クレームは宝物
2018/07/13 00:00:01 |
おすすめ本 |
コメント:5件
先日、院内で医療安全の講習会が行われました。
講師は私で、何かネタを探すにあたって以下の本を参考にしました。
結局、病院のクレーム対応は最初の1分で決まる! (New Medical Management) 単行本(ソフトカバー) – 2016/12/5
濱川博招 (著), 島川久美子 (著)
読んでみると、これがまた実に興味深い本でした。
この本ではまず、クレームのない病院は危機にさらされている、というのです。 「クレーム」という言葉にネガティブな印象を受ける人も多いと思います。
クレーム対応には神経を使う、クレームなんかなければないに越したことはない、とまぁそんな感じではないでしょうか。
しかしこの本は、それはとんでもない誤解であって、むしろ「クレームは宝物」なのだということを大きな説得力を持って説かれるのです。
というのは、クレームが発生するメカニズムというものを考えてみれば見えてきます。
そもそもクレームというものは、どのようにして発生するのでしょうか。
私達が、医療に限らず、あるサービスを受けようという時、そこには何らかの「期待」があると思います。
提供されたサービスが期待通りのものであれば、そこには「満足」が生まれ、取り立てて問題となるようなことは起こりません。
ところが自分の期待に対して与えられたサービスが少し下回っていた時、
サービスの受給者は不安を覚えます。医療の場合はこれが患者ということになると思います。
そしてその不安が解消されないまま過ぎてしまうと、不安は今度「不満」へと姿を変えます。
「不満」がさらに放置されれば、「苦情」の段階へシフトします。「苦情」とはあるサービスに対して不平不満を言うことです。
例えば、医師が患者に対して血液検査を何度も行うも、その結果をろくに説明していない場合に、
その患者さんが同室の患者さんに「あの先生、検査の結果全然説明してくれないんだよねぇ」などと漏らしている状況がこれです。
そして、苦情をも放置し、さらに進展して生まれてくるものが「クレーム」です。
クレームとはある人が受けたサービスに対しての不平・不満に対して、何らかの賠償行動を要求することです。
賠償行動を要求するというと仰々しくて、金銭的なものを要求するイメージがあるかもしれませんが、
必ずしもそういうことだけではなくて、要するに「(問題があるから)なんとかしてよ」ということなのです。
つまりクレームの発生源は、もとをただせばサービス受給者の「期待」から始まっているのであって、
クレームを言ってくれる人は、サービス提供者に何らかの期待をしているからこそ、それを改善してほしいという気持ちを行動に移しているというわけです。
言い換えれば、クレームとはサービス提供者が気付かなかった問題点を指摘し、それを改善するためのヒントを与えてくれるものでもあります。だから「クレームは宝物」なのです。
ここでさらにクレームというものを理解するために、ちょっと逆の立場になって考えてみましょう。
もしも自分がファミレスに行った時に、意識するにせよ無意識にせよ、何らかの期待を抱いて入店しているはずです。
例えば、席に案内されて注文をした後、自分が期待している時間より長く時間が経過してもまだ料理が運ばれて来なかった場合、
ちょっとずつ不安を覚えてきはしないでしょうか。時間がどんどん長くなっていけば、不安が不満へ、不満が苦情へ、苦情がクレームへと・・・・
この流れが進んでしまってもおかしくはないと思います。
ところがここで一つのことに気が付きます。はたしてこの状況で皆が皆クレームを言うでしょうか。
おそらく、我慢して料理が来るのを待つけれど、料理を食べてから腹の中で「もう二度とこんな店に来るもんか」と思って立ち去る、そんな行動をとる人の割合の方が多いのではないでしょうか。
つまり、「クレームを言うのにも勇気がいる」ということです。
病院に対してクレームを投げかけてくる人は、厄介者扱いされがちではないかと思います。
しかし今までの経緯を踏まえれば、そういう人は私達が気付いていない病院の問題点に気付き、それを勇気を持ってエネルギーを消耗するというのに指摘してくれて、
なおかつそれがさらに病院をよくするためのヒントとなってくれる、そういう貴重な御意見だという事は、
厄介者どころかむしろ大事に耳を傾けなければならない相手だと、この本では説かれているのです。
しかし中には、本当に言いがかりのようなクレームを言ってくるような人がいることも事実だと思います。
しかしそのようなクレームでさえ、相手の立場になって、なぜそのような意見を持つに至ったのかということを真剣に考えていけば、
そこには何かしらの教訓が必ずあるはずです。そのように考えれば「クレームは宝物」という言葉の重みがより深く理解できるのではないでしょうか。
しかし、そもそもウチの病院にはクレームは本当になくて、本当にうまく行っているから、別に今まで通りで大丈夫ですよ、という人もいるかもしれませんが、
ある意味でそれが一番危ない考え方だと思います。
なぜならば、小さなクレームはこちらから積極的に拾いにかからなければ表面化しないから、
要するに「クレームがない」ように見えて、実はサービスの受給者が「我慢をしているだけ」ということがほとんどであるからです。
先ほどのファミレスの例で考え直してもらったらわかると思います。
期待した時間より少し遅く料理が運ばれてくれば、誰しも不安や不満は多かれ少なかれ感じるものです。
しかし、それをわざわざ店員へクレームとして伝えようと思うでしょうか。そのままスルーをするケースがほとんどではないでしょうか。
つまりクレームの種というものは実はいろいろな所に散在しているにも関わらず、それは積極的に拾いにかからない限り、あたかもクレームがないかの如くに見えてしまうということです。
サービスの提供者側がクレームに対する対策を取らずにいて、自然発生的にクレームが現れるような状況は、すでに問題がかなり大きくなっている状況を意味します。
それでも問題を指摘してくれるのであれば、それをもとにまだ改善の余地がありますが、
先ほどのファミレスの例のように、不満を抱えつつもクレームを言わずに二度とその病院には来ないと思う人が増えれば、
病院側はクレームはないものとあぐらをかいているうちに、気が付けば患者が全然来ないという状況に追い込まれる可能性は十分にあります。
そうなってからリカバーするのでは時すでに遅しだというのが、この本におけるストロングメッセージです。
つまりクレームは宝物なんだけれど、それを積極的に拾いにかかる姿勢を持っていなくてはダメだということ、
そしてクレームが発生したら一分一秒でも早く対応すること、そうすることで患者満足度は高まり、患者にとって安心の医療を提供することができるということ、
安心の医療が続けば、患者とのいざこざが発生する確率も少なくなり、ひいてはそれは安全の医療へと結びつく、とそのような事が書かれていた本でした。
その後もクレームに対応する時の心構えとか、クレーム対応の具体事例などがいろいろ書かれていて、私自身大変勉強になったので、
その内容を先日院内勉強会でしゃべらせて頂いたわけです。興味がある方は是非ご一読下さい。おすすめです。
さてこのクレームを肯定的に捉える考え方、私が時々取り上げる「失敗学」の考えに通じるものがあるのですが、
長くなりそうなので、これについてはまた次の機会にお話ししたいと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
『医療行為における信頼の原則の要件の検討』
https://www.meiji.ac.jp/dai_in/law/doctor_list/6t5h7p00000eflev-att/a1427241741620.pdf
まだ、全文を読んでいないので確かなことは言えませんが、医療安全を考える上でのヒントが有るかも知れません。
もしも、お気が向きましたら、お時間が有るときにでもご一見下さい。
Re: No title
情報を頂き有難うございます。
是非読ませて頂きたいと思います。
人間ドック結果について
質問させていただいてよろしいでしょうか?
私は毎年人間ドックを妻と共に受けておりますが、その数値についてドックの最後の医師の診察で医師からかなり脅されています。
私と妻は4年半ほど前から糖質制限を始め、基本は肉や卵に葉物野菜・魚を取っていて、穀物の類はほぼ口にしておりません。
すると予想していた事ではあるのですが糖質制限を始めた後の最初の人間ドックで、LDLが二人とも大幅なアップをしておりました。私が読んだ本に、糖質制限を始めると一時的にコレステロールは高値を示すこと、そしてそれは徐々に標準の値に下がることが記載されていたのですが、妻も私も一向に下がりません。これは大丈夫なのでしょうか?
因みに私のLDLはH24年から84→107→106→150→157→143→156、妻は113→112→113→186→170→167→231、と推移しています。妻に関してはHDLも77→76→78→111→112→101→116、と糖質制限開始以降上がっています(中性脂肪は二人とも開始前も後も標準の数値をキープしています)。このコレステロールの高値安定は問題ないでしょうか?問題ならばどう改善したらよいのでしょうか?
また、私に限りますが、尿酸値も糖質制限開始後に上昇しております。H24年以降、7.0→7.6→
6.8→8.2→9.9→9.7→10.7、です。今のところ痛風は出ていませんが、かなり医師から生活習慣の改善と、尿酸値を下げる薬の使用の検討を指示されています。
生活習慣と言っても私はメタボではありません(180センチ68キロで胴回りも80cmないくらい)し、過激な運動もしていませんし、普通に歩いていますし、タバコも吸いません。多少ストレスがあるのと、飲酒の量がここ1.2年程増えている(焼酎中心で2合/日)くらいでしょうか。
糖質制限と尿酸値上昇は関係があるのでしょうか?やはり尿酸値を下げる薬を飲むべきなのでしょうか?
三石巌先生が20年以上前に書かれた本を最近立ち読みしましたが、コレステロールや血圧などに関し、あの時代にここまで言い切る凄い先生だなと思いました(物理の方なのに)。その三石先生の本に、尿酸値は下げる必要はなく、糖タンパクを作るよう、タンパク質とビタミンAを摂取すれば大丈夫と言う記述があり、それにすがりたいという気持ちが強いです(出来れば薬は避けたい)。そのあたりたがしゅう先生のご意見は如何でしょうか?
とりとめのない話で大変恐縮ですが、是非たがしゅう先生のご意見を拝聴したいと思います。長々と失礼いたしました。よろしくお願い申し上げます。
Re: 人間ドック結果について
御質問頂き有難うございます。
> このコレステロールの高値安定は問題ないでしょうか?問題ならばどう改善したらよいのでしょうか?
よく言われるのはLDLコレステロールが高くとも同時に測定した中性脂肪(空腹時)が正常値であれば、そのLDLコレステロールは真の悪玉ではないということです。
中性脂肪も高値でLDLコレステロールも高値である時に、そのLDLコレステロールは小粒子型LDLコレステロールとか、酸化型LDLコレステロールと呼ばれる真の悪玉、すなわち動脈硬化に寄与する因子になるというのが一つの考え方です。
もう一つは「コレステロールが高いとよくない」という考え方がそもそも間違いだという見方です。
コレステロールはそもそも人体にとって不可欠な様々な物質の材料ですから、糖質制限を行うことで必要に迫られて上昇している可能性も十分考えられます。その場合は身体にとって好ましい変化が起こっているはずなので体調はよくなるはずです。
従って、空腹時の中性脂肪値がどうかと、実際に自分の体調はどうかということを参考に御自分の頭で考えてみて頂ければと思います。
2015年6月11日(木)の本ブログ記事
「巧妙なトリックに気付く」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-609.html
2018年4月27日(金)の本ブログ記事
「コレステロールにも人生を支配されない」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-1329.html
も御参照下さい。
> 糖質制限と尿酸値上昇は関係があるのでしょうか?やはり尿酸値を下げる薬を飲むべきなのでしょうか?
これもまたLDLコレステロールの話と共通構造があります。
以下の記事も参考に御自分で考えてみられて下さい。
2017年12月30日(土)の本ブログ記事
「痛風発作と糖質制限」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-1205.html
も御参照下さい。
> その三石先生の本に、尿酸値は下げる必要はなく、糖タンパクを作るよう、タンパク質とビタミンAを摂取すれば大丈夫と言う記述があり、それにすがりたいという気持ちが強いです(出来れば薬は避けたい)。そのあたりたがしゅう先生のご意見は如何でしょうか?
2017年10月18日(水)の本ブログ記事
「ビタミン補充療法についての私見」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-1128.html
も御参照下さい。
ありがとうございます
医師によって言うことが全然違う世の中です。たがしゅう先生のおっしゃる通り、私どもも素人なりに自分の頭で考え、判断や選択をしてまいりたいと思います。今後もよろしくお願いします。
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