筋肉量少ない人が糖新生しにくい理由
2018/03/19 00:00:01 |
お勉強 |
コメント:7件
ここしばらく私は「やせ体質で筋肉量が少ない人は糖新生能が低い」という事をサラッと言っておりますが、
「糖新生を行っているのは肝臓(が主体)で、(腎臓も少し行っているとはいえ)筋肉は関係ないのではないか」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
本日はその誤解を解くべく、肝臓と筋肉の密接な関係について紹介したいと思います。
キーワードは「コリ回路」と「グルコース・アラニン回路」です。
コリ回路とは筋肉でたまった乳酸を血液を介して肝臓に移動され、肝臓で乳酸からグルコースに変換され、
肝臓で合成されたグルコースが血液を介して筋肉へ移動され、筋肉でグルコースからまた乳酸へ変換されるという代謝サイクルの事をいいます。
この状況では「乳酸は肝臓における糖新生の材料となっている」という見方ができると思います。 即ち筋肉は確かに直接糖新生をしてはいませんが、糖新生の材料である乳酸を肝臓へ送る役割を果たしているという事になります。
ということは肝臓の機能が問題なくても、材料を供給する筋肉の働きが疎かであれば結果的に糖新生は働かないという事になる事は理解しやすいのではないかと思います。
ちなみに乳酸が溜まる事は悪いことであるように世間では思われがちですが、
乳酸はこのように糖新生の材料として使われるだけでなく、疲労を回復させる働きがある事も近年わかってきています。
疲労した筋肉に乳酸がたまっていたことで「乳酸は疲労物質」だと長く考えられてきましたが、
実は疲労を回復しようとそこにたくさん集まっていただけなのに、疲労の犯人のように扱われてしまったのが実情だと思います。
まるで動脈硬化の犯人の濡れ衣を着せられたコレステロールのようです。
悪いのは乳酸ではなく、乳酸を処理できなくしている代謝障害の方であることに気付く必要があると思います。
グルコース・アラニン回路もこれと似ているのですが、
この回路でやり取りされるのは、乳酸ではなく「アラニン」です。
アラニンは糖新生の材料として使われる糖原性アミノ酸の一つです。
先ほどと同様に筋肉で作られたアラニンが血液を介して肝臓へ移動され、肝臓でアラニンからグルコースへ変換され、
肝臓で合成されたグルコースが血液を介して筋肉へ移動され、筋肉でグルコースからまたアラニンへ変換されるという代謝サイクルがグルコース・アラニン回路です。
そのアラニンの出所は、グルタミン酸とピルビン酸がアラニントランスアミナーゼという酵素の触媒を受けてα-ケトグルタル酸とアラニンに変換される事で産生されます。
酸素が不足している嫌気性代謝においてグルコースはエネルギー産生の要であるアセチルCoAという物質に変換されず、
一歩手前のピルビン酸に留まり、さらにそのピルビン酸が乳酸デヒドロゲナーゼという酵素の働きを受けて乳酸に変換されます。
従って乳酸、ピルビン酸は嫌気性代謝においてよく産生される物質であり、
これらが関わるコリ回路、グルコース・アラニン回路は運動により酸素が少ない状況に陥りやすい筋肉において活躍するシステムだという事もわかってきます。
ちなみにアラニントランスフェラーゼはALT、乳酸デヒドロゲナーゼはLDHとして、一般的な健診等の血液検査で日常的に測定されている項目です。
ところで、グルコース・アラニン回路の場合にやりとりされるアラニンは、
筋肉が分解される事で出てくるからグルコース・アラニン回路が回転することは筋肉の分解につながると誤解されそうですが、そういうわけではありません。
乳酸と同じような形で得られるピルビン酸と、非必須アミノ酸であるグルタミン酸があればALT存在下で合成することができるので、
グルコース・アラニン回路では必ずしも筋肉が分解されていくわけではありません。
ここでグルタミン酸が非必須アミノ酸だという事実も効いてきます。グルタミン酸は外部から摂取せずとも自分で合成可能です。
そうなればきちんと代謝が働いている限り、グルコース・アラニン回路は回転し続けるという事になります。
逆に代謝が働かなくなるのはどんな時かと言えば、タンパク質の再利用であるオートファジーが働かない時、即ち頻回な摂食や高インスリン状態にある時です。
そうなると材料となるタンパク質のリサイクルができないので、せっせとタンパク質を外部から摂取しない限り、本当に筋肉が分解さされて当座のタンパク質を確保するような反応が起きてしまいます。
だからやせていてそれ以上やせる事をおそれる人は、
頻食、しかも糖質を摂取しないと体調が悪いとの理由で糖質をも摂取し続けることによって
オートファジーのメカニズムが働かず、高インスリン状態も続いていつまで経っても脂質代謝に適応する事ができず、
グルコース・アラニン回路のメリットが筋肉を分解させるデメリットへとつながってしまいかねないのです。
一般にグルコースがエネルギー産生に利用されるための解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の流れは好ましい反応で、
乳酸やピルビン酸が処理される経路は好ましくない反応だと思われている節があるような気がしますが、
実際には良いも悪いもなく、身体は環境に合わせて代謝を変化させうまく適応しているだけの話ではないかと思います。
だから乳酸、ピルビン酸からのアラニンを中心にコリ回路、グルコース・アラニン回路がきちんと回転していれば、
それは筋肉の働きによって肝臓での糖新生がきちんと支えられている事になると思います。
ところがやせていて筋肉の働きが十分に果たせない場合は、間接的に糖新生の働きが不十分となります。
以上の理由から「やせ体質で筋肉量が少ない人は糖新生能が低い」と考えられます。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
また、グルコース・アラニン回路という用語が出てきて、ふと思ったのですが、たまの登山中に飲んでいるアミノバイタルの成分に、フェニルアラニンという成分が含まれています。アミノバイタルのようなBCAA飲料に本当に、筋肉痛を防止する効果があるのかないのか、比較のしようがなく、自分でもよくわかっておらず、周りの意見もさまざまです。
たかしゅう先生にもしお考えがあれば、きかせていただけると幸いです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
筋肉痛は筋断裂後の修復のための炎症反応に伴う疼痛なので、
BCAA飲料に筋肉痛を防止する効果はないと思われます。筋肉痛が出現するかどうかは基本的に筋肉量と筋肉への負荷がどうかという事に関わっていると思います。
ただしBCAAには筋肉を増やす効果があるとされています。
長い時間をかけて筋肉量が増えていけば、結果的に筋肉痛の予防になるという事はあり得るかもしれません。
2017年5月24日(水)の本ブログ記事
「筋肉を増やすBCAA」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-975.html
も御参照下さい。
No title
また、過去記事との重複で失礼しました。
過去記事は一応「アミノバイタル」で検索していたのですが、「BACC」を忘れていました。
病院での検査の結果レム睡眠行動障害であることがわかり、主治医から将来的にパーキンソン病になる可能性があると言われました。
現在、糖質制限食にして1ヶ月です。
私は痩せ体質でストレスマネジメントも苦手です。
これからは、三食から二食にしてみます。
パーキンソン病の予防と痩せ体質の改善につながればと期待しています。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
パーキンソン病の治療は早ければ早いほどよいとは西洋医学的にも周知の事実ですが、
その治療は糖質過剰及びストレス過剰の二大要因を取り除くことを中心におくべき、とするのが私の考え方です。
是非とも無理のない糖質制限で将来のパーキンソン病への移行を予防して頂きたく思います。
ストレスマネジメントも最初から諦めずに、御自身のストレスが何かをまず認識し、きちんと向き合われることをお勧めします。
わかりやすい、素晴らしい
筋肉量が少ない人が糖新生能力が低い理由を明快に説明いただき、ありがとうございます😊
こうしてみると、女性や子供が甘いものを好きな理由、成人した男性が甘いものをそれほど欲しくならない理由も推測できますね、筋肉量の多寡が糖質摂取への嗜好性に影響すると考えることで。
筋肉量が多いにも関わらず甘いものがやめられない場合はまた別の問題だとして。
Re: わかりやすい、素晴らしい
コメント頂き有難うございます。
筋肉量の少ない人がストレスイベントに適応しにくい様子は、アセトン血性嘔吐症がストレスイベントを契機に発症しやすい様子からも想定する事ができます。その苦境を甘いもの摂取による代理ストレス反応で回避しようとしているのかもしれませんね。
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