医学論文に論拠を頼らない
2018/09/15 00:00:01 |
素朴な疑問 |
コメント:10件
自説の根拠を多量の医学論文に求めて主張を展開されている方がいます。
例えば当ブログで紹介した崎谷博征氏や、津川祐介氏の主張の仕方です。
こうした医学論文を元に主張を展開するやり方は、実はどんな主張であっても行うことができます。
なぜならば世の中には様々な見解の医学論文が無数に存在しているからです。
医学論文は科学的なのだから、視点が違えど必ずただ一つの真理を現しているのではないかと、だから医学論文を示すことは根拠として優れた説得力を持つのではないかと思われる方も多いことでしょう。
しかし糖質制限関連論文一つとっても、スタチン関連論文一つとっても、見解は全く一致しているとは言えません。 だから糖質制限に肯定的な主張を展開する場合も、逆に糖質制限に否定的な主張を展開する場合でも、
自説に都合のよい論文を引用して論理を展開するということは医学の世界ではいくらでもできてしまうのです。
これが物理学とか数学とか、もっと基盤のしっかりした科学であれば、
Aという論文とBという論文の主張が食い違うことは、アインシュタインのような新星が現れない限りそうは起こらないことなのでしょうけれど、
医学ではそうした食い違いが日常茶飯事で起こっています。それは医学論文の科学性が極めて乏しいことに由来しています。
ですから、数多くの医学論文だけを根拠に自説を展開している人の話を私は基本的に信用していません。
本当に根拠が乏しいのかどうかを確かめるためには元論文を詳しく読み解く必要がありますが、この作業がまた骨が折れます。
しかし私に言わせれば論文の妥当性を確認しなくとも、そもそも論文だけが根拠になっている状況そのものが、その人の主張を危ういものにしているのです。
こういう予備知識がない人が、大量の医学論文を根拠に論理を展開している人の話を聞けば、
きっとものすごい説得力がある感じに受け止められるのでしょうけれど。
少なくとも私にはその手は通用しませんし、むしろ逆効果だということを明言しておきたいと思います。
では私が説得力を感じる主張とはどういうものなのかといいますと、
大きくは事実に立脚しているということ、特に根拠が動かしがたい自然法則に立脚しているということがポイントだと思います。
糖質制限に関して言えば、糖質を摂取すれば血糖値が上昇するというのは動かしがたい事実です。
勿論、その程度については個体差があります。腸内細菌との相性次第では大量に糖質を摂取しても血糖があまり上昇しないという現象は起こりえます。
しかし糖質を摂取したら血糖値が下がるという事は起こらないはずです(機能性低血糖症のパターンでは糖質摂取は間接的には血糖値を下げていますがここでの意味とは少しずれてきます)。
従って、糖質摂取を避ければ血糖値が上がらなくなるという事は私にとって大きな説得力を持つことになりますし、
糖質制限を実践した人の血糖値がほぼ例外なく下がっていく事実とも矛盾しません。
ただし実際にはタンパク質で血糖値が上昇するケースもありますし、ストレスで血糖値が上昇するケースもあるので、
必ずしも糖質制限だけですべての問題が解決できるわけではありませんが、
「糖質が血糖値を直接上昇させる」という生理学事実に基づいてそれに矛盾しない事象が観察される糖質制限は私にとって非常に説得力を持つわけです。
しかしながら、問題はそのように絶対的な生理学的事実に支えられた理論は実は医学にまつわってはさほど多くはないということです。
人体で起こる様々な現象は非常に複雑な多様性を持っています。
ある人で起こった事実が別の人でも同じように観察されるとは限らないということがしばしば起こりえます。
従って、動かしがたい自然法則に支えられて理論が展開される機械工学の世界に比べて、
物事の理解を流動的にしておく必要があるのが医学という分野だと私は思います。
少し抽象的な話となってしまいましたが、今回私が言いたかったのは、
医学論文に自説の根拠を頼るべきではないということ、
むしろ自説に根拠を持たせるためにはいかに医学論文に頼らずに、
絶対的な事実を重視して論理を展開できるかということにかかっているのではないかということです。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
更にその文献をつまみ食いして、、、の繰り返しで、医学とは科学とは程遠いものと思います。
ときにはわざと?誤読して自身の正当性の主張に使われる方もいらっしゃいますので困ったものです。
Re: No title
医学論文の科学性が極めて乏しいことに多くの医師が気付いていないことも問題です。
科学者と自認するのであれば、医学論文の結論の不定性を疑問に感じなければおかしいと私は思います。
No title
ありがとうございました。
素人としては、論文の引用に振り回されないことが必要と思っています。
自分のブログに記事に引用させていただきました
自己対して謙虚であり懐疑的である
他のブログで自説に合致する論文を引用して論考を展開している場合が見受けられ、それはそれで構いませんが、それだけで終わるのではなく「自分はこう思いますが、貴方はどう思いますか?」という姿勢である場合、私は筆者に好感を持ちます。
たがしゅう先生が常々おっしゃられていることですが、自己対して謙虚であり懐疑的である。
その様な人の物言いは抵抗なく受け入れることが出来ます。
自分は絶対であると思っている人の物言いは、仮にそれが科学的に正しいものであったとしても、受け入れることに抵抗を感じます。
常に自己に対して謙虚であり懐疑的である人間でありたいと思います。
たがしゅう先生のブログでそれを学ばせてもらっています。
常に自己に対して謙虚であり懐疑的である...言葉にすれば簡単ですけど、実践は困難な場合も有ります(^_^;)
人生は他者との価値観のぶつかり合いの連続で、つい独善的になりがちな場合も有りますから。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
論文自体の存在意義がないわけではありませんが、そればかりを論拠にしている主張は危ういという指摘です。
少しでも何かの参考にして頂ければ幸いです。
Re: 自己対して謙虚であり懐疑的である
コメント頂き有難うございます。
> 常に自己に対して謙虚であり懐疑的である人間
過分な御評価を頂き誠に恐縮です。
思うに私という人間の不完全性がこの考え方を受け入れやすくさせている側面はあるように思います。
それでいて相手の気持ちを慮り切れず、時に人を傷つけてしまったりすることもあって悩みながら生きています。
それともう一つは哲学との出会いが大きかったかもしれません。
「答えのない道を歩き続け、答えが見つかった時点で哲学でなくなる」
一見不思議な言い方ですが、今までの人生を振り返ってみて、私には非常に肌に合う考えに思います。
論文
Re: 論文
コメント頂き有難うございます。
精神科医師A先生の文献収集能力には目を見張るものがあり、私も大いに助けて頂いております。
この与えられた情報をどう扱うかというのが大事なポイントと思います。
No title
「現代の全体”をとらえる一番大きくて簡単な枠組―体は自覚なき肯定主義の時代に突入した」
https://www.amazon.co.jp/%E2%80%9C%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%85%A8%E4%BD%93%E2%80%9D%E3%82%92%E3%81%A8%E3%82%89%E3%81%88%E3%82%8B%E4%B8%80%E7%95%AA%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F%E3%81%A6%E7%B0%A1%E5%8D%98%E3%81%AA%E6%9E%A0%E7%B5%84%E2%80%95%E4%BD%93%E3%81%AF%E8%87%AA%E8%A6%9A%E3%81%AA%E3%81%8D%E8%82%AF%E5%AE%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E7%AA%81%E5%85%A5%E3%81%97%E3%81%9F-%E9%A0%88%E5%8E%9F-%E4%B8%80%E7%A7%80/dp/4794806523
Re: No title
情報を頂き有難うございます。
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