言葉の持つイメージに惑わされない
2018/07/03 00:00:01 |
ふと思った事 |
コメント:4件
医者から動脈硬化や心臓不整脈など、何かしらの病気を指摘された際に、
「あなたは予防のために血液をサラサラにする薬を飲んでおいた方がよいでしょう」と言われた場合に、
それは患者にとって比較的受け入れやすい提案なのではないかと想像します。
なぜならば「血液をサラサラにする薬」という言葉の持つイメージが良いからです。
勿論、薬を飲むこと自体を拒否する人はいるかもしれませんが、
さりとてその薬を飲まなくても済むようにアクションを起こせる人は少なく、
それでもやはり他の薬に比べると「血液をサラサラにする薬」という薬への抵抗感は少ないため、
実際問題非常に多くの人へそれらの薬が処方されているのが現状だと思います。 そんな中で本日は、そもそも、血液をサラサラにすることは本当に良いことなのかについて、少し立ち止まって考えてもらいたいと思います。
深く考えずに「血液がサラサラ」と言えば、良い事であって、サラサラであることに越した事はないと思われる方も多いかもしれません。
しかし実際には「血液がサラサラ」であると困る場面というものが存在します。
例えば、怪我をしたときです。
怪我をした際は傷の深さに応じて出血することが多いわけですが、
本来であればこういう場合には、身体が持つ止血機構が速やかに働いてしばらくすればすぐに血が止まるようになります。
ところが血液をサラサラにする薬を飲んで入れば、その止血機構が働くのが阻害されて、
通常であれば数分も圧迫していれば止血されるところが、5分も10分も止血されないという不自然な事態が訪れることになります。
また人体の止血機構には大きく血小板を介したものと、凝固因子を介したものの二種類があります。
血小板による止血機構を邪魔する薬を抗血小板薬、凝固因子による止血機構を邪魔する薬を抗凝固薬と言います。
抗凝固薬の筆頭であるアスピリンという薬は、心筋梗塞や脳梗塞の予防など動脈硬化性疾患に対して広く用いられる「血液をサラサラにする薬」ですが、
胃潰瘍や喘息をはじめ、様々な副作用があることも良く知られています。
また抗凝固薬の代表格であるワーファリンという薬は凝固因子のひとつビタミンKの働きを阻害することで効果を発揮する薬ですが、
動脈硬化性疾患の予防だけではなく、心臓不整脈に伴う血流の乱流化から来る血栓形成の予防にも有効とされ、
深部静脈血栓症、いわゆるエコノミークラス症候群、の治療や、心原性脳塞栓症という不整脈に起因して起こった脳梗塞の再発予防などに広く用いられています。
しかしこのワーファリンが発見された経緯はもともとは殺鼠剤、すなわちネズミを殺す薬として、でした。
即ち血液をサラサラにすることは、極まれば死に至る怖い現象だということです。
従って、ワーファリンはその用量が多すぎず、少なすぎずにならないように、
適宜血液検査で効き具合を確認しなければならない管理の難しい薬で、ビタミンKを圧倒的多く含む納豆との飲み合わせが悪いことも有名です。
さて、アスピリンやワーファリンといった古典的な血液をサラサラにする薬から発展して、
現代ではこれらに比べて副作用が少なく、定期的な血液検査がワーファリンほど必要ないとされる新しいタイプの「血液をサラサラにする薬」が複数種類世に出て使えるようになっています。
しかし、副作用が少なくとも、抗血小板薬にしても抗凝固薬にしても、
原点がそういう薬であるということを踏まえますと、改良されたとしても本質は同じところにあると考えても不思議ではないのではないでしょうか。
すなわち突き詰めれば血液をサラサラにするという行為は不自然かつ危険な行為になりうるということです。
人体が血液サラサラで得をするのは、サラサラであるべき時のみサラサラとなり、
サラサラであってはいけない時にはサラサラとはならない臨機応変性があって初めて利益を得ることができると私は考えます。
今回の記事で私が一番いいたいことは、
言葉のイメージに捉われることなく、それが自然な状態か否かを考えることによって、
その行動を自分がとるべきかどうかの指針となる、ということです。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
承認待ちコメント
No title
「言葉の持つイメージ」の中身は、
無意識に持つ先入観なのでしょうね。
「日本高血圧学会」
「日本動脈硬化学会」
これらの言葉のイメージから、
信頼性を感じていました。
大櫛陽一先生の著書を拝読して気付きました。
どれだけ、言葉のイメージに騙されていたのかと。
言葉の持つイメージに、
流されないようにしたいです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
御提示の情報は私もある程度把握しているつもりです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 「日本高血圧学会」
> 「日本動脈硬化学会」
> これらの言葉のイメージから、
> 信頼性を感じていました。
これは大事な視点ですね。
おそらく多くの人がそのピットフォールに陥っていると思われます。
一方で私は私でもはやこうした言葉が悪いイメージの方へとつながってしまっており、これはこれで偏ってしまいます。
いかなる場合も、自然重視型の発想をベースに、起こっている事実をもとに判断していくことが大切なのではないかと私は考える次第です。
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