Post

        

誰かの声を聴くために

category - イベント参加
2019/ 01/ 20
                 
以前当ブログで御紹介した「縁起でもない話をしよう会」の第4回目が、

先日開催されたので、今回も興味を持って参加して参りました。

過去には縁起でもない話の代表格である「死ぬ時について」の話が中心となることが多かったのですが、

今回話題を提供されたさがらパース通りクリニックの消化器内科医の小齊平智久先生は、自身の半生を振り返られて非常に赤裸々にかつ考えさせられる話をなさいました。

割とデリケートな内容もあったので、詳細に関しては一部割愛といたしますが、

最も主要なメッセージの一つは、「レッテルを貼らずに普通に接することがいかに尊いか」ということでした。
            

例えば、障害者に対して、非障害者はよかれと思って優しく接しようとします。

しかしながら、障害を持った当事者にしてみれば、何もずっと優しくされ続けるような特別扱いをされたいわけではないのです。普通に接してもらいたいのです。

ところがそんな本人の希望もむなしく、いつまでも優しくされ続けることによって、

「自分は〇〇ができないから、優しくされ続けて当然なんだ」というあきらめに変わり、

「あきらめが続けば思考停止に変わる」というようなこともおっしゃっていました。なかなか身につまされるメッセージです。

そのことは他にも、例えば胃瘻を造設された患者さんに対する見方にも関係してきます。

胃瘻を造設された患者さんは「もうごはんが口から食べられない人」「話しかけても意思疎通できない人」などのレッテルがいつの間にか貼られ、

そしてその状況が続けばいつしか「口から食べてもらう」「話しかけてしゃべってもらう」といった行為を相手に期待するのをあきらめるようになります。

その結果、生きてはいるけれど、相手を動かない意思のないも同然の存在として扱い、呼びかけや治療、看護、介護は非常に機械的なものへと変化していきます。この状況がいわゆる思考停止です。

小齊平先生はそうした胃瘻が造設された患者さんに懸命な声かけや働きかけを行うことで、

再び口から食べられるようになったり、しゃべれないと思っていた御高齢の女性が「アイ、アイ、アイス、・・・アイスクリーム」としゃべる姿を実際の動画を用いて明確に示されました。

この例に限らず、タブー的なことに触れないでい続けることは、確かに思考停止の部分を生み出しているように思います。

性教育とか、遺産相続の話なんかにも共通するところがあるかもしれません。

そういう普段話題にのぼらないことこそ、普通のこととして話し合う機会をあえて作ることで、

思考停止に陥らずに済み、様々な考えにも触れることができて、

ひいては充実した人生へとつながりうるのだという印象を受けた非常に素晴らしい話題提供であったように感じました。


会の後半では「~もしもの時の話し合い~ もしバナゲームというカードを使った小グループでのディスカッションが行われました。



もしバナゲームとは、あらかじめ死ぬ前に話し合っておきたい大事だけれどなかなか話す機会のない話題ついて、語り合う機会を作りやすくするために考案されたカードゲームです。

中には人生における大事な価値観が書かれた36枚のカード(※1枚ワイルドカードを含む)が入っています。

カードに書かれている内容は、例えばこんな感じです。

「(人生の最期に)機器につながれていないこと」
「ユーモアを持ち続けること」
「不安がないこと」
「痛みがないこと」
「清潔さが維持されていること」
「家族の負担にならないこと」などなど…

このカードの内容を全て伝えられた小齊平先生は「この中であなたが人生の中で最も大事に思っていることは何ですか?」と尋ねられました。

私はいろいろと考えましたが、ダントツで一位となる一つの項目がありました。

それは「誰かの役に立つこと」です。

幸せとは貢献感である」というアドラー心理学での言葉がありますが、

誰かの役に立つことで自分の幸せを求めるというのが、今の私の主たる行動原理となっています。

もしもそうやって生き続けていれば、いつか何らかの理由で私が倒れた時であっても、

私は生きているだけでも、誰かに力を与えたり、何かを変えられる存在でい続けられるような気がするのです。

もしそうでなかったとしても、自分のためでかつ誰かのために生き続けることで、

少なくとも「いい人生だった」と実感しながら、この世を去れるようには思うのです。

誰かのために生きるためには、誰かの声を「聴く」ことができるようになる必要があります。

小齊平先生は言います。「聴く」とは特別扱いをせずに、普通に接することなのだと。

私は満足できる人生を送るためにどのように生きるべきなのか、

今回の会で大きなヒントを頂いたように思います。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント