不可逆的な変化への対処法
2018/09/12 00:00:20 |
偉人に学ぶ |
コメント:5件
内科医の鳥谷部俊一先生が考案された「褥瘡のラップ療法」、
その理論と実践方法についてわかりやすく紹介されているDVDがあります。
褥創治療最前線! Dr.鳥谷部の超ラップ療法/ケアネットDVD 単行本 – 2007/8/23
鳥谷部 俊一 (著)
10年前私が研修医時代に購入して観ていたものですが、
この度久しぶりにこのDVDを見返してみる機会がありました。
10年経っても全く色褪せていない鳥谷部先生の理路整然としてわかりやすい説明のされ方に改めて感動しました。 本来褥創治療を専門としうる皮膚科医や形成外科医に勝るとも劣らない深淵な皮膚の知識、細かい観察方法を熟知しておられて、
なおかつ食品用ラップを治療に用いることに対して、医学的な問題以外に起こり得る様々な周辺トラブルにも配慮した細かな配慮や注意点の説明、
そして明日から即実行することができる具体的で実践的な処置方法の伝授など、
すべてに関して隙がなく見事なプレゼンテーションだと私は感じました。
これほど明解で誰にとってもわかりやすい説明をされるドクターもなかなかいないと思います。
ランプ療法の習熟だけではなく、プレゼンの模範としても参考になるかもしれません。興味のある方は是非ご覧になって頂ければと思います。
さて、そのDVDの中でラップ療法では対処ができない症例の例として、
閉塞性動脈硬化症、すなわち血管が詰まって血流が途絶えた部位にできた褥創はいかにラップ療法でも治すことはできない、という話が出てきました。
特に足に多くみられるラップ療法でもなかなか治らない褥創は、ドップラー血流計という血流の有無を確認する機械で確認して、
血流が途絶えている事が確認された場合は、ラップ療法で治すことはできないと断言されておられます。
このように自分の治療の限界点もきちんと見極めておられるところも鳥谷部先生の医師として素晴らしい所だと思います。
そしてそうした血流が途絶えた所にできた褥創に対してはどう対処するかということについて、
鳥谷部先生はドライドレッシングという方法を提案されていました。
傷の湿潤療法について御存知の方であればわかるように、「ドライ」すなわち「乾燥」というのは創傷治癒の阻害因子です。
つまりドライドレッシングは傷を治さなくさせる治療法だということです。
そんなことをして治療と言えるのかと思われるかもしれませんが、血流が途絶えていて傷が治る見込みもないのに、
それでも湿潤な環境を保っていればどうなるかと言えば、傷は治らないのに細菌だけは周りの壊死組織を栄養にしつつ増殖する状況ができてしまいます。
それだと傷は治らない上に感染症は起こってしまう環境を作る手助けをしている事になってしまうのです。
だから敢えてその部分の傷は治そうとせず、さらに菌も増殖できないようにあえて湿潤療法の逆を行き乾燥をさせるというドライドレッシング、
これによって施設に入って寝たきりだった高齢患者さんの下肢を切断することなく、そのまま看取ることができたという例を紹介されていました。
なるほどこういった人為の加え方もあるものなんだと改めて考えさせられた次第です。
人体の変化には可逆的な変化と不可逆的な変化があります。
私達は病気と見えればとにかく治したいという発想にとらわれがちです。
医師ならば治せないのは自分の腕が足りないからだと悩んだり、患者ならば他の所に行けば治せる医師がいるのではないかと望んだりするものだと思います。
しかし、不可逆的な変化を治そうという行為は、あたかも血流の途絶えた褥創をラップ療法で治そうとする行為に似ていて、
命の終息に向かおうとする自然の流れに逆らうことによって、逆に命が苦しめられてしまうという側面があるのではないかと思います。
認知症についてもそうです。認知症も記憶を中心とした神経系に起こる神経変性疾患で、神経変性は基本的に不可逆的な細胞変化です。
パーキンソン病もドーパミン神経系を中心に起こる不可逆的な神経変性疾患です。
こうした不可逆的な病気に対して、元の可逆的な頃の本人を想像して、そこに向かって治そうとする行為は自然に抗っているのではないでしょうか。
その結果、あまりにも過剰な投薬が行われ、複雑な副作用にさいなまれてしまうのではないでしょうか。
「老人の病気を完全に治そうとしてはいけない」という言葉が頭をよぎります。
不可逆的な病態に対して私達ができることは、決して治そうとすることではなく、
医療の必要最小化、残った機能でいかに穏やかに人生を過ごしてもらうよう整えるかということではないかと私は思います。
不可逆的な変化が起こっているのに、可逆的だったころに無理矢理戻そうとする行為は、
不老不死にしてくれという無理難題に応えようとする愚かさに通じるものがあると私は感じます。
誰しもいつしか死に向かい、やがて訪れる不可逆的な変化に対して、
私達の受け止め方も非常に重要になってくるように思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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Re: タイトルなし
様々なことを配慮しての総合判断です。お察し頂ければ幸いです。
No title
ご家族にも、きちんと説明します。
この治療選択に、異議を訴えてくるご家族というのは、今まで出会ったことがありません。
きっと当の患者さんの現状をきちんと把握して、共感してくれているからだと、思っています。
私も遠い昔は、創をなくす目的で、ひざ下、膝上切断の手術を行いました。
それでも、縫合不全や、手術に伴う体力の低下など、
患者さんにとって、何がよかったのかと、疑問に感じることも数多く経験しました。
今では、上手にミイラ化することで、キズの処置も簡単で、体調の変化もなく、
穏やかに介護され、静かに看取られていきます。
問題は、それでも壊死部分が融解してきた時の、悪臭対策です。
あの手この手で、対応しています。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> この治療選択に、異議を訴えてくるご家族というのは、今まで出会ったことがありません。
> きっと当の患者さんの現状をきちんと把握して、共感してくれているからだと、思っています。
そうなのでしょうね。
現状を正しく認識していれば、衰えゆく身体をいつまでも治そうと思いさえしなければ、きっと受け入れられることなのでしょう。
下肢切断治療での貴重な御経験、御感想も大変参考なります。
望まぬ下肢切断、おそらく望んでいる人は一人もいないと思いますが、それが行われないように最大限の努力を行いたいものですね。
> 問題は、それでも壊死部分が融解してきた時の、悪臭対策です。
> あの手この手で、対応しています。
確かにドライドレッシングで着地させるにしても、悪臭は現実的な問題として立ちはだかりますね。
また御都合のよい時に先生のお知恵を拝借できれば有難く存じます。
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