自分らしく生きるための一貫性
2018/04/01 00:00:01 |
ふと思った事 |
コメント:2件
小説「最後の医者は桜を見上げて君を想う」を読んだ友人と感想を語り合っている時、
その友人から次のような意見を聞きました。
「でもがんは発見が早期だと治るからそこが難しいですよね。もしも自分が手遅れの状況だったら自分も積極的な治療は止めようと思いました。」
つまり、友人は病気の発見が早期であれば現代医療のレールに乗るけれど、発見が早期でなければ乗らないのだというのです。
言い換えれば早期なら病気と闘う、末期なら病気と闘わない、ということになるでしょうか。
それはある意味、この小説を読んだ大多数の人が行き着く着地点であるのかもしれません。
私はそのスタンスでは一貫性がないように思います。 そもそもどこまでが病気の早期で、どこからが病気の末期なのでしょうか。
がんであれば手術で取れるかどうかという所が早期がんか末期がんかの大まかな分かれ目だと考えられるかもしれません。
では認知症ならどうでしょうか。パーキンソン病は?アトピー性皮膚炎は?花粉症は?
要するに早期だとか末期だとかいう風に見えているのは私達の恣意的な観念であって、
早期だろうが末期だろうが病気は病気。同じ身体からのメッセージで弱く聞こえるか、強く聞こえるかだけの違いです。
同じものに対してある時期には戦って、ある時期には戦わないという姿勢には一貫性がなく、
それでは恣意的基準という人為的なものに流されてしまっているのではないかと私は思うのです。
もっと言えば「病気と闘わない」と考えること自体がすでに、「病気と闘う」という概念の中でものごとを考えてしまっていることになります。
病気と闘うというと聞こえはいいのですが、つまる所は医療に委ねる、自分で自分を見つめなおさないという事につながります。
ある段階では自分では見つめなおさないけど、別のある段階からは自分を見つめなおすというのは、
どっちつかずできちんと自分と向き合うことができていないスタンスであるように私には思えてしまいます。
もちろん、がん医療にまつわっては、もはや無意識下レベルでがんに対する恐怖、既存のがん医療のレールに乗らないことへの不安感が多くの方の心の中にもしかしたら潜在意識レベルで根付いてしまっている状況は私も認識はしています。
簡単ではないことは百も承知で書きますが、それでも自分の人生を自分らしく生きようと思うならば、
病気がどの段階であろうとも一貫して自分を見つめなおすというスタンスが望ましいと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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1グラムのガン
一個のガン細胞が1グラムのガンになるためには、30回の分裂を繰り返す必要があるそうですね。
そうして臨床的に診断可能になったガンは、その時点で10億個の細胞の塊となっていて、ガンの生涯の3/4がすでに経過しているということです。
そういった知識なしに受診をして、「早期でよかったですね。手術をすれば治りますよ。」とお医者さんに言われれば、ほとんどの患者がそれに従うと思います。
そう考えると、病気との向き合い方は、「病気になる前」に考えておくべきことのように思えます。
Re: 1グラムのガン
コメント頂き有難うございます。
おっしゃるように、病気になる前から考えておくに越したことはないですが、
病気になったことがないと実感が湧かないので、なかなか真剣に考えるのは難しいかもしれません。
若い人で糖質制限に取り組む人が少ないという夏井先生のサイトでのアンケート結果はある意味その難しさを現しているような所があると私は思います(https://docs.google.com/forms/d/1l5M-yzXroALSlGwpuy1FK-qCB3zghmCMfrCWMwOb1-0/viewanalytics)。
一方で末期がんからの生還者もいるという事を考えれば、病気ときちんと向き合うことに遅すぎるということはない、とも思います。
2016年9月4日(日)の本ブログ記事
「難病を克服するメンタリティ」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-721.html
も御参照下さい。
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