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人は見たいものしか見ない

category - よくないと思うこと
2018/ 02/ 06
                 
先日紹介した「月刊糖尿病DIABETES」という雑誌に、

「糖質制限食の限界とSGLT2阻害薬の可能性」と題した記事が書かれていました。

雑誌全体の特集が「今、明かされたSGLT2阻害薬の多面的作用と適正使用」というタイトルですから、

全般的にSGLT2阻害薬の良さをアピールする内容の記事が多い構成となっているのですが、

糖質制限食に対して否定的な見解を述べているようです。

糖質制限食を良しとしてSGLT2阻害薬は極力避けるべきとする私の見解とは真逆のようですので、

本日はその詳細について紹介し、検討してみたいと思います。
            



月刊糖尿病 Vol.9 No.12 特集:今、明かされたSGLT2阻害薬の多面的作用と適正使用
単行本 – 2017/12/1
6. 糖質制限食の限界とSGLT2阻害薬の可能性
井川寛章、篁 俊成(金沢大学 内分泌・代謝内科学分野)


(以下、p52-54より引用)

従来は、「糖質制限→インスリン過剰分泌の抑制→脂肪組織からの遊離脂肪酸の放出増加→脂肪酸化とエネルギー消費量の増大→体脂肪減少」というメカニズムで、

糖質制限食が体脂肪を落とすのに必要であると考えられてきた。

ところがHallらが肥満を有する成人に対して実施した、等カロリーの糖質制限食(RC:Restriction on Carbohydrate)と脂質制限食(RF:Restriction on Fat)を6日間摂取させるクロスオーバー比較研究(Hall KD, et al., Cell Metab. 2015; 22(3): 427-36.)により、

「糖質制限が体脂肪の減量に必要である」とする主張は覆された

この研究は、BMI 36kg/m2程度の成人19人を入院管理下で、

5日間ベースライン食(2740kcal/日)を摂取した後にベースラインから30%カロリーを減量(1918kcal/日)した等カロリーのRCおよびRFを6日間摂取させたクロスオーバー比較研究で、

各制限食摂取前後のエネルギー出納と三大栄養素の酸化をMetabolic chamberという特別な施設で厳格に測定し、

そのデータをもとに数学的にシミュレーションすることで各制限食が三大栄養素の代謝に与える影響を検討している。

体重に関しては、RCが-1.85kg、RFが-1.30kgと有意差をもってRCのほうが減少したものの、

体脂肪に関しては、RCが-245g、RFが-463gと有意差をもってRFのほうが減少した。

エネルギー出納に差がないにもかかわらず、このような差が生まれた原因として、

Hallらは、摂取した各栄養素に対する「適応」に違いがあることを今研究から見いだした。

(中略)

既報では、RCによる体重の減少に体内水分量の減少が寄与していること、

RCでは除脂肪量が減少することが報告されており、RCによる体重の減少には、筋肉量の減少が関与している可能性が示唆されてきた。

今研究でも、有意差はないもののRCではタンパク質酸化の亢進を呈しており、体重減少に筋肉量の減少が関与している可能性が示唆された。

Hallらは、6ヵ月間各制限食を摂取した場合の数学的シミュレーションでも

RFがRCに対して体脂肪量の減少に優れていることを示しており、長期的な観点からもRFがRCより筋肉量を保持したまま体脂肪を減量させる可能性を示した。

SGLT2阻害薬でも、RC同様に脂質酸化の亢進、糖質酸化の減少といった「適応」を呈することが予想される。

しかし、RCに比べて代償的な脂肪摂取量の増加がないため、体脂肪の減少はRCより大きくなる可能性がある。

また、筋肉量の減少は、RCと同様に起こることが懸念されるが、

SGLT2阻害薬投与により握力が高まるとの報告もあり、エネルギー代謝に及ぼす影響以外の効果も期待される。

(引用、ここまで)



この引用記事の中で紹介されているHallらの論文は、私の知る限り、最も手の込んだ糖質制限否定論文です。

この論文で実施されている糖質制限食は1日糖質摂取量140g、いわゆる山田悟先生推奨の緩やかな糖質制限食レベルの制限具合です。

大きくまとめると「糖質制限食の方で体重はよく減っていたのに、それをMetabolic chamberという施設や数学的シミュレーションで詳細に調べたら実は脂肪の量はそんなに減っていなかった、だから糖質制限食は体脂肪の減少に必要ではなく、むしろ筋肉量の方を落としている可能性がある」という主張なのですが、

糖質制限実践者としてカロリー制限では減らなかった脂肪が減り、体感的に筋力も落ちず、むしろパフォーマンスが上がっているという私の実体験にあまりにも矛盾する主張だったので、

にわかに信じ難く自分の目で確かめようと原著論文で確認してみたところ、この研究の巧妙なトリックが次々と見えてきました。

まず研究対象は19人、各制限食の実施期間は6日間と、この手の研究では異例の少なさと短さです。

通常食事の影響とその効果を検証しようとする場合、何万人もの対象に年単位の時間をかけて行われるのが普通だという事と比べればその異様さがよくわかると思います。

次に脂肪量をどうやって測ったのかと言いますと、DXA法(二重X線エネルギー吸収法)という骨粗鬆症の診断に使われることで有名な方法が用いられています。

ところがこのDXA法、原著論文の中に次のような記載があります。

DXA may provide iaccurate results in situations of dynamic weight change and shifting body fluid(Lohman et al., 2000; Muller et al., 2012; Pourhassan et al., 2013; Valemtine et al., 2008).
(訳)【DXA法は動的に体重が変化したり体水分が移動する状況においては不正確な結果をもたらす可能性がある】


糖質制限食をし始めて数日くらいの時期は経験的にもいきなり2-3kgくらい急速に体重が減少します。

そんなに早く脂肪や筋肉が減っていくはずもないのでここでの体重減少分は水分主体と考えるのが妥当です。

という事は引用の研究は、まさにDXA法での脂肪測定が不正確となる時期に脂肪を測定し、その結果でもって糖質制限食では脂肪があまり減少しないと言っているのです。

はっきり言って脂質制限食でも糖質制限食でも6日という短さでは流石にそこまで大きな差は出ないであろうと思います。

しかし代謝変化を起こしたために不正確となった糖質制限食での脂肪測定値でもって断定的に語られるのはアンフェアというものです。

そんな私の疑念を払拭したければそのままMetabolic chamberでせめて数か月間の検証を行ってくれればよいものを、

研究ではそれをせずに数学的シミュレーションなるものを取り出して6か月後の結果を推定してしまっています。

何の数値を入れてシミュレーションしたのか知りませんが、最初の前提となる脂肪測定値が不正確なのであれば、

その数値を入れ込んだシミュレーションだって結果は自ずと不正確なものとなるのではないでしょうか。

こういう立派そうに見えるエビデンスの結論だけを信じ、原著を読み込むことを怠れば、容易にミスリーディングされてしまう事を示す良い例だと思います。


そもそも、この記事を書かれた金沢大学の先生達は、

最初から糖質制限食で筋肉量が減少するという結論を想定してこの論文を読んでいる様子が私にはありありと感じられます。

なぜならば、実質この論文では糖質制限食で筋肉量が減少するという事が実証されたわけではないのに、「糖質制限食で筋肉量が減少する可能性」を何度も述べていること、

その一方でSGLT2阻害薬で握力が増加している例を持ち出す自己矛盾に気付いていないということ、

挙句の果てにその理由をSGLT2阻害薬のエネルギー代謝に及ぼす影響以外のSGLT2阻害薬ならではの何らかの副次的効果があるのではという無理矢理な推定に持ち込んでいます。

結果的に糖質制限状態に持ち込むSGLT2阻害薬で握力が上がるのであれば、SGLT2阻害状態に比べてさらに筋肉の原料となる蛋白質を多く負荷する糖質制限食で筋力が低下する道理はないはずです。

こんな不正確な論文の情報で、「糖質制限が体脂肪の減量に必要である」とする主張は覆された、とするのが彼らの結論です。

人は見たいものしか見ないという事がよくわかる記事だと思います。


たがしゅう
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コメント

非公開コメント
        

まずたがしゅう先生には糖質制限推進派医師として標準体重まで減量して頂きたいと思います。

糖質制限+カロリー制限+高強度の運動で標準体重までの減量が可能だと考えられます。
No title
たがしゅう先生

糖質制限に限らず、
たいていの人は、見たいものを見、
見たくないものは、避けようとするものなのでしょうね。

職場でも、
新聞はとってないよ。だって、ニュースはネットで見られるし。
という、人がいます。

当然、テレビ、ラジオからの情報量は限定的。
であれば、更に深めた情報は新聞から、というのが、
社会人の常識と、思っていたら、
上記の返答をする同僚。

でも、ネットで見る情報は、
興味のある記事を、クリックしてさらに
ページを開かないと、読めないですよね。

新聞とて確かに1社だけなら、限定的かもしれませんが、
がばっと開くと、そこには、
興味のわく記事も、興味のない記事も見渡せます。

新聞の方が、自分に入ってくる情報の偏りをなくすのには、都合のいい媒体なのではないかなあと、私は思うのです。


ところで、

「標準体重」って、なんなのだろうと、思います。

私にとって、
どれくらいの体重なら、体調がいいのか、

それは、静かに体の声を聴きながら、
日々の生活態度を思い返しながら、
感覚を研ぎ澄ましてゆく

その地道な作業の繰り返しができてこそ、
糖質制限食を実行してゆけると思うのです。

思考の幹を決めたら、
あとは、自分で実験と内省するのみ!

まさしく、たがしゅう先生のおっしゃるとおりです。


Re: No title
たかはし 先生

コメント頂き有難うございます。

私自身も見たいものしか見ていないので、実はこれは誰しもに共通する話だと思っております。
しかし大事なことは「何を見たいと思うか」です。

私は人が心身ともに健康でいるための方策を体調を道標として思考の樹の育てていくことを基本においています。そして自分のためにもなり、誰かのためにもなることを私は「見たい」と思います。
No title
いつも興味深い記事をありがとうございます。

本来、「糖質制限」は、筋肉量低下を防ぐために、
糖質を制限し、タンパク質は必ず増やす。
そしてカロリーを下げ過ぎないと理解しています。

研究で実施した、糖質制限について、
タンパク質の摂取量に触れていないのか気になります。

「慢性病を根本から治す/斎藤 糧三先生」の著書で知りました。
2013年、スティーブン・パシアコス博士らの研究です。
減量時の、筋肉量低下を防ぐタンパク質摂取量を発表されました。
ダイエット方法としは、「カロリー制限と運動」ですが。
最も筋肉の減少が少なかったのは②だったそうです。

①タンパク質(体重1㎏あたり0.8g)
②タンパク質(体重1㎏あたり1.6g)
③タンパク質(体重1㎏あたり2.4g)

減量時のタンパク質摂取量は、大切なポイントです。 
糖質を制限しながら、タンパク質を体重1㎏あたり1.6gは、
必ず摂取するのを条件に研究をしてもらいたいです。
Re: No title
Etsuko さん

 情報を頂き有難うございます。

> 最も筋肉の減少が少なかったのは②だったそうです。
>
> ①タンパク質(体重1㎏あたり0.8g)
> ②タンパク質(体重1㎏あたり1.6g)
> ③タンパク質(体重1㎏あたり2.4g)


 興味深い研究結果ですね。
 カロリー制限状態とはいえ、タンパク質が多い方が筋肉の減少が少ないというわけではないという点が注目です。
 感覚的には受け皿の大きさ異常のタンパク質を与えたら、余剰なタンパク質が代謝を乱す要因となるという感じだと思いますが、高タンパク質すぎると筋肉の減少が大きくなるメカニズムをもう少し詳しく知りたいところです。
アインシュテルング効果
それはまさにアインシュテルング効果ですね。
日経サイエンスからの引用

>「アインシュテルング効果」とは,問題の解のうち最もなじみ深いものに脳が固執して,その他の解を無視してしまう頑固な傾向のことだ。この精神現象は1940年代から知られていたが,どのようにそれが生じるのかについて確かなことがわかったのは最近だ。チェスを指しているプレーヤーが定石にとらわれ,よりよい指し手の手がかりとなるマス目が目に入らなくなっていることが,目の動きを追跡する近年の研究によって示された。<

>アインシュテルング効果の真の危うさは、まさにここにある。

自分が偏見なしに考えていると信じていても、新しいアイデアを刺激する可能性のある事柄から自分の脳が選択的に注意をそらしていることにまるで気づいていない可能性があるのだ。

自分がすでに抱いている結論や仮説と一致しないデータは、無視されるか捨てられてしまう。(p47)>

私達は「人」が「そういうふうにできている」
という認識を忘れず、時々自らを鑑みることが必要です。
自戒をこめて。

私たちは月に兎を見ます。月の模様がうさぎの形だという知識があるからです。そしてドイツ人は月に男性の横顔を見るそうです。

参考URLhttps://susumu-akashi.com/2016/01/einstellung-effect/
Re: アインシュテルング効果
鶏皮幹事 先生

 コメント及び情報を頂き有難うございます。

 アインシュテルング効果、初めて知りました。
 おおいに納得できる内容と思います。

 リンク先の記事にあるピロリ菌とアインシュテルング効果の関連の例がわかりやすく、なるほどと思いました。
 ヒトの本質が変わらない限り、歴史は繰り返すのだろうと思います。