緩やかな糖質制限食で脳卒中を予防できなかった一例
2018/08/24 07:35:01 |
普段の診療より |
コメント:12件
正しい科学的思考とは事実をもとに考えていくことだと私は考えています。
その意味で私は医学論文に書かれていることより、実際に自分の目で確かめたことを重視しています。
先日当院における糖質制限教育入院システムについて御紹介致しましたが、
これはあくまでも患者さん自身が希望された時のみに適用されるシステムです。
当たり前のようですが、糖質制限にまつわっては本人は希望していないけれど、家族に強烈に勧められるというような状況もしばしば起こり得ます。
しかしたとえどんなに家族に勧められようとも、本人が希望していない教育入院を私はお受けしないことにしています。
なぜならば、本人の意図していない糖質制限は本人にとっての大きなストレスとなりうるからです。
それに本人が納得していないまま無理矢理に入院してもらったところで、
入院中は糖質制限食による体重や血糖のコントロールが図れたとしても、退院後にまた乱れてしまうようでは意味がありません。
それというのも、私が今までの約7年間の外来での糖質制限指導の中で、
無理矢理に糖質制限指導をしてもろくなことはなかったという自分の目で確かめた事実、失敗経験があったからこそたどり着いた境地です。
私はこういう経験が医学論文が示すエビデンスよりも、よほど自分の中で大きな行動指針となっているように思います。
その経験を経て、私は主食抜きのスーパー糖質制限食が受け入れられない患者さんに対して、
それでも今よりも少しでも病状が改善するようにと、主食は半量、おかず少し多めのいわゆる緩やかな糖質制限食をお勧めするようにしていました。
こうすると、一部の重度糖質依存症の患者さんを除いて、かなりの数の患者さんに受け入れられるということを経験しました。
やはりゼロにするかと半分に減らすかとでは文化的価値観の上で雲泥の差なのではないかと思われます。
それでその緩やかな糖質制限食を入院でも提供できるように、
そしてあまり「制限」というネガティブなニュアンスを感じさせないように、
緩やかな糖質制限食を当院では「いきいき食」とネーミングし、基本的に私が担当する入院患者には特別な基礎疾患がない限り全員へおすすめするスタイルを構築しました。
これにより糖質制限食を拒否する重症糖尿病患者さんのインスリン量を減らすことができたり、
肥満のある整形外科疾患患者さんでの体重を減らすことができたりと様々な恩恵を得られるようになったわけですが、
先日私にとって残念な出来事も起こってしまいました。
80代後半の男性で、化膿性脊椎炎を経て仙骨部に褥創を形成し、リハビリと保存的治療の継続目的で数か月前に当院へ転院されてきた患者さんがおられました。
当院では褥創に対して鳥谷部俊一先生が考案された褥瘡のラップ療法(OpWT)を採用しておりますので、
その処置により速やかに疼痛コントロールがついて、同時に体力を回復してもらうためにいきいき食を提供していました。
特に御本人さんからの不満も感じられることなく、褥創も順調に治っていき、後は施設に入るまでの退院調整を行っていたところだったのですが、
先日この患者さんが突然大きな脳梗塞を発症され、急性期病院へ緊急搬送される運びとなりました。
勿論年齢的に仕方のないことだったのかもしれません。
ストレスに関わる生活背景も細かいことを言えばいろいろなことがあった可能性があります。
しかし私にとって重要な事実は、この患者さんには入院で確実に緩やかな糖質制限食を提供していたにも関わらず、
脳卒中の発症を予防できなかったということです。
私が直接目にしたこの事実には、他のどの医学論文よりも重要な価値があります。
中途半端な糖質制限には中途半端なりのリスクが存在するということを強く感じさせられた次第です。
糖質制限について学ぶ人にとって重要なことだと思いましたので、
少し迷いましたが記事とさせて頂いた次第です。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
> 「いきいき食」、ネーミングがいいですね!
お褒めの言葉を頂き有難うございます。
当院スタッフのアイデアです。
糖質制限の選択肢が多くの人に考慮されるよう様々なチャレンジを試みております。
本日の記事ですが、« 中途半端な糖質制限には中途半端なりのリスクが存在するということを強く感じさせられた次第です »
とありましたが 、中途半端な糖質制限でもいずれなっていたかもしれない脳卒中を遅らせる事が出来ていた可能性は無かったのでしょうか?
Re: タイトルなし
御質問頂き有難うございます。
> 中途半端な糖質制限でもいずれなっていたかもしれない脳卒中を遅らせる事が出来ていた可能性は無かったのでしょうか?
勿論その可能性も否定はできませんが、まったく同じ人間が二人存在しない限りは検証不可能なことだと思います。
大切なことはこの事実をどう受け止めて、どう行動に移すかということだと思います。
緩い糖質制限の期間が短か過ぎる上に一例ですからね…スーパー糖質制限でも同じことが起こらない可能性も0ではないですし。
スーパー糖質制限でも同じようなことが起こった場合に先生は、『スーパー糖質制限では脳卒中を予防できない』とのタイトルを掲げますか?
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
御指摘の点は理解できます。なので私も言い切る形のタイトルにするかどうかは悩みました。
しかし入院管理下で確実に緩やかな糖質制限食が提供できていた中で起こった出来事であったので、やはり私の心の中でタイトルのような気持ちが生じたことは否めませんでした。
勿論、一般論のように受け止められて誤解されるリスクもあるわけですが、それでも都合の悪い事実から目を背けないよう、そこからどうすれば同じ悲劇を避けられるかを発展的に考えられるように、あえてこのような記事を作成した次第です。
> スーパー糖質制限でも同じようなことが起こった場合に先生は、『スーパー糖質制限では脳卒中を予防できない』とのタイトルを掲げますか?
もしそれが私の入院管理下で起こったことであれば、その時もその事実を重く受け止めなければならないと考えています。
しかし今考え直したらやはり言い切り型はやりすぎていたかもしれません。タイトルを少し修正したいと思います。
No title
いずれにしても、高血糖食を続けても生涯罹患しない人もいれば、スーパー糖質制限でも支障を来す人がいることは事実でしょう。
しかしそれらは全体から見ればとても少数であろうと思いますし、やはり「これさえ心がければ」というほど生命の仕組みは単純ではないと言うことかも知れないとも考えます。
もちろん私自身スーパー糖質制限をしておりますが、そもそも「糖質制限」のネーミングに非常に違和感があって、「いや、制限(我慢)している気は全くなくて、自分の意思で選択しているだけ」だと。
むしろいわゆる”普通”、”バランスの良い””伝統的な”食事の方が高糖質食、高血糖食、高インスリン分泌食だと思うんですよね。
たぶん糖質制限を続けられている方々は同様に感じられているのではないかと思いますけど。
結局、情報収集から実践、結果まで主体性が重要なのだろうと思います。
問題は、それらを自分の意思で行えない(行えなくなった)方々への対応だと思います。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
そうですね。なかなか難しい問題です。
勿論例外は出てきて然るべきですが、最大限多数の人が恩恵を受けられるようになるための方法論は十分に模索していく必要があると思っています。
緩やかな糖質制限という選択肢は既存の文化的価値観と競合しにくいという点でストレスマネジメントの観点では有利なのですが、やはりそれだと十分な恩恵は得難いのではないかという想いを今回新たにした次第です。
> そもそも「糖質制限」のネーミングに非常に違和感があって、「いや、制限(我慢)している気は全くなくて、自分の意思で選択しているだけ」だと。
> 結局、情報収集から実践、結果まで主体性が重要なのだろうと思います。
私もそう思います。主体性が十分にあれば既存の文化的価値観にとらわれず自分の道を選択していく事ができます。
既存の文化的価値観の中に自分にとっての最適解があるとは限りませんので、やはり医療を救うのは主体性だと私は考えます。
主体性の持てない方への治療は困難ですが、それでもまだ何かできる事は残されているように思います。その一例が私にとっては日々のブログ記事作成であったり、漢方やホメオパシーの勉強であったりします。
主体性を持たない方に対しては残念ながら今の私になす術はないと感じています。
動脈硬化の治療には
そんなある日、
「動脈硬化の最大の原因はインスリンである」
という説を知り、低インスリン療法なるものの真似事をしてみました。
具体的には1食糖質5g以下の釜池式レベルの糖質制限です。
するとどうでしょう、わずか3週間ほどで血圧が100-65で安定するようになりました。
ちなみにいっしょに実践した私も100-65です。
この事から私は最近、動脈硬化の治療にはスーパー糖質制限レベルでは不十分で、釜池式レベルが必要なのではないかと考えるようになりました。
緩やかな糖質制限はインスリンがしっかり出ますので、ダイエット目的には良いかもしれませんが脳卒中や心筋梗塞の予防にはほとんど無意味かもしれません。
Re: 動脈硬化の治療には
コメント頂き有難うございます。
> 80代の私の母は1年ほどスーパー糖質制限レベルの糖質制限をしておりましたが血圧は下がらず、むしろ徐々に上がってきました。
> そんなある日、
>1食糖質5g以下の釜池式レベルの糖質制限です。
> するとどうでしょう、わずか3週間ほどで血圧が100-65で安定するようになりました。
> ちなみにいっしょに実践した私も100-65です。
それは重要な気づきですね。
もしその仮説が正しければ、タンパク質でもインスリンが分泌される私のような体質では必ずしも再現できないかもしれませんが、興味深い事実であるように思います。
難治性肥満など高インスリン体質の人は
そこまで考えて思ったのですが、糖質制限批判でよく
「私のおじいちゃんは糖質を大量に摂って長生きした」
と言う方がいます。
そのような方は、もしかするとインスリン分泌能力が低かったのではないでしょうか。
日本人は欧米人に比べインスリン分泌能力が低い人が多いです。
それは、高糖質食に適応した結果なのかもしれません。
本題から脱線して申し訳ありません。
先生の記事から、中途半端な糖質制限は危険であるという思いをますます強くしました。と同時に、覚悟の無い人に糖質制限を勧めるのも考えものだと思いました。
Re: 難治性肥満など高インスリン体質の人は
コメント頂き有難うございます。
成人後は特に、体質に対するそれまでの食生活の名残でインスリンを必要以上に刺激することが負の影響を与えうるということなのかもしれません。いわゆる緩やかな糖質制限には体重や筋力などで臨床的に良い側面もあるので、本当に避けるべきなのかどうかに関しては私の中では言い切れない部分もあります。
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