合は、非公開でもコメント欄でお尋ねになるのではなく、メールフォームから直接私へメールをお送り頂ければと思います。私からの返信がしにくいからです。
2014年11月20日(木)の本ブログ記事
「コメント投稿時の注意点」
https://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-487.html
も御参照下さい。
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