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自然の形を丸ごと診るスタンス

category - ふと思った事
2019/ 04/ 19
                 
思えば西洋医学というものは、

人間という自然の中で複雑な仕組みを備えられた生命体に対して、

その構造を明らかにしようとするが余りにその一面的な部分だけを抽出する技術を発展させ、

その抽出した要素の集合体として人間をみようとした医学だとも言い換えることができるかもしれません。

血圧の値一つとってもそう、血液検査の数値もそう、CTやMRIなど画像データだって、

いずれも人間の複雑性を一部切り取って表した要素であるに過ぎません。

そういうものばかりを道標にして医療を展開しようとしても、それは無理を生じてしかるべきではないでしょうか。
            

例えば、血圧140/90mmHg以上を一律に治療対象だとみなせば、

血圧を上げることによって困難を克服しようと頑張っている人の努力を見過ごすことになりかねません。

CRPなどの炎症反応が高い人に一律に抗生剤治療を行って炎症反応を下げようものなら、

折角組織の修復のために身体が頑張って炎症反応を起こしている状況に水を差すばかりか、余計に腸内細菌のバランスまで乱してしまうことになります。

画像で海馬周辺が萎縮しているからアルツハイマー型認知症だと判断して抗認知症薬を処方してしまったりなんかしたら、

実際には老化に伴う脳ボリュームの減少で機能的には問題なかったとしても、無理に神経へ刺激を与える薬を使って本来不要な副作用を受けることになったとしても不思議ではありません。

つまり一面を見て全体を理解した気になってはいけないということですし、

全体を理解しようとすることはそんなに簡単ではないということでもあります。

ただし少なくとも、全体を丸ごと扱うという形で人体を診ることは可能です。

それは、触れたり、尋ねたり、感覚をまるごと大事にするという手法によって成し遂げることができます。


触れるという行為によって得られる情報は

単に温かさ、柔らかさ、しなやかさなどといった言語化できる情報のみならず、

受け取る側がそれを感知できるできないに関わらず、自然の形そのままの情報を得ることができます。

例えば微細な振動、汗でしっとりした感じ、はたまた科学的には解明されていない「気」と呼ばれる概念なども含めれば、

実に多種多様な情報を包含しているということになります。

この多様な情報をどのように解釈し、そしてどのように治療へと結びつけるかということに関して、

古今東西様々な偉人が取り組んできて西洋医学以外にも様々な医学を発展させてきたと思います。

その中で、誰に対しても満足のいく効果をもたらすことができるほど確実性の高い医療があることを少なくとも私は知りませんが、

少なくとも自然丸ごとの情報を扱っているところに私はある種の実直さを感じています。

あるいは尋ねること、言い換えれば問診することもそうです。

ことばとは、人間が生み出した発明品なので人間界にしか存在しえない「尋ねる」という行為ではありますが、

そこから得られる情報はその人の本質を丸ごと映し出しているものと言っても差し支えないように思います。

声の大きさ、高さ、トーンをはじめ、選ばれた言葉の種類、しゃべるタイミング、間の開け方、あるいはあえて本心とは別のことを言ってしまう返答の仕方にも心の動きが現れます。

人間界にしかない技術ですが、人間界ならではの自然丸ごと情報を得る手段として使える手段だと思います。

そして感覚をまるごと大事にするとはどういうことか、

それは五感で得られる情報、五感に関わる情報を決して軽視しないということです。

触覚はその一つですが、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、あるいは科学的に解明されていない第六感も含めて、

何となくそう感じられるという感覚を丸ごと扱っていくというスタンスです。

私がアロマテラピーに興味を持ち始めているのも、そういった視点からのことでもあります。

視覚や聴覚は眼科や耳鼻科に任せておけばよい、というわけではないのです。

例えば幻視や幻聴も、眼科や耳鼻科は相手にしてくれないかもしれませんが、

本人の感覚を丸ごと扱うというスタンスに立てば、決して無下にはできない重要なサインです。

一説には後頭葉や側頭葉といった視覚や聴覚に関わる脳領域が過剰に興奮していたり、逆に機能が低下していたりすることがそうした現象を引き起こすとの話もあります。

視覚だけではなく、そうした脳の機能異常を起こしている心理や身体の状態全てに注目しなければ、

この状態を安定へと導くことは困難と言わざるを得ないでしょう。



数値、データ、画像は人間を人為的に診る手法です。

触診、問診、全感覚把握は人間を自然的に診る手法です。


人為的な指標を診ることは確かに大事ですが、

それはあくまでも自然の一部を切り取ってみているのだという謙虚さを保ちつつ、

自然重視型医療のスタンスを持つ医師であり続けたいと私は思います。


たがしゅう

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