もはや食べない人を見送れるか
2017/12/10 00:00:01 |
普段の診療より |
コメント:12件
認知症の症状と言えば、真っ先に思いつくのは「もの忘れ」ですが、
実際にはもの忘れ以外に様々な症状があり、現場で問題となっていることが多いです。
中でも家族や介護者を悩ませるのが、周辺症状と呼ばれる症状群で、これは一般にBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia:認知症の行動と心理症状)と呼ばれています。
BPSDには興奮や幻覚など今までになかったものが現れる陽性症状と呼ばれるタイプのものと、
意欲低下や食欲不振など今までできていたことができなくなる形で症状となる陰性症状と呼ばれるタイプのものがあります。
とりわけ私が一番悩ましいと感じるのは陰性症状、特に食欲不振の問題です。 少食や不食の考えや実践にも理解を示す私ですが、それはあくまでもケトン体代謝が有効に使えている状況下の話であって、
現代社会で何も意識せずに普通に食べ、糖代謝がメインで身体の活動が執り行われている人にとって食べ続けることは生きるために必要な行為であり、食べないことは死に直結する一大事です。
食欲不振という症状は生きるために必要な原始的欲求のシステムが消耗疲弊しているわけです。
通常、食べない状態が続くといって皆想像しやすいのは「いつかお腹が空いてくるようになるだろう」という感覚です。
私自身も食欲不振は一種の防御反応であって、食欲不振がある時は素直にその感覚に従って、再び食欲が復活した際に満を持して食べるべきとの考えを持っています。
ところが認知症の周辺症状として出現する食欲不振の場合は、その時間が経てば改善してくるはずの食欲が回復せず、
そのまま何もせずに待機していれば本当に危機的な脱水状態となり、そうなっていても食欲が回復せずにそのまま死に至るということになります。
こういう状況の時に食欲を高める作用を持つ薬(スルピリド、リバスチグミン、ステロイドなど)を使いますが、
経験的には効かないことが多く、さらに飲んだ薬をそのまま吐き出してしまう行動をとられることも少なくありません。
私の場合はそこへさらに漢方薬を追加し事態の打開を図ろうとすることもありますが、漢方薬では余計に飲みにくいせいか飲もうとさえしてくれません。
自然発生するはずの食欲も起こらず、食欲を高めるはずの薬も受け付けず全く反応もしない。
これは食欲を司る生命維持の根幹システムが極限まで消耗疲弊しきってしまっている状況ではないかと私は考えます。
なぜならばこの状況で糖質ゼロ点滴にしてケトン体を上昇させたとしても、まったく症状が改善してこない症例を少なからず経験するからです。
ケトン体は高ければ高いほど良いという単純なものではないということがこういうところからもわかります。
ケトン体があることは必要条件、それを使える代謝環境が十分条件として存在することではじめて、ケトン体の恩恵が受けられる必要十分条件となるのだと思います。
こうなれば現代医療で一般的にとられる対策としては、経鼻異管や胃瘻、中心静脈栄養などの強制栄養という処置になるかと思いますが、
これは本当に正しいことなのかという考えが私の頭を悩ませます。
消耗疲弊しきった状態は基本的に不可逆的な変化であって、それは生命としての終わりの時期にあることを示しています。
それなのにその摂理に逆らい強制的に栄養を与えるというのは、さらなるストレスを本人へ与え、そのストレスがかかり続けた状態で延命させられている事になりかねないと思うからです。
さらに難しいのは私がそのように思って自然に見送る方針が望ましいと思っていても、家族や介護者が同じようにそれを希望するとは限らないからです。
本人の意思確認は認知症ゆえに難しいとしても、家族の意向に沿わないものを押し付けることは医療者としてはできません。
本人が苦しそうな表情で何も食べずに横たわっている姿を見て、「これは天命だからもう何もせずに見送ってあげて下さい」という決断ができる家族はそう多くはありません。
それゆえに私は今でも本来は望ましくないと思っていても強制栄養の手段を取っているのが現状です。
これは西洋医学が技術の革新に邁進して何かを置き去りにして進み続けて生じてしまった歪みの一例なのではないかと思います。
おそらくこれは個人の問題ではなく、世の中の医療に対する意識が変わらない限り、
これからも同様の問題と向き合い続けなければならないのでしょう。
自分が正しいと思うことも社会の中で生きている以上は、
ぐっとこらえて踏みとどまらなければならない場面もある。
生きることの難しい側面を改めて考えさせられます。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
過剰適応消と耗疲弊について
Re: 過剰適応消と耗疲弊について
コメント頂き有難うございます。
また私の考えを評価して頂き有り難く存じます。
過剰適応か消耗疲弊かで考えると様々な病気が整理できると思っていますが、問題はそれらに分けた後の治療選択肢をいかに提示できるかだとも思っています。
相手が消耗疲弊なのに過剰適応に対する治療を行えば逆効果ですし、不可逆的な消耗疲弊ならこのまま見送る選択肢を提示することも大事です。その辺りが単なる諦めではなく、きちんと見極められるように、これからも消耗疲弊に対して可能性のある治療は全て学びを続け、精進したいと思います。
No title
その頃は、そんなものだろうと思っていたのですが、今では、エネルギーパックの中身の成分がなんだったのか(糖質60%?)、その様な処置で無理に寿命を引き延ばしたことに関して忸怩たる思いを持っています。
認知症の方というか、お年寄りはご飯を食べたくないと言われるかたいますね。
ご飯が入らないとよく聞きます。
少食の方に栄養のあるものを食べてもらうように、よく温泉卵をだして食べてもらってます。
食欲がないお年寄りの方に、どう接すればいいのか、悩みます。
ながく生きてほしほしいけども、
食べれないのは、命の寿命なのかもしれないのもわかるし、どう接するか、介護の現場でも悩みます。
難しい課題です。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
「食べられなくなったら人生最期の時」というのは自然の摂理で、人間以外の動物は例外なくその摂理に従っていると思いますが、人間だけが人為的にそれを克服する手段を手に入れました。しかしその加えた人為が適切か否かは、個々のケースで今一度見直す必要があると私は感じています。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
介護の現場では悩ましい場面も多いと思います。
食べてほしいけど食べてくれないお年寄りにどう接するべきかは私自身も日々悩んでいます。
しかし少なくとも「食べなければならない」という価値観の押し付けだけはしないように、さりとてそのまま見放すことのないようにと心がけています。
まさしく
終日、せん妄状態にあり 様々な問題行動があるのですが、
私が悩むのは、食思の低さ。
160㌢50㌔あった体重が、32㌔になりました。
失行認知が特にある為、食べるのが難しいです。
抱えている病気そのもので命が脅かすされるよりも、
経口摂取が困難な故に命が危ないと思います。
エンシュア等を飲用しながら日々を繋ぐ日常。
私はこの家の嫁であり、様々な場面での決定者ではありません。
義母や主人や主治医などと相談して、決めたことを
介護者としてサポートするのみ。
この記事と、同じことを毎日考えていたので、思わずコメントしてしまいました。
最後の時、それに向かう家族。
様々な感情が交錯するのだと実感中です。
Re: まさしく
コメント頂き有難うございます。
精一杯の考えうる限りの改善方法を施して改善の見通しが見られない時には、不可逆的な消耗疲弊としての老衰を受け入れ静かに見送る決断が自然に行える考え方が多くの人に理解される日が来ることを願うばかりです。
No title
強制栄養の道を取るかはまず本人の意思、そして次に家族の意思で決める事になるのでしょうが、いざ時間的猶予がない時に決断を迫られ、果たして最後まで納得できる決断ができるのだろうか、と思います。おそらく強制栄養の道をとって後々後悔している人はとても多いのではないでしょうか。
身の回りの方に話を聞くと「医師に言われたからやる他無いと思った」「そのままでは亡くなるからその時は仕方ないと思った」等と、強制栄養を選び後悔しているという意見がいくつもありました。
決断を迫られた時に、家族が冷静に熟慮できる環境と時間と材料があれば、後悔する人はずっと少なくできるのではないかと思います。とは言っても、いざ急に直面すると難しいのでしょうが。
近年は胃瘻などを巡って議論は活発化している方だと思いますが、もっと一般的なものにしていきたいですね。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> おそらく強制栄養の道をとって後々後悔している人はとても多い
> 決断を迫られた時に、
> いざ急に直面すると難しいのでしょうが。
死をタブー視して大事な決断を後回しに考える文化的背景もあります。
医師に判断を依存するパターナリズムの残存も影響していると思います。
個人の問題というよりも社会構造の問題の側面が強く、問題は思いのほか根深いようです。
まず患者自身が選択する患者中心の医療を取り戻すことがこうした問題をも解決に導く一歩となると私は思います。
No title
糖質制限を理解してもらえない医師の葛藤ですね。
同じく私の葛藤も、糖質制限を理解してもらえない患者のものでした。
母は亡くなる前半年近く、一般的な点滴のみで耐えました。
本当は脂肪分と筋肉を維持できる分のアミノ酸を点滴できれば、延命というよりも苦しみを和らげ楽にさせられたのかなと思います。
話は変わりますが、最近は乳酸による酸性化が万病の元なる話題を良く見かけます。
糖質摂取の害が、細胞レベルでどのように起きているのかが見えてきました。
(分かりやすいところではこちらのHPを
http://ariya-step.com/1129.html
http://16296315.at.webry.info/201712/article_2.html
http://seiichizb4.blog.fc2.com/blog-entry-110.html?all)
活動量の多い成人ですら糖質摂取で健康を害するのですから、ご老人にあっては脂質、たんぱく質とビタミン、ミネラルが不足しない程度で十分であり、糖質の摂取は全く不要なのではないでしょうか?
話が前後してすみませんが、本ブログについては、認知症が進行するほど糖化が進んでしまった(不可逆的)のですから、静かに見送るのが家族の務めと私も思います。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 活動量の多い成人ですら糖質摂取で健康を害するのですから、ご老人にあっては脂質、たんぱく質とビタミン、ミネラルが不足しない程度で十分であり、糖質の摂取は全く不要なのではないでしょうか?
そうですね。私もそう思います。
しかし本人家族と価値観が異なる場合に、そう思っていても糖質摂取を勧めざるを得ない場面は多く、多少なりともはがゆさを感じてしまう自分がおります。
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