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人体は部品の集合体ではない

category - 素朴な疑問
2019/ 04/ 15
                 
糖質制限の理論を理解するのに生化学という学問が役立つことがあります。

生化学とは人体の中での化学反応について探求する学問のことで、

例えば糖質が分解されてグルコースとなり、そのグルコースが体内に取り込まれ、複雑な化学反応を経て、

最終的に水と二酸化炭素へと変わる過程でエネルギーが放出されるというようなプロセスを一つひとつ明らかにしていくことで、

人体で起こっている複雑な現象を科学的に解明し、その知見を病気の改善に役立てようとするものです。

生化学について詳しく学ぶと、人体で起こる化学反応の全容がわかり、その反応のために必要なビタミンやミネラル、その他様々な生理活性物質の不足を適切に補うことによって、

どんな病気でも健康な状態に持っていけそうな気がしてしまいそうなのですが、そこには大きな落とし穴があります。
            

それは、一言で言えば「人体は部品の集合体ではない」ということです。


例えば、生化学について勉強すると、「カルニチンという物質が脂肪酸の代謝に必要である」という情報が入ってきます。

カルニチンとは広く人体に存在する物質で、特に筋肉に多いとされるアミノ酸から合成されるビタミン様物質です。

脂肪酸は、構造上連なる炭素数の数によって、炭素数2-4個のものを短鎖脂肪酸(低級脂肪酸)、5-12個のものを中鎖脂肪酸、12個以上のものを長鎖脂肪酸(高級脂肪酸)に分類されます。

このうち長鎖脂肪酸がミトコンドリア内に入りエネルギーと利用されるためにカルニチンが必要になるという話です。

そのため、カルニチンは脂肪燃焼のため、ダイエットのために重宝するサプリメントとしても販売されていますし、

糖質制限派の医師の中で、脂質代謝がうまく回らない人に対してカルニチンを積極的に摂取することを勧める動きもあるようです。

そうなるとカルニチンを常に補充し続けなければ、脂質代謝が錆びついてしまうようなイメージも沸いてくるかもしれませんが、

実はそういうわけではありません。この辺り生化学ベースで機械的に人体をとらえてしまうと見落としがちな視点です。

理由は二つあります。ひとつは人体が正常に機能していれば、カルニチンは人体で合成することができるという点です。

人為的に脂肪酸代謝を通常以上に高めようという場合は別として、普通に必要なカルニチンは自分で作れるので、外部から摂らなくてもよいということになります。

ただし、この合成能力は加齢とともに低下していくとされていますので、高齢者など合成能力が落ちている人にとっては当てはまらないかもしれません。

もう一つはカルニチンはアミノ酸をベースに作られる物質なので、オートファジーが機能すれば外から補充しなくても済むという点です。

オートファジーとは、何度も当ブログで紹介しておりますように、「タンパク質(アミノ酸)のリサイクル・再利用システム」です。

オートファジーが抑制される要素は摂食とインスリン分泌です。従ってその両者の刺激を抑える糖質制限や絶食にはオートファジーを活性化させる働きがあり、

アミノ酸やそれによって構成されるタンパク質やビタミン様物質などは、理論上外部から摂取しなくとも維持可能ということになります。

それが証拠に私は先日、水分しか摂らない形で1週間の断食を行ったのですが、

1週間まったくカルニチンを摂取しなかったにも関わらず、私の脂肪は十分量代謝して消費させることができました。

もしカルニチンを外部から摂取しなければ、脂質代謝がうまく回らないのだとすれば、この現象を説明することはできません。


この話でもって私は脂肪燃焼のためにカルニチンを摂取するという姿勢を批判したいわけではありません。

一番言いたいことは「人体を機械のように捉えてはいけない」ということです。

人体には確かにそれを構成する成分が複雑に組み込まれていますが、そこには物質的な側面だけではなく、生き物としての動きがあります。

その動きを意識せずに、必要な物質だからとその物質を大量に入れるということは、

物質的な充足を満たすことはできても、多すぎればもしかしたらその生き物としての代謝の流れを、言い換えれば「機能」を阻害するかもしれません。

物質的な充足は大事ですが、機能を侵してまで行うことではありません。そして本来の機能は充足よりも、無駄なものを引き算することで見えてくるものです。

生化学の理論で人体への理解を深めることは結構なのですが、そこには動きがあるという事を忘れてはならないと私は思います。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
断食お疲れ様です。
検査結果はもうちょっと先に出るようですね。
年齢の話題が出てましたが、たがしゅう先生はおいくつなのでしょうか?私は40代半ばとふんでいるのですが。
今、45才で今年46才ではないかと思ってます。

人体と宇宙
「ブラックホールの撮影に成功した」とのニュースが話題になりましたが、私は宇宙空間での新発見のニュースを見るたびに「人間は一体何の目的で宇宙を知りたがるのだろう」との疑問が浮かんでしまいます。

「未知の世界への探求心から」と言ってしまえばそれまでですが、その探求の先にあるものは、「新たな技術の取得」ではないことを祈るばかりです。

人体にも宇宙にも共通して言えることは、「解くことは出来ても、手を加えてはいけない」存在だと思うのです。

両者解明されればされるほどに「尊く、崇高すぎて、安易に介入してはいけないもの」であると気づくべきで、むしろ「人類含め生命体の完全さ」を改めて知る機会であってほしいと思います。

その完全さを意図的に台無しにしていないか?

そう問いかける新発見であってほしいものです。
Re: No title
美糸 さん

> たがしゅう先生はおいくつなのでしょうか?

 私は今、38歳です。
Re: 人体と宇宙
だいきち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 人体にも宇宙にも共通して言えることは、「解くことは出来ても、手を加えてはいけない」存在だと思うのです。
> その完全さを意図的に台無しにしていないか?
> そう問いかける新発見であってほしいものです。


 私も同様の見解を持っています。人体のことを小宇宙(ミクロコスモス)と称することもありますしね。

 知りたい欲求を満たそうと歩み続けるのは哲学的なスタンスで大変好ましいことだと思います。
 ただ、得た知識によって自然を支配するかのような発想はおこがましいことだとも思います。自然に生み出された構造は基本的には極めて精巧にできているもので、自然の中で生きる以上は、その偉大さを忘れてはならないと私は考えています。