歪んだ解釈による誤った結論

2018/04/16 00:00:01 | よくないと思うこと | コメント:2件

2018年4月5日付週刊新潮の糖質制限批判記事のラストを飾るのは、

前々回に引き続き、書籍『本当は怖い「糖質制限」』(祥伝社新書)の著者、愛し野内科クリニックの岡本卓先生です。

今回の批判記事内容は、実は上記著書の中にも同様のことが書かれているのですが、

「低血糖ががんを発生させる、だから糖質制限はがんになる」という内容の糖質制限批判です。

しかし岡本先生の根本的な誤解は糖質制限が低血糖を起こすと思っていることです。外部から糖が入らない時間は糖新生モードへ代謝が切り替わるので低血糖にはなりません。

そうではなくて、いわゆる血糖値が安定している状態のことを糖質摂取状態に比した「低血糖」状態だと捉えて主張を展開しているのだとしても大きな誤解をされています。

それは岡本先生が提示されている論文を実際に読めばわかると思います。 これまたエビデンスを盲信して内容を吟味するスタンスがないから、そういう偏った思考パターンに陥ってしまうのです。

その論文には後ほど触れるとして、まずはその岡本先生の批判記事の部分を引用します。

(p130より引用)

「09年には、糖質制限とがん発症の関連性を解明した特筆すべき研究結果が発表されています」と、岡元院長は言う。

それはアメリカの名門「ジョンズ・ホプキンス大学」のボーゲルシュタイン教授らによる研究で、科学誌『サイエンス』に掲載された。

「ボーゲルシュタイン教授は大腸がんのほぼ全ての遺伝子を発見し、発がんのメカニズムを明らかにした人で、

ノーベル賞を取るのではないかと言われている世界的権威です。

その教授が"低血糖が、がんを発生させる"という結論を導きだした。

この研究が発表されるまでは"がんを封じ込めるには、糖質を制限すべきだ"というのが定説だったので、

当然、医学界には衝撃が走りました」(同)

糖質制限の流行で定着した「糖質=悪」という考え方はこの際、きっぱり捨て去ったほうが良さそうだ。

(引用、ここまで)



ノーベル賞とか、世界的権威という言葉が躍り、岡本先生が権威を重視する様子がうかがえますが、

権威が言っている事が間違っているかもしれないという可能性を考えないことがこの思考パターンの最大の落とし穴です。

今回の場合は、ボーゲルシュタイン教授の研究が間違っているというのではなく、その解釈の仕方を岡本先生が間違っているという構造なのですが、

権威だからと言って鵜呑みにしていれば、自分で考える力が育ちませんし、

権威だって人間だから間違う可能性はあります。権威が間違った時に全体が間違った方向へ誘導されるリスクは認識しておいた方がいいと思います。

それともう一つ岡本先生の意見で違和感を感じるのは、「この研究が発表されるまでは"がんを封じ込めるには、糖質を制限すべきだ"というのが定説だった」と述べている点です。

これはケトン食の抗がん作用の件を言っているのでしょうか。ケトン食に注目しているのは一部の小児神経科医などごく少数派です。

がんを封じ込めるには糖質を制限すべきだという意見が定説だという話は初耳です。

我々糖質制限推進派医師はがんに対して糖質制限をするべきという事は言いますが、その考え方が少なくとも現時点で医学の主流ではないはずです。

それなのに定説が覆り医学界に衝撃が走ったというような表現をなんでわざわざするのだろうかと思います。

はっきりとしたことは御本人にしかわかりませんが、一つの推測としてはそれだけ決定的な結果が出たという印象を読者に与えたかったのではないかと考えられます。非常に作為的な感じがします。


さて次に、その決定的だとするボーゲルシュタイン教授の論文を読んでみたいと思います。

Yun J, Vogelstein B, et al. Glucose deprivation contributes to the development of KRAS pathway mutations in tumor cells. Science. 2009 Sep 18;325(5947):1555-9. doi: 10.1126/science.1174229. Epub 2009 Aug 6.

(以下、Abstractより引用)(※翻訳たがしゅう)

腫瘍発育は遺伝子変異によって促進されるが、こうした変異を選択する環境条件についてはほとんど分かっていない。

KRASまたはBRAFの変異状態の点だけが異なる対になった結腸直腸がんの細胞株のトランスクリプトームを研究することで、

我々はGLUT1 グルコース輸送体-1をコードする遺伝子であるが、これがKRASあるいはBRAFが変異した細胞で持続的にアップレギュレート(応答増大)される3つの遺伝子のうちの1つであることを明らかにした。

変異細胞はグルコースの取りこみ増大や解糖系の亢進を示し、GLUT1の発現を必要とする低グルコース条件下で生存した。

それとは対照的に、野生型のKRAS対立遺伝子を持つ細胞が低グルコース環境におかれた場合、ほとんど細胞は生存できなかった。

ほとんどの生存細胞は高い値でのGLUT1発現を示し、こうした生存者の4%が新たなKRAS変異を獲得していた。

解糖系阻害剤の3-ブロモピルビン酸塩はKRASあるいはBRAF変異のある細胞の成長を優先的に抑制した。

まとめると、これらのデータはヒトの細胞においてはグルコースの欠乏がKRAS経路の遺伝子変異の獲得を促進しうることを示唆している。

(引用、ここまで)



KRASとかBRAFというのは細胞内情報伝達を扱うタンパク質をコードする遺伝子という事が分かっていて、

KRASやBRAFの遺伝子が変異することで細胞内伝達異常が起こることでがん化すると考えられているのですが、

そのメカニズムの一つとして低グルコース環境下におかれた際にGLUT-1という輸送体が増えてグルコースの取りこみが亢進することがわかったというのが今回の論文の概要です。

で、その低グルコース環境とはどれくらいなのかというと、本文を読んでみると「0.5mM」と書かれています。

これは私達のなじみのあるmg/dLの単位に換算したらだいたい「9mg/dL」、著しい低血糖状態です。

そんな低血糖状態には糖質制限では到底なりえません。

なるとすれば、インスリンやSU剤など強制的に血糖値を下げる薬を使用している時くらいです。

あるいはそこまでひどい低血糖とまでは行かずとも、アルコール過剰などで糖新生ブロックされた時、糖新生機能が衰えている人が過剰糖質を摂取し機能性低血糖症を起こす時も準じた低血糖が起こりえます。

また細胞の方にしてみれば、そんな著しい低血糖状態ではそのままでは生きられないので、

遺伝子を変異させてグルコースの取りこみを強力に強化することに成功した細胞のみが生きることができるようになったというのは極めて合理的な現象です。

私はこの研究結果をみて、がん化の本質は細胞の環境適応という想いを強くします。

もっと言えば、「解糖系阻害剤の3-ブロモピルビン酸塩はKRASあるいはBRAF変異のある細胞の成長を優先的に抑制」とあるわけですから、

解糖系を亢進させる糖質の摂取を抑える糖質制限ならば、がん抑制的に働くと考える方が自然です。

一言でまとめると、がん化に寄与しているのは糖質制限ではなく、病的な低血糖状態を起こしうる要因だということを示している研究論文です。

なぜこの研究結果をみて「糖質制限でがんになる」という結論に至るのか理解に苦しみます。


たがしゅう
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コメント

2018/04/16(月) 22:01:08 | URL | 瀬川里香 #-
糖質制限してがんになるのか不思議です。
がんになる原因はよくわからないけど、
身体中のいろんな細胞やそしきからなるものだとおもってます

Re: タイトルなし

2018/04/17(火) 05:59:40 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
瀬川里香 さん

 コメント頂き有難うございます。

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