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意識を外に向け幸せを得る

category - 自分のこと
2017/ 12/ 24
                 
今日はクリスマス・イブですね。

世間は煌びやかなイルミネーションが立ち並び、今年もこの時期がやってきたかと一年の早さを年々強く実感しています。

クリスマス・イブの「イブ」は「イブニング(evening):夜、晩」という言葉から来ているようで、

キリストの誕生日であるクリスマスを祝う前夜祭のような位置づけだということのようです。

日本では恋人と過ごす日という認識が強いですが、諸外国では「家族と過ごす日」というされている国が多いそうです。

バレンタインデーにしてもそうですが、時代や場所が異なり環境が変われば同じ起源の文化も違う様相を呈するものだと思います。
            

私にとってクリスマスは単なる休日の一つです。

特にどこかへ出かけるわけでもなく、忙しくて日々何かをする事に追われ続けていた毎日から自分を開放し、

ただただ素直に一人で身体を休めようと思っています。

そうやって意識的に身体を休めるということが明日からの仕事のパフォーマンスを向上させることへもつながると私は思います。


以前はこういう時に一緒にいてくれる恋人がいる事をうらやましいと感じていたこともありましたが、

それも御縁次第の話であって、今はそれだけが全てではないと理解しているつもりです。

御縁という言葉を出しましたが、今の一人の状態は、やはり今まで出会いを求めて行動しようとしなかった私の判断の積み重ねの結果です。

御縁というのは空から降ってくるものではなく、自分からつかみに行かなければならなくて、

そうしようと思っていなければ目の前に御縁があったとしても気付かずにスルーしてしまうものではないかと今は思っています。

だから少なくとも、今恋人や家族がいる人達は、きちんと御縁をつかみに行った方達なのでしょう。

失敗やその後の環境変化を恐れて、その行動を取る勇気が持てなかった責任は自分が負うしかありません。

さりとて恋人がいることだけが幸せのすべてではないとも思っています。

そんなことを言えば言うほど言い訳がましくも聞こえるかもしれませんが、

幸せになる秘訣は意識を外に向けることだと思います。

私が一人で身体を休めるのは、明日からもまた良い仕事ができるようにするためです。

私が良い仕事をすることができれば、仕事を通じて誰かのためになり、誰かに貢献することができます。

誰かのためになる貢献感は、結果的に自分の幸福感へとつながります。

恋人との幸福感とは確かに質が違うものかもしれませんが、

それでも幸せであることには変わりありません。

私は御縁をつかみとることができなければそれでもよいと思っています。

偉人は個人の幸せよりも、人類の幸せを願っているという共通点があります。

大袈裟に聞こえるかもしれませんが、私もそういう心持でありたいと思っています。

クリスマスは一つのきっかけに過ぎません。

すべての人達が、それぞれの形で幸せでいられますように。

心から願いたいと思います。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

相田みつをさんの言葉をお贈りいたします
たがしゅう先生こんにちは。

しあわせは
いつも
じぶんの
こころがきめる
みつを

1990年
No title
たがしゅう先生

ブログを読ませていただいて、温かい気持ちに包まれました。先生の優しさが伝わってきました。

結婚すると仕合せになるとは限らず、逆の場合もあるような気がします。私は独身時代の方がはるかに幸せを感じて生きていました・・・。

先生に良縁あるようにお祈り申し上げます
Re: 相田みつをさんの言葉をお贈りいたします
一読者 さん

 コメント頂き有難うございます。

 「しあわせはいつもじぶんのこころがきめる」
 
 私も相田みつを先生の詩の中で、大好きなもののひとつです。
Re: No title
栗田三江(くんだみえ)さん

 コメント頂き有難うございます。

 「隣の芝生は青く見える」ではないですが、自分の身近な幸せには意外と気付かないものなのかもしれませんね。
シングルベル
1人ぼっちのクリスマスのことを「クリぼっち」なんて揶揄したり自虐的に言ったりしますが、それでも今の方が寛容だと思います。
私が子供の頃は、大人は結婚して伴侶、子供がいて当たり前。学生達は彼氏、彼女または、仲間たちとクリスマスを過ごして当たり前の風潮だったように思います。
そこから外れている人たちは変わり者だと…。

たがしゅう先生は、親や親戚筋に結婚を急かされたりはしないのでしょうか?
医師は他の職業よりは出会いもあると思います。
また、医師という職業柄お見合い話なども舞い込みませんか?
前に病院の待合所でおじいさんが、独身の主治医に親戚の女の子を紹介したいとか雑談してて、ちょっと笑ってしまいました。やり取りが面白くって。
こんばんは。先日は消化吸収障害、代謝障害を教えていただいてありがとうございました。今ブログで教えていただいた奥平智之先生の本を読みながら勉強中です。

たがしゅう先生は鬱と肥満を糖質制限で克服された素敵な方です。ブログの内容も素晴らしいです。今まで何の為に傷ついてきたのでしょう?。苦しみ悲しみを知らなければ幸せを感じる事は出来ません。たがしゅう先生に必要であればこの先女性との出会いもあるかも知れません。その時は恐れから逃げずに立ち向かって下さい。たがしゅう先生の一番欲しい幸せを手に入れて下さい。

いつもありがとうございます。
No title
いつも興味深い記事をありがとうございます。

私の大切な友人のお話です。
お互いに県外に住んでいますが、
彼女とは30年以上の付き合いになります。

私の友人は、約10年前に大切な夫をガンで亡くしました。
重い障害を抱えていた大切な息子を成人前に亡くしました。

彼女は自分の心を救うために、心理学を学び始めました。
同時に看護師として仕事に復帰しました。
あえて、毎日を忙しくしていました。

心理学を学ぶ教室で、様々な背景の人達と出会いました。
そんな中、彼女と同じような境遇の男性がいました。

それから数年経ちました。
現在彼女は、福祉施設を切盛りするその男性と、
未来に向かって進行中です。
あれから彼女は、福祉関係の資格を数多く取得し、
次の目的に向かっています。
様々な経験をもつ彼女なら多くの人々の救いになれる
と、私は信じています。

「意識を外に向け幸せを得る」
まさに、彼女が実践している生き方です。

私は、彼女とは違う境遇ですが、彼女の生き方に共感し、
尊敬し、学ばせてもらっています。

自分も、自分以外の人の幸せも、
同じように願う生き方をしていきたいです。









追伸です
周りを幸せにする為にはまずは自分で自分を満たす事、自分を犠牲にして周りの為に動けば結局は周りを傷付けてしまう…と聞いた事があります。私にも経験があります。まずは自分自身を満たしてから周りの幸せを願った方が良いのかも知れません。既にたがしゅう先生は満たされているから周りの為に動けるのかも知れません。
イブの意味
いつも勉強させて頂いております。
イブについて前夜祭と書いておられたのでミニ知識を一つ (^_−)−☆
ユダヤ教の一日は日没から始まりますので、24日夜はクリスマス当日に当たります。
Re: シングルベル
尻女 さん

 コメント頂き有難うございます。

 周りからプレッシャーをかけられることはありますが、私は私の考え故に断ってきていました。
 でもこのままではよくないとも思い始めています。
Re: タイトルなし
NM さん

 応援コメント頂き有難うございます。
 
 これまで勇気を持って新しい一歩をいろいろと踏み出してきたはずですが、
 こと異性のことに関しますと相変わらずの意気地なしです。人生って難しいです。頑張ります。
Re: 追伸です
NM さん

 コメント頂き有難うございます。

 はたからみれば私は満たされているのかもしれませんが、自分としては必ずしもそうでないと思う場面は時々あります。
 まさに「幸せは自分の心が決める」ということだと思います。
Re: No title
Etsuko さん

 コメント頂き有難うございます。

> 彼女は自分の心を救うために、心理学を学び始めました。
> そんな中、彼女と同じような境遇の男性がいました。
> 現在彼女は、福祉施設を切盛りするその男性と、
> 未来に向かって進行中です。
> あれから彼女は、福祉関係の資格を数多く取得し、
> 次の目的に向かっています。


 とても素敵な生き方ですね。
 亡くなられた御主人もお子さんもきっと浮かばれることでしょう。
 どんな絶望的な状況でも、考え方次第で人は何度でも立ち上がる事ができると私は信じています。
Re: イブの意味
Masa さん

 情報を頂き有難うございます。

> ユダヤ教の一日は日没から始まりますので、24日夜はクリスマス当日に当たります。


 そうでしたか。ちょっと調べが足りなかったようです。
 前夜祭というよりはクリスマス当日の「夜」というニュアンスなのですね。
古典から、思う。
おはようございます。
ただのガールズトークでやってるやつですが、聞いてください。
100年前の古典文芸の話です。

「野菊の墓」 民子さんは、身分違いで相思相愛の男性と結ばれず、死んでしまいます。

「たけくらべ」 美登里さんは、遊郭大門に生まれ、将来遊女になることが決まっていました。幼なじみのお寺の息子と思い合っていたのに。

再放送している「花子とアン」 蓮子さんは没落華族の令嬢で、家族のためにつらい結婚をしました。

よく、昔はこんなふうだったのだなあと思い、小説や映画を見たあとに、今の幸せを思うのです。
今は自由。
誰を選ぶことも、選ばないこともできる。
自由なんです。
何だって許されます。

だから、頑張ってくださいね。


Re: 古典から、思う。
エリス さん

 コメント頂き有難うございます。

 男女の話は昔から変わらず永遠のテーマであったことがうかがえますね。
 相思相愛の関係なのに、社会の仕組みの為に断念せざるを得ないなんて辛すぎます。
 確かに今は自由に選ぶ選択肢があるというだけでも恵まれているのかもしれませんね。