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ことばが慢性ストレスを生み出す

category - ふと思った事
2019/ 03/ 09
                 
原始時代の人類にとってストレスとはどんなものであったでしょうか。

寒さであったり、外傷であったり、あるいは他の動物に襲われることに対する恐怖などが考えられます。

ただしいずれのストレスも一時的であったであろうということは想像に難くありません。

寒ければ寒さをしのげる場所に移動したでしょうし、怪我をすれば安静にして痛みが和らぐまではおとなしくしたでしょうし、

他の動物に襲われたら戦うなり逃げるなりして一定の時間が経てばそれなりの転帰を迎えているはずです。

翻って今、私達が生きる現代社会はストレス社会などとも呼ばれることがあります。
            

原始時代の頃のストレスと現代社会におけるストレスの決定的な違いは何かと言いますと、

そのストレスが持続的なものとなりうるかどうかという点ではないでしょうか。

そしてストレスを持続的たらしめているものの根源を突き詰めて考えますと、「ことば」に行き着くのではないかと私は思うのです。

もう少し正確に言えば、ことばによって生み出される感情の理解や、抽象的な価値観、形のない概念といったものなどです。

本来のストレスは何らかの脅威が実際に身体に働きかける時のみ影響を与えるものであったのに、

人間が作り出したことばによる様々な派生物、特に目に見えないものによって、

目の前には何も実質的な脅威がないにも関わらず、まるで脅威がずっと作用し続けているかの如くの現象が引き起こされることになってしまいました。

これが慢性ストレスと呼ばれるものであり、この現象はおそらく人間界だけのものと推定されます。

動物の間でも人間で言うところの「ことば」に準じたコミュニケーションは執り行われているとは思うのですが、

人間のようにあれこれ悩んだり、仕事のためにやりたくないことを我慢してやらなければならなかったり、

お金や人付き合いのことで悩んだり、将来のことや病気のことを心配したりといったことに類する現象はおそらく見られないのではないかと想像します。

「ことば」はコミュニケーションツールとして優秀だし、自分や世界を理解するのにも役に立つ側面もありますが、

その反面、このように目の前にありもしないストレスを起こし続けるという脅威にもなりうるということを知っておいて損はないと思います。

ストレス学の祖、ハンス・セリエ博士は、ストレスの種類に関わらず、ストレスによって共通の身体反応が引き起こされるということを様々な実験から実証されました。

目の前にあろうとなかろうと、身体がストレスだと感じてしまえばその反応は起こってしまうのです。

ならばストレスマネジメントの基本として重要になってくるのは「ことば」をあやつることではないでしょうか。

もっと言えば、「ことば」によって引き起こされる感情、価値観、概念を見直すということです。

容易なことではない場面もあるとは思います。しかし、相手は見えないものです。

見えないものが相手であるのなら、捉え方ひとつで如何様にも見え方を変えることは不可能ではないと思います。

「がんは不治の病」と捉えるのではなく、「がんは自分が無意識に無理していることを教えてくれている身体からのメッセージ」だと捉えるのはその例の一つです。

見えない敵に身体をむしばまれることのないように、

今後もストレスマネジメントについて学び続けていきたいと私は思います。


たがしゅう

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