六病位を過剰適応・消耗病態で捉える
2018/06/28 00:00:01 |
漢方のこと |
コメント:4件
漢方を勉強していると「六病位(ろくびょうい)」という考え方を学びます。
その昔、感染症に対する対抗手段が漢方薬しかなかった頃、
先人達は感染症を急性熱性疾患と捉え、その進行度を6つのステージに分けて考えました。
それぞれ「太陽病(たいようびょう)」期、「少陽病(しょうようびょう)」期、「陽明病(ようめいびょう)」期、
それから「太陰病(たいいんびょう)」期、「少陰病(しょういんびょう)」期、「厥陰病(けっちんびょう)」期、
という6つのステージを示しました。3つの「陽」がつく時期と3つの「陰」がつく時期があることから、「六病位」のことを「三陰三陽(さんいんさんよう)」と呼んだりもします。
このことは3世紀の初めに長沙(湖南省)の太守(知事)であった張仲景という人物が記したとされている『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』、通称『傷寒論(しょうかんろん)』に明記されています。 『傷寒論』は、『神農本草経』、『黄帝内経』と並んで、漢方の世界では三大古典と呼ばれる大変有名な本の一つです。
さて、この六病位の考え方ですが、
最近私が再三取り上げているセリエのストレス学説から考えるストレス性疾患のステージング、ひいては病気全体のステージング分類とリンクするところがあるのです。
というのも感染症も一種の外因性ストレス由来の病気であり、
そのストレスによって身体がどのように変化していくかという事を記しているという意味では、六病位とセリエの学説がリンクしていても不思議ではありません。
しかも六病位の場合は、それぞれのステージでどんな処方を使うべきかという具体的な対策まで挙げられていますので、
セリエの理論と組み合わせると良い治療戦略を立てることができるのではないかと私は考えています。
ではまず、その六病位があらわしている状態とその対応処方について紹介したいと思います。
1)太陽病(たいようびょう)
:かぜの引き始めで、症状所見が体表部(表)にとどまっている状態
(よく見られる症候)悪寒、熱感、頭痛、関節痛、首の凝り、くしゃみ、鼻水
【頻用処方】葛根湯、麻黄湯、小青竜湯、桂枝湯、桂麻各半湯、越婢加朮湯など
2)少陽病(しょうようびょう)
:かぜを少々こじらせて、食物の味がまずく、食欲がなくなった状態
(よくみられる症候)寒気が出たり消えたり(=往来感熱)、口の中の苦みと粘り、食欲低下、吐き気、胸脇苦満(左右季肋部の張り、あるいは触れたときに筋肉の緊張がある感覚)、舌の白苔
【頻用処方】小柴胡湯、柴胡桂枝湯、大柴胡湯、柴胡桂枝乾姜湯、半夏瀉心湯など
3)陽明病(ようめいびょう)
:病変の舞台が体表(表)から完全に消化管(裏)に移って、高熱が持続する状態
(よくみられる症候)潮熱(ちょうねつ:毎日一定時刻に発熱する)、便秘または下痢、腹部膨満、意識障害(もうろう、うわごと)、舌の黄苔、口渇
【頻用処方】大承気湯、桃核承気湯、茵陳蒿湯(いんちんこうとう)、白虎加人参湯、大黄牡丹皮湯など
4)太陰病(たいいんびょう)
:かぜが長引いて消化管(裏)を中心に機能が衰え、体力気力ともに低下した状態
(よくみられる症候)交替性便通異常(便秘、下痢)、腹痛、腹部膨満
【頻用処方】桂枝加芍薬湯、桂枝加芍薬大黄湯、小建中湯
5)少陰病(しょういんびょう)
:さまざまな臓腑の機能が低下し、倦怠感が強まった状態
(よくみられる症候)全身倦怠感、手足冷え、下痢、嘔吐、身体痛
【頻用処方】真武湯、麻黄附子細辛湯、桂姜棗草黄辛附湯(けいきょうそうそうおうしんぶとう)など
6)厥陰病(けっちんびょう)
:からだの中心部まで冷えきってしまった、ときに生命の危険を伴うような重篤な状態
(よくみられる症候)種々の錯綜した症状
【頻用処方】四逆湯、茯苓四逆湯、通脈四逆湯など
この「六病位」と先日私が紹介した疾患のステージング分類である以下と照らし合わせます。
⓪正常な適応反応
→①可逆的な消耗疲弊
→②可逆的な過剰適応
→③不可逆的な消耗疲弊
→④死亡
1)の太陽病はいわゆる普通の風邪で1~2週間もすればすぐに治るときのパターンですので、⓪~①くらいのステージになるでしょう。
2)の少陽病はそれが少しこじれていますが、胸脇苦満という特徴的な症状が出る時期です。
胸脇苦満は平たく言えば横隔膜の異常緊張状態であり、交感神経過緊張状態を反映する所見です。
すなわち②の過剰適応の病態が加わり始めていて、何とかこの状況を打破しようと身体が無理して頑張っている様子が示唆されますので、①~②のステージになるのではないかと思います。
3)陽明病はさらに②の過剰適応が全面に出てくる時期です。
必死に適応しようとして過剰反応が長引いた結果、一部消化管がやられはじめ③の消耗疲弊病態が加わりつつある状況だと思います。従ってメインは②で一部③が加わっているステージです。
そして4)~6)はいずれも③不可逆的な消耗疲弊の病態が多かれ少なかれ加わってきているステージだと思いますが、
その程度が軽いのが4)、中くらいなのが5)、重度なのが6)と理解することができそうです。
不可逆的な消耗疲弊病態が加われば、消耗疲弊に陥った細胞でその機能の中核であるエネルギー産生ができなくなります。
その結果、様々な臓器の機能が低下し、身体は冷えていき、
最終的には死亡して身体が冷たくなる、という経過を辿るという事になると思います。
③の不可逆的な消耗疲弊病態には西洋薬では対応できないと私は述べましたが、
六病位の4)~6)の頻用処方を見てわかるように、漢方薬であればそういう病態に陥っても使用できる具体的な処方があります。
裏を返せば、死の直前まで症状を緩和する手段を提供し続けることができる治療法とも言えます。
ただ漢方薬飲みにくいというのが難点です。ターミナルの状況にある人はそもそも薬が飲めない状況になっている人が多いという問題があります。
一方で私がもう一つ③の病態治療に可能性を見出しているホメオパシーの、レメディという薬であればそういう状況の人にも薬を投与することができます。
なぜならごく小さな砂糖玉を、飲めなくても舌下において溶けるまで待つという形で投与することができるからです。すぐに溶けてなくなるので誤嚥のリスクも増やしません。
しかしながらホメオパシーのレメディ選択の技術が未熟であるため、まだまだ臨床応用にまでつなげられていないのが今の私の現状です。
この辺りはいずれ臨床につなげられるように知識や技術を整理していきたいと思っていますが、
本日は六病位とセリエ学説に基づく疾患ステージング分類の関わりについて私見を述べさせて頂きました。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
レメディは飲みやすさという意味ではこれ以上ない形ではないかと思います。
砂糖玉なのでこどもも嫌がりませんし、微量なので糖質制限的にも支障はありません。
No title
漢方とホメオパシーは私も可能性を感じています。
こじらせてしまった体を助けてくれるのではと。
直接的というより体質が変わり、血糖値が上がらなくなる。
急がば回れが実は近道なのではと思うようになりました。
自然の力を受けて治癒していくのが私には合っているように思います。幼少時には虫刺されには弟切草のお世話になっていました。かつてはもっと身近に漢方も含め自然に救いを求めていたのでしょうね。ホメオパシーもその認識はなくとも近い事はしていたように思います。
西洋医学一辺倒ではなく沢山の選択肢は心強いです。
それを知ることができたのが何より嬉しいことと思っています。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> かつてはもっと身近に漢方も含め自然に救いを求めていたのでしょうね。
そうなのだろうと私も思います。
最初は自然の中で謙虚に解決策を求めていたはずが、いつの間にか人為的に健康をコントロールしようとする傲慢さが生まれ、昨今の西洋医学中心医療を取り巻く疾患の慢性化、治せない治療体系、ポリファーマシー、寝たきり老人の増加、望まない延命などの問題がもたらされたのだとすれば実に皮肉な話です。
医療の在り方を抜本的に見直すために原点回帰する価値は十分にあると私は思います。
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