不自然な食餌、不自然な解釈
2018/04/03 00:00:01 |
よくないと思うこと |
コメント:4件
2018年4月5日付の週刊新潮に糖質制限の批判記事が掲載されていました。
糖質制限推進派医師の私としましては、こうした記事には極力真摯に向き合いたいと思っておりますので、
今回も購入して内容を読んでみました。
すでに江部先生のブログでも反論が展開されていますが、私は私の目線で検証してみたいと思います。
この批判記事のトップを飾るのは、東北大学大学院農学研究科の都築毅准教授らのチームが行った、
マウスに糖質制限食を与えたら、通常食群と比べて寿命が短かったという研究報告です。 週刊新潮 2018年 4/5 号 [雑誌] 雑誌 – 2018/3/29
(以下、p128より引用)
研究を行ったのは、東北大学大学院農学研究科の都築毅准教授らのチーム。
マウスを20匹ずつのグループに分け、片方には脂質、糖質、タンパク質のバランスが日本食に近い「通常食」、
もう片方には、炭水化物を脂質とタンパク質に置き換えた「糖質制限食」を与えたところ、両グループには様々な面で差が現れたという。
まずは、寿命。通常食のマウスは多くが平均寿命より長生きしたが、糖質制限食では平均寿命まで生きられなかった個体が多く、それらは平均寿命より20~25%短命だった。
また、老化の進度にも顕著な差が。糖質制限食の個体は背骨の曲がりや脱毛などがひどく、通常食に比べて30%も早く老化が進んだというのである。
加えて、糖質制限食では学習能力の低下も見られたという。
「日本農芸化学会で今回の実験結果を発表したところ、反響は上々でした。糖質制限が体によくないことに皆さん薄々気づいていたらしく"やっぱりか"という反応でしたね」
実験を行った東北大の都築准教授はそう語る。
「体内で異常なタンパク質が生まれる確率は加齢とともに上がる。糖質制限には、タンパク質分解を抑制する働きがあり、
特に高齢者の場合、異常なタンパク質が分解できなくなり、細胞にゴミとして蓄積される。
このゴミのせいで細胞にストレスがかかり、結果的に老化を促進させるのです。この現象は、肌や小腸など、代謝が活発な部位で特に顕著に現れます」
通常食と糖質制限食のマウスを比較すると、血液中に含まれるある物質の量に差違があったという。
それは、インターロイキンシックス(IL-6)という物質で、「その数値が高いとがんや糖尿病などの発症率が上がるのはもちろん、身体全体の炎症を促進させる物質として知られています」と都築教授。
「IL-6こそ老化を促進させる物質と言ってよく、その数値が低ければ低いほど長寿、高ければ高いほど早く死ぬと言われています。
実際、百寿者の方はこの数値が極端に低いことが分かっている。今回の実験では、糖質制限グループはこの数値が通常食グループの1.5倍もあった。このことも、糖質制限グループが短命だった要因の1つでしょう」
(引用、ここまで)
草食動物であるマウスに動物食中心の糖質制限食を与えたら代謝が破綻するという事に関しては、
以前も考察しましたが、必ずしもマウスに糖質制限食を与えたら代謝が破綻するという事ではないと私は考えています。
たとえ同じ低炭水化物食であっても、人工的に精製された穀物を与えるのと、自然の構造を保った穀物を与えるのとでは結果が変わってくるのではないかと思います。
なぜならば草食動物には草食動物に適応した腸内細菌がいて、腸内細菌のエサである食物繊維が適切に入ってくれば代謝がうまく回転する事もあるからです。
精製穀物では除去されている食物繊維が自然のままの穀物であれば残っていたりします。
穀物内の食物繊維をエネルギーとしてうまく利用した草食動物に適応した腸内細菌は発酵を通じて揮発性脂肪酸を産生し、消化管内でケトン体に変換する流れがあることもわかっています。
勿論、穀物が主食のマウスにとっては一番自然の構造を保った食事は精製されていない高炭水化物食になるのではないかとは思うのですが、
低炭水化物食であっても自然の構造を保った穀物飼料を使えば、マウスであってもケトン体に適応することは不可能ではないのではいかと私は考えています。
というのも同じマウスに関して、こんな研究結果も報告されています。
”Roberts MN et al. A Ketogenic Diet Extends Longevity and Healthspan in Adult Mice.(ケトン食は成体マウスの寿命と健康状態を延長する) Cell Metab. 2017 Sep 5;26(3):539-546.e5. doi: 10.1016/j.cmet.2017.08.005.”
アメリカはカリフォルニア大学の先生達が中心となった研究報告のようです。
残念ながら論文のサマリーまでしかアプローチできませんでしたが、
サマリーを見ますとこちらは、一切炭水化物なしで8割以上脂質、残りがタンパク質というケトン食を模した食餌をマウスに与えたら、
1ヶ月後に蛋白質のアセチル化レベルを上昇させ、タンパク合成の起点であるmTOR複合体1(mTORC1)のシグナリングを組織依存的に調節するというメカニズムを発現し、
14ヵ月後の生存期間を優位に延長し、運動機能や記憶能力の向上、腫瘍発生率の低下などを確認したということが示されています。
この研究報告はもしかしたら、たとえマウスに糖質制限食やケトン食を与えたとしても、
炭水化物が全くなければマウスの代謝破綻を起こさないという話につながるのかもしれませんし、
あるいは低炭水化物食であろうと、高炭水化物食であろうと、精製穀物という人為的な食餌をマウスに与えた場合には食物繊維が不足するため腸内細菌が乱れて代謝が破綻するという可能性も示しています。
マウスの糖質制限食で短命化を示した東北大学大学院農学研究科の研究も、
マウスへのケトン食で長寿化を示したカリフォルニア大学の研究も、
「具体的にどんな食事を与えたのか」という論文には見えて来ない情報は見えないので推測の域を出ません。
しかし私は基本的に自然の構造を保った食事を摂取する分には少々バランスが崩れても大きく代謝破綻は起こらないのではないかと予想しています。
これに関しては、マウスの飼料について詳しい方がいらっしゃれば追加情報を募りたいところです。
さて、どんな飼料を与えたのかという情報が確認できない以上、東北大学大学院の実験結果も完全に否定することはできないわけですが、
残念ながら引用した箇所の都築准教授のコメントを読み進めていくと信憑性を疑わざるを得なくなってきます。
例えば、「糖質制限が体によくないことに皆さん薄々気づいていたらしく"やっぱりか"という反応でしたね」というコメントなどは、
はじめから糖質制限が健康によくないという結論ありきで発表したかのような意図がありありと感じられます。
本当に科学的に公平公正に糖質制限の是非を検討しようとしているのであれば、そんなコメントは出てこないと私は思います。
このコメントがあるだけで、この先生に対して抱く印象がガラッと変わってきます。まさに余計な一言です。
また「糖質制限には、タンパク質分解を抑制する働きがあり」とありますが、それはオートファジーを抑制するという意味でしょうか。
だとすれば糖質制限がオートファジーを抑制するというのは話が合いません。低インスリン状態をもたらす糖質制限はむしろオートファジーを活性化する方向へ仕向けます。
一体どこから持ってきた理屈で「糖質制限で異常タンパク質が分解できなくなり、細胞内にゴミとして蓄積される」なのでしょうか。
この辺りも「糖質制限=老化」という結論ありきが頭にあるから、「老化=異常タンパク質の蓄積」というイメージを安易につなげてしまい、
理屈に合わない「糖質制限には、タンパク質分解を抑制する働きがあり」という言葉を持ち出されたのではないかと私は推測します。
最後に「IL-6こそ老化を促進させる物質と言ってよく、その数値が低ければ低いほど長寿、高ければ高いほど早く死ぬ」というコメントに関してですが、
確かにIL-6は炎症性サイトカインの一種で、
細胞が老化するときに、炎症反応や発がんを誘導する作用を示すさまざまな分泌性タンパク質が出現するSASP(senescence-associated secretory phenotype:細胞老化関連分泌現象)とよばれる現象に関わる物質の一つだという事が近年明らかにされてきています。
しかし、これまでの考察を総括して考えますと、
炎症性のIL-6が誘導されたのは、糖質制限食を与えたからではなく、マウスにとって不自然な食餌を与えたからではないかと、
すなわちそれは精製された穀物、食物繊維が人為的に除去された食餌なのではないかと私は考える次第です。
もっと言えば、「炎症=老化」「炎症=悪」ではありません。
炎症には身体を修復しようとしてくれている側面があり、「IL-6が高い=老化」という考えは大変安易だと私は思います。
百寿者でIL-6が低いのは、炎症を起こさなくて済む、活動に見合った生活を送っているか、
もしくは炎症が起こったとしても速やかに終息させるストレスマネジメントの上手さがあるからではないかと私は考えます。
何も考えずにこの糖質制限批判記事を読めば不安をあおられるかもしれませんが、
私は自分の頭で考えた結果、全く不安をあおられることはありませんでした。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
私もこのニュースに、がっかりしました。
この様な研究を「本気でやっている」ことに驚きました。
このニュースを聞いて、子供の頃の、
遠い過去の記憶を思い出しました。
私の故郷の公園に、大きな湖があり、
たくさんの「白鳥、黒鳥」、「ペリカン」が飼われてました。
「ペリカンのカッタ君」が大人気になったものです。
以前、鳥インフルエンザの流行が原因で、
残念ながら白鳥たちは全処分され、現在はいません。
小学校の頃、公園内の柔らかそうな「草」をむしっては、
白鳥や黒鳥にあげていました。
白鳥たちは、競うようにして、食べていました。
同じように、ペリカンにも「草」をあげました。
しかし、全く興味なし、完全に無視されました。
しかし、
ペリカンのエサの時間に遭遇した時、納得しました。
「魚」を目の前にすると、本能むき出しで食べていました。
白鳥に、無理やり「魚」ばかり食べさせ、「ほら、老化したでしょ。」
ペリカンに、無理やり「草」ばかり食べさせ、「ほら、老化した。」
この様な研究は、本気でするものではないです。
東北大論文
なお、「糖質制限・ケトン体の奇跡」のFacebookに、先日、下記のように投稿いたしました(素人考えです):
『福田先生、ご多用のところ、貴重なご意見を伺うことができ、大変ありがとうございます。
個人的には、ヒトにおいては糖質制限はエネルギー代謝において非効率ではないと思います(但し、脂質代謝中心に切り替えが苦手である又は時間を要する人は一定程度いると思われ、その場合LowT3になってしまうと思います)し、他方で穀物食のマウスにとっては糖質制限は栄養失調状態を招来し、LowT3となり、IL-6濃度上昇となるのかもしれない、と想像しておりますが、今後の勉強のために有益なご教示に感謝いたします。
なお、水野先生がブログで以下のように説明されています:
「...新陳代謝を低下させ、活性型甲状腺ホルモン(T3)の産生を低下させ、体を順応させている状態です。省エネモードです。その分子的な仕組みとして、IL6などのサイトカインが末梢臓器、特に肝臓でT4からT3への変換反応を司どる酵素を抑制している、と言われています。」
http://www.mizuno.tokyo/2015/07/blog-post_8.html
水野先生は出典を記載していらしゃいませんが、JAMAのようです。
水野先生の紹介されている見解からすると、IL6は、LowT3を維持するために必要にかられてやむなく濃度上昇しているのかな、というような推測があり得るようにも思います。ホルモンやサイトカインが2面性を持つことはよくあることのように思われます。例えばインスリンは(新井先生によれば)諸悪の根源ですが、他方で我々にとって必要不可欠のホルモンで、インスリンは善人でも悪人でもないように思われます。あくまで素人の感想です。』
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
御指摘のように本来食べないはずのものを人為的に食べさせれば代謝が破綻して然るべきだと思います。
糖質、脂質、タンパク質の割合の数値からは、その動物が本来食べるべき類の食物を食べているのかどうかということは見えてきませんし、割合よりも自然の構造を保っている食物かどうかが代謝を維持するためには大事だと思います。
Re: 東北大論文
コメント頂き有難うございます。
また、遠方より鹿児島講演会への御参加、心より感謝申し上げます。
IL-6がLow T3症候群のメカニズムに関わっているという御指摘ですね。勉強になります。
私はT3が低値になる事自体は広い意味でのストレスへの適応反応と考えています。
そのストレス適応反応で適応しきれなかった場合に症状が出始めれば、症状を呈するLow T3症候群という範疇に入ってくるのではないかと考えています。
炎症もストレスの一種ですので、そこに炎症性サイトカインのIL-6が関わっていても不思議ではないと思います。
インスリンは善でも悪でもないという点に関しては私も同意見です。
インスリンは成長にも生命維持にも必要です。ですが、一通り成長し終えたはずの成人後になってもインスリンが過剰に出てしまう環境要因には問題があると思っています。
2014年6月2日(月)の本ブログ記事
「必ずしも意味づけしない姿勢」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-291.html
も御参照下さい。
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