身体を守る精巧なシステム
2018/02/11 00:00:01 |
読者の方からの御投稿 |
コメント:8件
ブログ読者のきよすクリニックの先生からLow T3症候群を考える上で有益なコメントを頂きました。
(以下、コメントより引用)
甲状腺ホルモン関連疾患の場合、
視床下部、下垂体、甲状腺、T4→T3変換、標的臓器に異常がないかどうか、および視床下部~標的臓器までの情報伝達系に異常がないかどうかを考えるとわかりやすいです。
低T3症候群において、仮にT4からT3への変換が障害されているとすれば、T4高値、TSH高値となるはずですが、実際にはTSHとT4は高値ではありません
(引用、ここまで)
代謝を高回転にする甲状腺ホルモンが分泌され効果を示すまでには、
様々な段階がある事を知るのとともに精巧に構築されたフィードバック機構を理解する事が重要だという御指摘だと思います。
具体的には最初は視床下部からTRH(thyrotropin-releasing hormone:甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)というホルモンが分泌され、
それが下垂体に作用してTSH(hyroid stimulating hormone:甲状腺刺激ホルモン)というホルモンが分泌され、
それが血流に乗って甲状腺に作用することで、初めて甲状腺ホルモン(T4, T3)が分泌されます。
そしてさらにその甲状腺ホルモンが血流に乗って身体の各組織にある標的器官に作用して代謝が高回転になるという仕組みです。
一つ甲状腺に限らず内分泌系のシステムに共通してみられる現象として、フィードバックシステムというものがあります。
それは、何らかの原因で一連のホルモン分泌システムのどこかで故障を生じた場合、その故障より上流に直ちに指令が伝わり、
上流のホルモン産生システムの活動が亢進したり、低下したりすることによって全体の秩序を一定に保とうとする働きのことです。
例えばT4、T3が低下すれば、TRHやTSHの働きは亢進します。逆にT4, T3が亢進すれば、TRHやTSHの働きは低下します。
このように、下流の働きと逆の方向に上流が働きかけられる調整のことを「ネガティブフィードバック」と言います。
ネガティブフィードバックシステムは身体のホメオスターシス(恒常性維持)のために重要な機構であり、
その使命を厳格に遂行するために1段階ではなく、わざわざ多段階でこのシステムが張り巡らされるように構築されてきたのではないかと推察されます。
さて、コメントの御指摘は、甲状腺ホルモン(T4, T3)から標的器官に作用するまでの間に、
もう一つT4からT3への変換というステップがあるというものです。
T4よりT3の方が甲状腺ホルモンとしての活性は高いので、より甲状腺ホルモンを効かせようと思えばT4をT3に変換するステップが不可欠となります。
そのために人体は脱ヨード化酵素というものを準備しており、この酵素が十分に働けば働くほどT4はT3へ変換されて甲状腺ホルモンの標的臓器への作用は大きくなるというわけです。
ところがLow T3症候群というのは、何らかの原因でこの脱ヨード化がうまくいかないために、T4は十分にあれどT3が少なくなっている状態の事を指します。
その何らかの原因として最たるものが「ストレス」だというのは、以前の記事でお示しした通りです。
実際ストレスホルモンの筆頭、コルチゾールにはT4からT3への変換を抑制する働きがある事が知られています。
しかしもしもこのT3が低い状態が病的な状態だというのなら、恒常性維持の厳命を守るためネガティブフィードバック機構が働かないとおかしい所ですが、
実際にはLow T3症候群になってもそれより上流のT4やTSHの上昇は見られません。
という事は、Low T3症候群は病的な状態なのではなく、あくまでも生体が元来持っている適応反応の一つだとみることができます。
一方、コメントではもう一つ、レフェトフ症候群という病気についても御教示頂きました。
レフェトフ症候群は甲状腺ホルモン不応症(Syndrome of Resistance to Thyroid Hormone:RTH)とも言い、稀な指定難病の一つです。
甲状腺ホルモンが標的器官に作用する際には標的器官側に甲状腺ホルモンの受け皿に当たる「甲状腺ホルモン受容体(TR)」が必要なわけですが、
2つあるTRのうちの1つ、TRβの遺伝子に異常があり受け皿としてうまく機能しなくなったがために、
T4, T3がしっかり分泌されているにも関わらず、甲状腺ホルモンの機能があまり発揮されないという状態を呈します。
面白いのはそのようにT4, T3が過剰分泌状態であるにも関わらず、現場である標的器官では甲状腺ホルモン過剰状態には至っていないので、
上流に当たる視床下部のTRHや下垂体のTSHは気にせず通常運行を続けているという点です。
また、レフェトフ症候群ではもう一つの受容体TRαが倍働いてくれているおかげで、甲状腺機能低下症にならずに済んでいるという見方もできます。
ただ一つの受容体がブロックされている事で直属の上司に当たる甲状腺はT4, T3を過剰に出し過ぎてしまうのか、
レフェトフ症候群の中には甲状腺腫を呈したり、軽度の頻脈を呈したりと、若干過剰適応気味になっている人もいるそうです。
もし受容体が正常に機能していて、この甲状腺ホルモン出し過ぎの状態をまともに受けた場合にはどうなるかと言いますと、
それが甲状腺機能亢進症、通称Basedow病と呼ばれる病気です。
Basedow病では甲状腺ホルモンが効きすぎて、安静にしているのに著明な頻脈を呈したり、手が震えたり、
熱が出たり、嘔吐下痢をしたり、甲状腺が腫大してきたりします。
そしてここまで現場が甲状腺ホルモン過剰状態になれば上流の視床下部も下垂体も異常を察知し、
現場を鎮めるためにTRHやTSHの分泌を抑制する反応が起こります。これは流石に病的な状態だと言えると思います。
これらのことを踏まえれば、
そんな状態にならないようにブレーキをかけてくれているのがLow T3症候群であり、
受容体の遺伝子異常が半分異常となった事によってたまたまそういう状態にならなくて済んでいる状態がレフェトフ症候群だという解釈ができます。
Basedow病の成因には甲状腺ホルモン受容体抗体(TRAb)というTSHが出ていないにも関わらず、あたかもTSHによって刺激されたような反応を甲状腺に起こす自己抗体が深く関わっている事が示され、
その自己抗体の発生にEBウイルスというウイルス感染症が関わっている事が示されていますが、
その一方で過度なストレスや過労が発症に関わっているとされる観察結果もあります。
ストレスが蓄積すれば免疫力が低下し、ウイルス感染症の制御も困難になるものです。
「これ以上ストレスがかかったら甲状腺機能がオーバーヒートして大変なことになってしまいますよ」
それを身体に教えるべく、ストレスホルモンが産生され、T4からT3への変換が抑制され、
それでもその状態が長続きする場合は、ストレスを無理矢理にでも回避させるため脱力などの症状をもたらし、何とかして身体を休ませようとさせる警告メッセージを発信する。
そんな風に身体を守ろうとしている適応反応こそがLow T3症候群なのではないかと私は思います。
Low T3症候群が身体を守るために身体が発しているメッセージなのだとすれば、昨日の記事ともつながってきます。
Low T3症候群は今の自分の生活習慣と心の在り方を見直すきっかけとなると私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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身体は宇宙
完全解明出来るような代物ではないと痛切に感じる次第です。
仮に解明出来たとて、全く同じ機能の再現は不可能で、真似ごとに過ぎないでしょう。
地球が太陽から絶妙な距離で公転軌道を描き生命を育むのに丁度良い「銀河系ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)」と呼ばれる場所にあるから生物が存在できる。
地球が奇跡の星と言われる所以ですが、人間の身体も奇跡の産物。
奇跡に自惚れず、感謝の気持ちで日々生きることが、奇跡の恩恵享受が続く秘訣ではないでしょうか。
中村天風という有名な思想家が、「万が一将来、わが日本を滅ぼすものありとすれば、それはけっして日本以外の国ではない。日本人それ自身である。」
と言葉をのこしましたが、「日本」を「地球」「人間」と言い換えても通ずる名言ではないでしょうか。
地球も人間も外からのアプローチより、内からのアプローチがすべての根幹をなすのでしょう。
高コレステロール
この人はLCHFでやはりTCが上昇しました。そこで飽和脂肪酸を大量に増やしました。そしたら逆相関でTCは下がりました。(また糖質アップの実験でも同じく逆相関です。)この実験からは糖質が足らないからと言うことは言えませんね。実験者はLCHFでエネルギー需要が上がるからと推測しますが、もちろんエネルギー需要が上がるのが是か非かは議論の余地はあるかも知れませんが。よかったらこちらのブログに目を通して見てください。http://cholesterolcode.com/cholesterol-code-part-i/
My data over 15 data points suggest:
The more fat I eat, the lower my Total Cholesterol (87% inverted correlation)
The more fat I eat, the lower my LDL-C (90% inverted correlation)
The more fat I eat, the lower my Triglycerides (61% inverted correlation)
The more fat I eat, the higher my HDL-C (74% correlation)
なおこの後何人かの人も実験して同じ結果になっています。LCHFでTGが下がらない人は別です。
Re: 身体は宇宙
コメント頂き有難うございます。
> 「万が一将来、わが日本を滅ぼすものありとすれば、それはけっして日本以外の国ではない。日本人それ自身である。」
> 「日本」を「地球」「人間」と言い換えても通ずる名言ではないでしょうか。
そのご意見に納得します。
外の問題は一見自分とは関係ないように見えて、実は内の問題とも通じているように私は思います。
例えば人間の中の細胞の問題は、地球の中の生物の問題に通じ、宇宙の中の地球の問題にも通じている、というように、
ミクロかマクロかの差だけで大きく見れば共通構造を持っていると考えることができると思います。
そう思えばどこかのグループのいざこざ問題も、某国の利己主義暴発問題も、自分の身体の体調不良問題に通じています。すべては秩序を保つためにどうすればいいかという課題を突きつけられている状態であり、まず取り組むべきは自分自身のことから、だと思います。
Re: 高コレステロール
コメント頂き有難うございます。
コレステロールとストレスの関係に関する私見は明日の記事で取り上げさせて頂きます。
糖質の再摂取でも、LCHFの強化でも一旦上昇したコレステロールが下がるということですが、
エネルギーが補充されて結果的にストレスフルな状況が解消され、Low T3症候群を呈さなくなったという側面もあると思います。
ストレスフルな状況を解消するためには、補充したエネルギー材料を過不足なくエネルギー変換することができる代謝環境を持っているかどうかが重要で、おそらく代謝環境がだぶついた状況では、多ければ多いというものでもないのだろうと私は思います。
低T3症候群考
たがしゅう先生のやわらかくて広がりのある考察は先生のお人柄を表していますね(^_^)
内分泌疾患の醍醐味は、どこが障害されているかを突き止めるところにあります。
ホルモンが不足あるいは作用不足の疾患では、診断後はホルモンを補充するわけですが、必ずしも障害部位を治療するのではなく、例えば下垂体腫瘍手術後のTSHやACTH分泌不全の場合でもT4やコルチゾールを補充するなど、治療は割とシンプルなのも特徴です。
Re: 低T3症候群考
コメント頂き有難うございます。
内分泌疾患について考えることで各ホルモンの重要性も見えてきますね。
例えば甲状腺機能低下症と副腎不全の合併例などでは、甲状腺ホルモンよりも先に副腎皮質ホルモンを補充しなければならない、さもなくば副腎クリーゼになる、という治療原則もあると思いますが、これとて副腎皮質ホルモンがいかに重要な役割を果たしているかという事をうかがい知ることができます。大変勉強になります。
No title
先生の親切な解説である程度理解できたと思うのですが、下記のところがまだ少し疑問がありました。
>糖質の再摂取でも、LCHFの強化でも一旦上昇したコレステロールが下がるということですが、
エネルギーが補充されて結果的にストレスフルな状況が解消され、Low T3症候群を呈さなくなったという側面もあると思います。
←そういう側面もあると思いますが、
←LCHFを強化した場合にケトン値が上昇し、需要が上がったエネルギーが供給されたので、LDL-Cコレステロールが下がった。
糖質制限で高LDL-Cになるのはエネルギ需要が上がるからで、ストレスフルな状況になるからLDL-Cが上昇するのではない場合もあるという説は受け入れられませんか。
Re: No title
> LCHFを強化した場合にケトン値が上昇し、需要が上がったエネルギーが供給されたので、LDL-Cコレステロールが下がった。
> 糖質制限で高LDL-Cになるのはエネルギ需要が上がるからで、ストレスフルな状況になるからLDL-Cが上昇するのではない場合もあるという説は受け入れられませんか。
勿論、御指摘の要素も大いにあると思います。
おそらく実際には物理的な側面と心理的な側面が複雑に絡み合っていると思います。
例えば糖質制限を長年実施し、エネルギーをたっぷり摂っているけどLDLが下がらないという人もいるので、エネルギー補充の有無だけでは語れない場合もありますし、同様にストレスの側面だけでは説明できない事例もあります。少なくとも人体を物質の過不足という機械的な視点だけで捉えるのは不十分だと私は考えています。
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