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学会から離れた世界を開拓する

category - 自分のこと
2019/ 05/ 09
                 
5月は様々な医学系の学会が各地でよく開催されるシーズンです。

私の専門である脳神経内科の大きな学会も5月下旬に開催されます。

ところが実は私は数年前よりこうした学会に参加して情報を集めることに急速に興味を失ってきています

勿論、学会で発表されている内容が無意味だとは言いません。

ただ、どれもこれも限られた固定的な価値観の中で五十歩百歩の議論をしているように感じられてしまうのです。

こうした学会の開催をくり返して、神経難病の方々は良い方向に向かっているでしょうか。
            

例えば、比較的最近の話題としては、新作用機序の抗てんかん薬や、パーキンソン病への胃瘻からの持続的経腸薬剤投与法の登場などが挙げられるでしょうけれど、

これらは所詮は付け焼刃的なその場しのぎの西洋医学的アプローチの方法が増えただけであって、

これらの技術の進歩によってパーキンソン病の患者が治るようになり、患者の数が減っていったかと言われたらそうではなく、むしろ増加の一途を辿っている状況ではないかと思います。

結局、西洋医学という固定的な価値観の中でいくら頭をひねって解決策を導こうとしても突破口を見出すことはできないということなのだろうと思っています。

私は、なぜ神経難病は治らないのか、その根本を突き詰めることで、食事と心の在り方の問題があることに気付きました。

様々な病態が改善する糖質制限で、神経難病の人の糖質制限順守率は非常に低い事がありましたし、

神経難病の方々と多く接していて、その性格や価値観、ストレスマネジメントに問題があることも肌で感じてきました。

そして食事療法もストレスマネジメントも神経難病の成因に深く関わる酸化ストレスを確実に軽減することができます。

だからこそ食事療法+ストレスマネジメントを神経難病治療の核に置くべきだと私は考えているわけですが、

食事はまだしも、心の在り方は目でみることができないので、本当に私の仮説が正しいのかどうかは証明のしようがないのが悩ましい所です。

科学的根拠がなければ私の仮説はどこまで行っても医学界からはつまはじきにされたままです。

ですが、この仮説が正しいと仮定すれば、なぜ現代医療の進歩にも関わらず神経難病の患者は増加の一途を辿るのかということを説明することができますし、

何よりもし仮説が正しい場合、治療のために勉強すべきか学会での西洋医学中心医療ではなく、

食事療法のことであったり、いかにストレスマネジメントを行うかということであったり、全く方法論が変わってくるわけです。

限られた人生の貴重な時間です。なるべく有意義な時間となることを誰もが望むはずです。

それならば神経難病が一向に治る兆しのない先の見えない世界での学びばかりを繰り返すよりも、

神経難病が治るかもしれない未知の可能性を開拓する生き方の方が有意義なのではないかと私は考えます。

もし食事療法やストレスマネジメントを突き詰めた先に神経難病が治る世界が待ち構えていなかったとしても、

一生懸命取り組んでダメだったという事がわかっただけでも有意義です。ない事がわかる事にも価値があると私は考えます。

脳神経の勉強自体をやめるというわけではありませんが、

少し学会という狭い世界から離れて、もっと広い世界から病の本質について考え、

そして具体的な解決策へと昇華させていく作業に私の人生の時間を費やしていきたいと考える次第です。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
『一生懸命取り組んでダメだったという事がわかっただけでも有意義です。ない事がわかる事にも価値があると私は考えます。』

くだらないことで、行き詰まって、うだうだしていた自分が、先生の記事で転換できそうです。

残り少ない人生を、有意義に過ごしたいものです。

感謝です。
日々の業務に忙殺され、ただ与えられたやるべき作業をこなしていく。こう言う医師が多いのでしょうね。自分自身に磨きをかけるために固定観念に囚われず、いろんな情報をインプットし日々勉強を重ねていく。糖質の過剰摂取がいろんな疾患のベースになっているということをこれから学んでいくべきですね。きっと医師と言う人たちは変革を好まない保守的な人種なのでしょうか?築き上げた今のポジションを逃したくはない、それには大きな波に乗れば良い。根底にはその自己保身が影響しているかもと思ってしまいますね。
Re: No title
神戸のなすっち さん

 コメント頂き有難うございます。

 私の気付きが少しでもお役に立てれば私も嬉しく思います。
 こちらこそ心より感謝申し上げます。
Re: タイトルなし
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 医師と言う人たちは変革を好まない保守的な人種なのでしょうか?築き上げた今のポジションを逃したくはない、それには大きな波に乗れば良い。根底にはその自己保身が影響しているかもと思ってしまいますね。

 おっしゃることを否定するわけではないのですが、保身自体が悪いことではないという見方もあります。
 誰にでも自分を守りたい気持ちがあると思います。家庭を持つ人なら家族も含めての自分を守りたいと思って然るべきです。
 だからそういう行動をとる医師達の気持ちも私はわからないでもありません。
 
 ただ問題は何を大事に考えるかということだと私は思います。
 少なくとも私は自分の地位や立場が守られるよりも、本当に他者に貢献できる感覚を大事に考える医師です。
 一方でこの問題は自分が独り身であればシンプルですが、家族がいるともっと複雑化します。自分はそれでよくとも家族のことを思うと判断に踏み切れないという事も起こりえます。

 だから自分も得をして他者も得をするというスタイルをいかにして築くかという事にこだわり続けなければならないように私は考える次第です。
毎日、起床から就寝までの食事等経口摂取した物・排便の有無と量・体調・その日にあったことを記録してます。約一年経過した結果、体調がすぐれない時は、ほぼ必ず、疲れているのに無理して食べたか、精神的に引っかかることがあるかのどちらかだと判明しました。糖質制限は3年目ですし定期的な検診も受け変化なしです。一例ですが、先生の仮説の立証かと思います。
就職先であってはいけない
「自分の命を懸けててでも国を作る」国会議員
「自分の時間すべてを人類の健康の為に捧げる」医師

大げさでもなく理想でもなく、「生身の人に向かい合う仕事」には、こういう高い志を持った人徳ある方が就くべきです。

>問題は何を大事に考えるかということだと私は思います。
 少なくとも私は自分の地位や立場が守られるよりも、本当に他者に貢献できる感覚を大事に考える医師です。

たがしゅう先生のこの言葉、すべての議員や医師の心に根付くことを願ってやみません。

それとも、志は薄れていくものでしょうか?
Re: タイトルなし
T さん

 コメント頂き有難うございます。

 日記をつけることはいいですね。自分の無意識の行動パターンをも明らかにし、今まで気付かなかったストレスの存在に気付くきっかけになることもあります。

 注意点としてはあまりネガティブなことを書きすぎないようにすることでしょうか。書きすぎるとネガティブな印象が記憶に定着しやすくなってしまうからです。仮に自分がネガティブに感じることであっても、解釈を踏まえずにニュートラルな事実として記載するように心がければ、日記の良さが引き出せるように思います。私もブログを書く時になるべく心がけていることです。
Re: 就職先であってはいけない
だいきち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 「自分の命を懸けててでも国を作る」国会議員
> 「自分の時間すべてを人類の健康の為に捧げる」医師
> 志は薄れていくものでしょうか?


 ここで「人間は楽な方に向かうもの」という言葉が響いてきます。
 当初の志が良くとも、それが楽なことでなければ、人はどうしても楽な方向へと向かってしまう性質があると私は考えています。

 辛い理想を掲げ続けていられる人はそれほど多くはありません。
 理想を自分にとっていかに心地よいものとするかにかかっているのかもしれません。