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ケトアシドーシスが起こる理由熟考
週刊新潮 2018年 4/5 号 [雑誌] 雑誌 – 2018/3/29
(以下、p128-129より引用)
糖質制限が痩身に繋がるメカニズムは、簡潔に言えば次の通りである。
糖質摂取をカットすると、脳は筋肉の活動を維持するため、体内でケトン体という代謝物が生成される。
ケトン体は脂肪細胞に蓄えられた中性脂肪が分解される形で生成されるため、体重減少に繋がるわけだ。
このメカニズムそのものに、老化が促進される要因があるのでは、と指摘するのは、愛知みずほ大学学長の佐藤祐造氏である。
「ケトン体の量が多くなると血液が酸性に傾き、ひどくなると高ケトン血症になり、骨や筋肉など体全体の細胞を弱め、さびつかせることになります。
これが老化を引き起こす一因になっているのではないか、と考えます。高ケトン血症になると、最悪なくなってしまうこともあるのです。」
(引用、ここまで)
この引用文で書かれている糖質制限批判のされ方は、
ある程度のベテラン糖質制限実践者であれば、耳にタコができるくらい聞いてきたパターンですが、
どうやら愛知みずほ大学の佐藤学長は、ケトーシスとケトアシドーシスを混同されているようです。
まず「高ケトン血症=ケトアシドーシス」ではありません。ただ単にケトン体が高いだけではアシドーシスにならないことは、
糖質制限実践者なら誰でも知っていることですし、私自身極端なケトン体産生刺激である断食でさえも一過性アシドーシスに留まり、その後緩衝されるという事実を確認済です。
最も有名な糖尿病性ケトアシドーシスの場合は、ケトン体が高いことが原因なのではなく、
インスリンの作用欠乏があってグルカゴンやノルアドレナリン、コルチゾールなどの拮抗ホルモンの過剰が起こりが代謝が破綻し酸塩基平衡の緩衝作用が発揮されなくなってしまうことが出発点なのです。
グルカゴン過剰は糖尿病で認められることが知られていますし、ノルアドレナリンやコルチゾール過剰は高ストレス状態で認められる現象です。
そういった病的な状態がインスリンの作用欠乏によって一気にもたらされると思えば、インスリンの枯渇がいかに危険な状態であるかという事が想像しやすいのではないかと思います。
ちなみにケトアシドーシスと言えばもう一つ代表的なものにアルコール性ケトアシドーシスがありますが、
これのメカニズムとして、まずアルコールが糖新生をブロックする作用があります。
なぜアルコールが糖新生をブロックするかと言えば、アルコールの代謝の際に、
アルコール脱水素酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素などの反応でNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が消費されるからです。
NADは乳酸を糖新生の材料として使用するコリ回路を回す際に必要でした。
アルコールの分解にNADが大量に消費されれば、コリ回路へ回すNADが足りなくなる、だから糖新生がブロックされてしまうというわけです。
NADが消費されるということは、還元型のNADHへ変換されるという事を意味します。
従って難しく表せば、NADH/NAD+比が高ければ、糖新生やTCAサイクルが回らないという表現することもできます。
またNADH/NAD+比が高いと3-ヒドロキシ酪酸デヒドロゲナーゼという酵素がケトン体の一つ、3-ヒドロキシ酪酸(=βヒドロキシ酪酸)を産生する方向へ傾きます。
だからアルコールの代謝でNADがガンガン消費されたらケトン体が産生される方向へ向かう、という説明もできたりします。
ともあれ、アルコールによって糖新生が働かなくなれば低血糖状態となり、自動的にインスリン分泌が抑制される状況に追い込まれるので、
やはり先ほどと同様、インスリンの作用欠乏を起点として拮抗ホルモン過剰、代謝破綻を通じて酸性のケトン体を緩衝するシステムが働かなくなり、アシドーシスを呈するという流れとなるわけです。
ちなみにやせ型体質の人の糖質制限でトラブルを起こしやすい理由として筋肉量が少なく糖新生機能が十分に働かないことが要因だと以前考察しましたが、
アルコール性ケトアシドーシスのメカニズムの一部がこの理由を説明することに一部役立つかもしれません。
つまりアルコールで糖新生がブロックされようと、筋肉量不足で糖新生がうまく利用できまいと、
糖新生がうまく働かなければ結果的に高まるケトン体の酸性度が緩衝できずに体調不良をきたしているという側面もあるのではないでしょうか。
今回はよくある糖質制限批判をきっかけに少し思考の樹を育ててみましたが、
最後に「ケトン体が悪い」というすべての人に投げかけたい質問があります。
「では、なぜヒトは胎児の時点で高ケトン血症を示しているのですか?」
もしケトン体が悪いというのなら、ヒトは生まれる前からすでに危険にさらされているという事になってしまいます。
この矛盾に答えられないのであれば、
「ケトン体が悪い」という考えそのものを見直さなければならないと私は思います。
たがしゅう
コメント
著名低血糖合併AKA
いつもありがとうございます。
ところで、アルコール性ケトアシドーシス」に興味を持ちましたので、
ネットで検索したら、以下のような症例報告が有りました。
「アルコール性ケトアシドーシスの急性期に著明な低血糖を呈した1 例」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/juoeh/37/1/37_43/_pdf
症例報告中に「本症例のようにAKAに低血糖を合
併した報告は散見され[5-7],意識障害により本人から
の病歴聴取が困難となり診断をより難渋させる.本症
例においては,通報者の娘から生活状況を聴取するこ
とができたため,早期からAKAを疑い,補液,ブドウ糖
の投与により後遺症や他臓器障害の出現なく救命する
に至った.」
と、ありましたので、たがしゅう先生がたびたび言われているように、
過度の飲酒は控えた方が良さそうですね。
一方、下記の症例報告も気なりました。
『高脂肪食摂取後に低血糖発作を来したアルコール性ケトアシドーシスの1例」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjaam/21/9/21_9_792/_pdf
あらためて言う事でもないかもしれませんが、糖質制限で、
糖質を控えているから、酒や脂っこい物は無制限でいいとは
必ずしも言えないと言う事ですね。
人体システムは精巧過ぎて、それが悩ましい所でもあります。
2018-04-04 14:39 名無し URL 編集
Re: 著名低血糖合併AKA
コメント頂き有難うございます。
> 糖質を控えているから、酒や脂っこい物は無制限でいいとは
> 必ずしも言えないと言う事ですね。
御指摘の通りだと思います。
糖質制限で脂質代謝優位となり、ATPが持続的かつ効率的に生み出せる所から、広い意味での様々なストレスに対応しやすいというメリットはあるものの、それはリスクが下がったというだけの話で糖質制限が完全無欠というわけでは決してありません。
お酒に関して言えば、セルフコントロールができないくらい飲んでしまうのはやはり行き過ぎです。
ここでも体調が最良のバロメータという原則は崩れないと思います。
2018-04-04 16:07 たがしゅう URL 編集
No title
体は酸素を多く取り込めばアルカリ性に、取り込めなければ酸性に傾きます。ストレス過多などで呼吸が浅くなっているとすれば、ケトン体の酸性を中和しなければいけないのにそれを妨げていることになります。
深呼吸を意識して心がける、または深呼吸につながるヨガなどの趣味を取り入れるといい変化があるかもしれません。
2018-06-30 07:51 ゆこ URL 編集
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
ケトン体の酸性の性質は必ずしも悪いことばかりではないと私は思いますが、
自律神経を整えるための深呼吸を利用するアプローチや呼吸の重要性については私も賛成です。
2014年4月2日(水)の本ブログ記事
「『酸性』である意味」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-229.html
も御参照下さい。
2018-06-30 16:03 たがしゅう URL 編集