一つの事実だけに注目しない
2018/09/25 00:00:01 |
糖質制限でうまくいかない |
コメント:2件
糖質制限はよくないとする人達の主張その1は、「糖質制限をすると耐糖能が悪化し、インスリン抵抗性が進行する」です。
耐糖能というのは、「糖」に「耐」えうる「力」、すなわち糖質を摂取したらどれくらい血糖値が上昇するか、あるいは糖質を摂取したらどれくらい効率的にエネルギーへと変換できるかということを表す言葉です。
糖質を摂取して、血糖値が急上昇するような状況は、糖質をうまくエネルギーへ変換できていないからだとして「耐糖能が低い」と表現します。
糖質制限実践中に久しぶりに糖質を摂取したら血糖値が上昇するという事実があることがその主張の根拠だと思います。 ところがこの現象は糖質制限実践者、万人に観察されるものではありません。
例えば、この私は1年ほど前に行った人体実験シリーズで、75gブドウ糖負荷試験を行っていますが、
この際、久しぶりの大量糖質摂取であったにも関わらず、血糖値の上昇はそこまで大きくはありませんでした。
つまり糖尿病でない人において、糖質制限実践中の久しぶりの糖質摂取で血糖値が急上昇する人としない人がいるというのが事実です。
ではなぜ私の場合、糖質制限実践中の久しぶりの糖質摂取であったにもかかわらず、それほど血糖値が上昇しなかったのでしょうか。
糖質を摂取したのに血糖値が上昇しない場合、考えられるメカニズムは大きく二つです。
ひとつは「インスリンがしっかり働いた」、もう一つは「筋肉によって十分に消費された」です。
それ以外にも「腸内細菌が糖の部分を消費した」とか「組織が糖化する際に消費された」などの理由も考えられますが、
ここではより確実性の高い前2者の要因に注目して考えます。
インスリンは身体の代謝を同化、即ちエネルギー物質を体内に貯蓄する方向へ働きかけるホルモンですので、
インスリンが働けば血液中の糖質が細胞内に取り込まれ、結果的に血糖値は下がります。
逆に言えばインスリンが何らかの理由で働かない状況があれば、血糖値は糖質を摂取した分だけ急上昇することになります。
これを「インスリン抵抗性」と呼びます。
ところが血糖値が急上昇する理由はもう一つ、「筋肉で処理しきれない」というのがあります。
筋肉量が少ない、あるいは筋肉があっても運動強度が低い状況の場合は、
糖質を真っ先に利用する必要性の高い筋肉とい場がうまく機能しないことになるので、
必然的にインスリンによって処理される糖質量が増え、その人のインスリンでの処理量のキャパシティを超えやすくなってしまいます。
つまりは「インスリンは出るし効いてもいるけれど、キャパを超えたために血糖値上昇」というケースになります。
このことは糖質制限実践中に久しぶりの糖質摂取で血糖値が急上昇する人にやせ型、非筋肉質の人が多いという事実とも合致します。
私の場合は、インスリンも筋肉もきちんと働いたが故に、糖質制限実践中の久しぶりの糖質摂取でも血糖値は急上昇しなかったと解釈することができます。
ここで特に私が言いたいのは「糖質摂取後の血糖値の上昇=インスリン抵抗性」ではない、ということです。
「糖質摂取後の血糖値上昇→インスリン抵抗性」というメカニズム自体は存在するのだからよいではないかと思われる人もいるかもしれませんが、
ここに大きな落とし穴があります。「糖質摂取後の血糖値の上昇=インスリン抵抗性」だけと考えると、「なぜ糖質制限でインスリン抵抗性が増すのか」という思考のみに突き進んでしまうからです。
実際にはインスリン抵抗性だけが血糖値上昇の原因ではないにもかかわらず、です。この時点で一部の事実を無視して狭い世界の中だけで思考が展開してしまうリスクがあります。
例えば講演会では遊離脂肪酸がインスリン抵抗性を作るメカニズムを解説し、糖質制限でインスリン抵抗性が起こる理由を説明しようとする場面がありました。
しかし実は糖質制限実践中に遊離脂肪酸が必ず高くなるわけではないのです。
それは2013年に私自身の詳細血液検査を実施した際に確認済です。
具体的には糖質制限実践中の私の遊離脂肪酸値は0.40mEq/L(基準値:0.10-0.81mEq/L)です。少なくとも私において糖質制限実践中に遊離脂肪酸は高くならないという事実があります。
ただそんな私でも断食を行うと遊離脂肪酸が上昇します(断食3日目で1.09mEq/L、断食7日目で1.32mEq/L)。
脂質を外部から摂取するのではなく、逆に全く取らないでい続けることによって遊離脂肪酸が上昇するのです。この事実をどう解釈すべきでしょうか。
つまり食べないでいると脂質代謝が強力に駆動されてエネルギー源としてふんだんに脂肪酸が産生されるために、
現場の需要以上に供給が高くなっている状況と解釈することができます。
つまり遊離脂肪酸が高い状況は、脂肪酸が使えないか、使い切れていない状況であって、
必ずしも糖質制限によってもたらされる状況とは言い切れないのです。
他にも「インスリン抵抗性」から頭が離れずにいると、思考の袋小路に入り込んでしまいます。「生理的インスリン抵抗性」という恣意的概念が出てくるのもこの思考の弊害と言えるでしょう。
そもそも血糖値上昇はストレスのせいかもしれないし、
あるいは筋肉量が少ないせいかもしれなくて、インスリン抵抗性は無関係の可能性もあります。
糖質制限実践者全員に起こっている事実を説明できなければ、その理論は片手落ちだと私は思います。
ついでに言えば、「耐糖能悪化」という解釈も一面的です。まさに思考が血糖値に支配されてしまっていると言えます。
ストレス性の血糖上昇にしても需要が急速に高まって供給量が増して起こっている側面があることを忘れてはなりません。さきほどの断食中の遊離脂肪酸上昇と同じ構造です。
言わば起こるべくして起こっている望ましい変化です。
人生の荒波にもまれストレスがかかっているにも関わらず、常に血糖値が一定に保たれる人生など逆に不自然だと私は思います。
たがしゅう
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プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
久しぶりに書き込ませていただきます。(長文で申し訳ありません)
数日ぶりに先生のブログを見て、私の記事とトピックスが同時期に偶然にも同じで、熱心に読ませていただきました。面白い集団と一緒に講演されたようですね。
糖質制限で血糖値が上がりやすくなる場合、私は「生理的」インスリン抵抗性という考えでいます。
先生の記事のリンクで、以前の記事の中に私と同じように生理的インスリン抵抗性について書かれた本を紹介されていたようですが、その方のニュアンスとはちょっと違いますし、そこから先の考え方も違うので、生理的インスリン抵抗性という言葉が良くないのかもしれません。
先生の「筋肉が少ない」という考えだと、糖質制限をする前と比べて糖質制限をした後の糖質摂取による血糖値の上昇が大きくなることが上手く説明できないのではないでしょうか?糖質制限によって筋肉量は変化しないわけですから。
これとは別に以前から、疑問に思っていましたが、OGTTという検査で、50kgの女性も、100kgの男性も同じ75gブドウ糖で良いのでしょうか?体重も2倍で、筋肉量も2倍、さらに血液量も2倍です。血液が2倍になればその分血糖値の上昇する幅は半分になってもおかしくありません。
そう考えると、先生の以前の人体実験のブドウ糖負荷試験で、血糖値があまり上がらなかった理由として、先生の体が大きいから、というのも考えられます。また、食前のインスリン値が本当の空腹時のインスリン値の2倍ぐらいあるので、インスリン分泌がちょっとフライング気味だというのも影響していると思います。
また、自分なりにいろいろ考察させていただきます。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
いろいろと参考になります。
まず、生理的インスリン抵抗性という概念には私は懐疑的です。
脳や赤血球に優先的にブドウ糖が回されるまではありえることですが、だからと言って血液中にブドウ糖が余るというのは生物の仕組みとして欠陥があると思います。ましてや久しぶりの糖質摂取なわけですから、臓器優先性があったとしても、血中に余らすことなく効率的なエネルギー源であるはずのブドウ糖を使っていておいてもらわないと腑に落ちません。
> 先生の「筋肉が少ない」という考えだと、糖質制限をする前と比べて糖質制限をした後の糖質摂取による血糖値の上昇が大きくなることが上手く説明できないのではないでしょうか?糖質制限によって筋肉量は変化しないわけですから。
私の考えは正確に言えば、「ストレス」→「消化吸収障害」→「筋肉作れない」です。
従って筋肉だけでは説明できずとも、糖質制限前と比べて、糖質制限後はストレス性の血糖上昇が糖質摂取による血糖上昇に上乗せになる事によって血糖上昇が大きくなると考えれば説明可能と思います。
> 先生の以前の人体実験のブドウ糖負荷試験で、血糖値があまり上がらなかった理由として、先生の体が大きいから、というのも考えられます。
これは重要な御指摘だと思います。
体格と75gOGTT試験の結果との関連は意外と調べられていないのではないでしょうか。
科学的データにはこうした落とし穴があるという事を示す好例です。
厳密には身体の大きさだけではなく筋肉量、循環機能、呼吸機能、腎機能など様々な要素が組み合わさって75g OGTT試験への影響がもたらされると思いますが、そうした個体差が無視されて糖尿病の診断として用いられているのが現状ではないかと思います。
空腹時インスリン値に関しては、私のスタート地点が大抵の人より高めというだけでフライング気味にインスリンを分泌しているというわけではないと私は思います。ただ私は肥満に伴うインスリン抵抗性がありますので、普通の人より多めに基礎インスリン分泌が刺激されていないと定常状態が維持できないというのは事実だろうと思います。
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