フルアゴニストとパーシャルアゴニスト

2018/12/04 00:00:01 | イベント参加 | コメント:0件

先日、東京の品川で開催された脳神経変性疾患研究会という会に参加して参りました。

当ブログでも御紹介させて頂いたことのある新横浜フォレストクリニック院長で神経内科医の中坂義邦先生をはじめ、

東京メモリークリニック鎌田の院長で神経内科医の園田康博先生、国立病院機構菊池病院の元院長で今年に熊本駅前で木もれびの森心療内科・精神科クリニックを開業された木村武美先生、

そして医療法人社団誠弘会池袋病院の脳神経外科医、平川亘先生といった錚々たる面々が自身の経験された認知症を中心とした神経変性疾患の症例を報告されました。

いずれも標準的な認知症診療では難渋するであろう症例を見事に改善に導かれた報告であり、私としても今後の診療に際して大変参考になりました。

私が認知症コウノメソッドの学びで初めて知った高齢患者への必要最小限処方の技術はさらなるステージへと進んだように感じています。 例えば、今までウインタミンという抗精神病薬がごく少量使用であれば有効性を保ちつつ副作用が出ずに済むと考えられていたのが、

2年、3年と使い続ければごく少量であってもやはり副作用が出てくるという現象があることが今回報告され、

このことからはいかに少量と言えども、加齢とともに落ちていく代謝状況に合わせて使用量をうまくハンドリングし続ける必要性を考えらせられました。

しかしただでさえわかりにくい脳内の神経伝達物質の伝達バランスを、時々刻々に合わせてさらに変化させていくという行為は、はたして現実問題どれほど実践されているものでしょうか。

正直言って医師もすべての患者をそこまで注意観察し続けるのは実質不可能に近いのではないかと私には思えます。

そうするとなるべく副作用の出にくい薬を使用することが重要となってくるはずです。

そんな中、中坂先生からフェルラ酸の安全域は800mgくらいまでなら問題ないという話がありました。

フェルラ酸とは(株)グロービア社が販売している認知症用のサプリメントですが、同社の商品「フェルガードF」がそのフェルラ酸が単独で入っています。

フェルガードFは一包100mgで、1日2回が標準的な使い方ですので、中坂先生が提示された800mgは通常使用の4倍量ということになります。

ここで疑問が湧きます。フェルラ酸はなぜ治療の安全域が大きいのでしょうか。

フェルラ酸は大変興味深い物質で、認知症全般に対して症状の改善効果をもたらすばかりでなく、

サプリメントにも関わらず基礎から臨床まで様々な研究がなされている物質で、年に2回フェルラ酸研究会という会が開催されているほどです。

そのフェルラ酸研究会には私も何度か出席しいろいろな先生方の研究報告を聞いて考えられるフェルラ酸が効く理由としては、

フェルラ酸の構造が神経伝達物質であるドーパミンやセロトニンの双方に似ている部分があり、それぞれの、あるいは他の神経伝達物質も含めた複数の受容体に対するそれぞれへの緩いパーシャルアゴニスト作用をもたらすからではないかと、私は考えています。

パーシャルアゴニスト(部分作動薬)というのは、ある薬が受容体にきっちりはまれば100%薬効が発揮されるフルアゴニスト(完全作動薬)に対して、

物質構造の関係上、受容体との結合が緩いために50%とか30%とか部分的にしか薬効を呈さない物質のことを指します。

フェルラ酸がドーパミンやセロトニン受容体に対してどの程度の結合率なのかはわかりませんが、ほどほどの結合であれば量を増やしたとしても副作用が出なくてすむことの説明になるかもしれません。

副作用は出なくても一定の割合で結合するので、量を増やせば用量依存的に効果が出てくるポテンシャルを秘めています。

そんな中途半端な物質でなくてフルアゴニストを使えばいいじゃないかと思われるかもしれませんが、実はほとんどの西洋薬がフルアゴニストとなります。

フルアゴニストは効果は抜群に出ますが、長く使うことでだんだん効かなくなり、使用量が増えていくという場面がよく観察されます。いわゆる耐性を獲得するというやつです。

効かないからと量を増やそうにも治療効果は次第に出にくくなり、かえって副作用ばかりが出るようになるという構造があります。

それにフルアゴニストを長く使い続けていると、それなしでは代謝が保持できなくなる状況に陥ることもよく経験されます。いわゆる依存状態になるということです。

言い換えれば、フルアゴニストはよく効く代わりに自分で治す力、自己治癒力を阻害する側面があるということになります。

パーシャルアゴニストのように緩く結合すれば、耐性獲得も依存状態の形成もフルアゴニストより起こりにくいということなのかもしれません。

ちなみに漢方薬も様々な基礎研究にやりそのメカニズムが解明されつつあるのですが、

フェルラ酸と同様、複数の物質の受容体に対する多面的なパーシャルアゴニスト作用があると言えそうな印象を私は持っています。

そう考えると漢方薬の多面的な作用が一部説明できるような気がするのです。

ただし漢方薬の場合は、ものによってはフルアゴニスト的に働く種類のものがあることに注意が必要です。

具体的には甘草、麻黄、附子といった生薬を多く含む漢方薬のことです。

甘草が多いと偽性アルドステロン症という副作用が起こりやすいことが知られていますし、

麻黄は昇圧や交感神経刺激作用のあるエフェドリンが主成分なので、高血圧や心臓病、前立腺肥大や排尿困難のある患者では注意して用いる必要があります。

附子はもともとトリカブトの毒ですが、ごく少量で用いれば鎮痛・温補に優れた効能を持つ生薬です。裏を返せば用量に注意する必要があるということになります。

これらが代表的な漢方の中でのフルアゴニスト的な要素ですが、そうしたポイントに注意して使えば漢方薬もフェルラ酸と同様、かなり安全域の高い薬として、副作用の出やすい高齢者の神経変性疾患治療に使えるのではないかと思います。

さらにフェルラ酸や漢方薬のようなパーシャルアゴニスト的な薬は、枯渇した神経伝達物質を補充するのに近い役割をもたらしている可能性もあります。

なぜそう思うのかと言いますと、フェルラ酸も漢方薬も重症の患者でも効くことがある、という事実があるからです。

重症患者とは細胞機能が不可逆的に衰退している状態を呈するため、普通に薬を使っても受容体自体がもはや反応しなくなっているわけですが、

パーシャルアゴニスト的に受容体に結合しなければ、メインの受容体反応システムが動かずとも、それに近いが普段使用していない受容体部分を緩く刺激することによって、

まだ潜在的に死んでいなかった細胞機能を賦活し、あたかも神経伝達物質を補充したかの如く、何とか機能が回復するという現象が起こるのではないかと、

だから重症の神経変性疾患でフェルラ酸による改善効果がもたらされるのではないかと、そんなことを考えた一日でした。

ちなみにこの研究会に出て、もう一つ感じたことがあるのですが、

長くなりそうなので次回に回したいと思います。


たがしゅう
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