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シェアリングエコノミーを応用する

category - ふと思った事
2018/ 02/ 27
                 
先日勉強したシェアリングエコノミーですが、

各人が自分にできる事をネットの世界に提供し合って互いに恩恵を受ける関係性を築くスタイルという意味で考えれば、

糖質制限を語る会のスタンスがそれに近い共通構造を持っているのではないかと私は感じました。

私は「糖質制限を語る会」という場を提供しただけに過ぎませんし、

今回私は会場の準備とおつまみやアルコール類の買い出しをしただけで、

それだけだときっと参加者の好みに合う食材は提供しきれなかったでしょうけれど、

結果的には参加者の皆さんがそれぞれの立場で助け舟を出して下さったおかげで、非常に質の高い会を運営する事ができたと思っています。
            

例えば、いくらキッチン付きスペースでも、私一人では到底使いこなせていなかったであろうことも、

女性の参加者を中心にてきばきと野菜を切ったり盛り付けて下さったり、

足りない調味料を追加で買い出して下さったり、使い終わったお皿なども速やかに洗ってくれたりと、

撤収作業も1時間を予定していたのに、皆さんの協力のおかげで30分で終える事ができて大変助かりました。

料理の種類も自分が持ってきた食品だけではおそらく渇きものが多くてバランスが悪かったであろう状況も、

参加者の皆さんが自主的に持ってきて下さった差し入れの品のおかげで、色とりどりのバラエティに富んだ内容に早変わりしました。

さらにはミニプレゼンの企画だってプレゼンテーターを名乗り出て下さった参加者の皆様のおかげで、

私一人では決してできなかったであろう質の高い参加者の心に残る時間を提供することができる会になりました。

あるプラットフォームを作り、そこに賛同する人達が自分のできるレベルのことや得意分野をそれぞれ出し合って、

結果的に参加した人の誰もが得をするパフォーマンスを展開することができる構造が大切で、

きっと医療にもそれが求められているのだろうと私は思います。


日本の医療は世界に誇る国民皆保険がありますが、

これは言わば医療界における社会主義だと思います。

皆が保険料を平等に負担する代わりに病気になった時誰もが保険診療を受けることができるシステムです。

しかし先日の記事でも示しましたように、社会主義は勧める内容が集団にそぐわなくなった時に厄介なシステムへと豹変します。

糖質制限の視点でみれば、国民皆保険の制度そのものが普及の壁となっている側面もあるわけです。

なぜならば保険診療は保険で認められた医療行為の医療費が保険費で一部まかなわれるシステムです。

薬剤を使わない糖質制限の方式は保険診療とは関係がないですし、

保険診療でない診療に多くの集団は慣れていないために糖質制限を敬遠してしまう環境となるからです。

一方で医療界における資本主義は例えばアメリカの医療です。

アメリカでは個人が民間の保険会社に高額の保険費を支払って加入し、

それに加入できるくらいの財力がある人だけがスムーズに医療を受けることができ、

そうではない人は医療を受けることを諦めるしかなくなる弱肉強食の世界です。

お金が払える人にとっては都合がいいけど、そうでない人にとっては苦痛を強いられる格差を生み出すシステムだと思います。


それでは医療におけるシェアリングエコノミーとはどういうものになるでしょうか。

ある医師が「自分はこういう信念の下にこのような医療を行っている」というプラットフォームを明示し、

その情報に触れ、その理念に賛同した患者が保険制度とは関係なしにそれぞれ訪れるという形が一つありうるでしょう。

日本でも所々でみられる自由診療をうたうクリニックがそれに近いのでしょうけれど、

適切な親密さがあるかどうかという点でみればそれだけでは必ずしも十分ではありません。

適切な親密さを獲得するためには自分の理念を明確に打ち出すこと、そして親密さを得るための交流の機会がある事が大事な条件だと思います。

そしてその情報はインターネットの世界を存分に活用すべきです。

そういう意味で私は遠隔診療のシステムに大きな可能性を感じています。


たがしゅう

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