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様々な立場から本質を考える

category - ふと思った事
2018/ 02/ 28
                 
シェアリングエコノミーの構造は、

皆が知っている知識を出し合って、皆に利益を生み出す集合知の考えに似ているように思えます。

もっと俗っぽい表現で言えば、漫画ドラゴンボールで主人公の孫悟空が切り札的に使う「元気玉」という技を彷彿とさせます。

大地よ 海よ そして生きているすべての みんな……… このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ…!!! 」と言って集めたパワーで強力なエネルギーボールを作り出す技です。

そこまで言うと単純化しすぎという声も聞こえて来そうですが、

違う事を言っているようで実は本質的には同じことを言っているという事は世の中に結構あるように思うのです。
            

他の例として例えば、私が提唱しているすべての病気を過剰適応か消耗疲弊の観点で捉えるという考え方にしても、

病気のかかり方が肥満体質の人と、やせ体質の人で違うという見方と共通構造を持っているように思えますし、

もっと言えば、この考え方は漢方における実証と虚証と呼ばれる考え方にも通じる所があります。

実証というのは「有害物によって体の機能が阻害された状態」、虚証というのは「本来の生命力が弱まって体の機能が低下した状態」の事を指します。

何も私が新しいことを発見したわけでは全然なくて、

先人はすでにこういうモノの見方をしていたということだと思います。

ただ、同じ本質を観ていたとしても、別の視点から見つめることで今まで思いつかなかった打開策が見えてくることもあります。

漢方の世界では興味深いことに、実証向けの漢方薬、虚証向けの漢方薬というのがそれぞれたくさん発見されています。

実証が過剰適応、虚証が消耗疲弊とリンクする仮定すれば、

セリエ博士の汎適応症候群説で考えた時の第二段階が過剰適応の実証、そして一番進んだステージである第三段階が消耗疲弊の虚証へとつながります。

ただし虚証は第一段階の警告反応期でも同様の反応が起こる可能性があるので、「虚証=病状進行」とは言い切れませんが、

不可逆的で西洋医学的アプローチでは認知症やパーキンソン病などのように対処するのが難しい消耗疲弊病態に、

漢方薬は治療の選択肢を与えているという話に通じてくると思います。

だとすればなぜ漢方薬は消耗疲弊病態にアプローチできて、西洋薬は消耗疲弊病態にアプローチできないのかという疑問を生じてきますし、

そこには漢方薬独特の効果発現メカニズムがある可能性を見出すことができます。


同じような事をいろいろな角度から勉強しても

ともすれば結局同じことをなぞっているだけで意味がないと考えがちなところに、

そうではないという事を考えさせられる話ではないでしょうか。

そして時代が違えど、立場が違えど、

同じように大事なことをきちんと見据えている偉人達がいるという点にも注目です。

そうした大事なことは時間の風雪に耐えて受け継がれていくものなのだろうと私は思います。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

オープンソース?
他の人の力を分けてもらうのは、ソフトウェア開発でのオープンソースや、製品開発でのクラウド ファンディングの方が、考え方が近いかと思います。シェアリングエコノミーは、所有せず空いている(使用していない)時間・場所・もの等を借りるという考え方と、理解しています。
Re: オープンソース?
しみず さん

 コメント頂き有難うございます。

 御指摘の通り、元気玉はシェアリングエコノミーというよりはオープンソースやクラウドファンディングの方が近い発想と思います。

> シェアリングエコノミーは、所有せず空いている(使用していない)時間・場所・もの等を借りるという考え方と、理解しています。

 こちらも御指摘の通りだと思います。

 ただシェアリングエコノミーもオープンソースもクラウドファンディングも元気玉も、
 ある人が何かを提供し、それに賛同した人が力を貸し合う(そのプラットフォームに乗っかる)という意味では共通している本質があると私は考えています。
オープンソース?
なるほど。本質という考え方なら、納得です。本来の意味の他力本願の方が、私的にはしっくりしますが、表現が異なるだけで考え方は普遍的なのかもしれませんね。
誰もが気軽にアクセスできる
江部先生のブログや夏井先生のサイトは、気軽にアクセスできて発言しやすい雰囲気ですね。

情報がオープンであることは、受け手の裾野を拡げ、思慮が深まると思います。

囲い込まないことと異見も大事と感じたら、それなりに対応する懐の深さがなせるわざなのかもしれませんね。
Re: 誰もが気軽にアクセスできる
緑楽 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 情報がオープンであることは、受け手の裾野を拡げ、思慮が深まると思います。
> 囲い込まないことと異見も大事と感じたら、それなりに対応する懐の深さがなせるわざなのかもしれませんね。


 私もそう思います。
 逆に囲い込まれた情報や囲い込む集団に私はあまり良い印象を持っていません。

 オープンな情報は「開かれた対話」へとつながり、最近私が興味を持っている哲学カフェの発想に通じる所もあると思っています。