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ウケるドラマが表す世相

category - ふと思った事
2017/ 12/ 08
                 
医者を題材にすればドラマの視聴率は手堅いという話を聞いたことがあります。

なぜそのようなドラマが受けるのか、それは多くの人に支持されるドラマはある意味で世相をよく表しているからではないでしょうか。

仕事でストレスを抱えている人が多数派なら、ズバッと言いたいことを言ってくれる人が主人公のドラマがウケますし、

愛情に飢えている人が多数派ならば、素敵な恋愛が繰り広げられるドラマがウケるでしょう。

そして今の医療に不満を抱える人が多ければ多いほど、優秀な医師が主人公のドラマがウケるというわけです。
            

「私は絶対にミスはしない!」という類の言葉を宣言する外科医が主人公のドラマが特にウケているという話を聞きます。

それは現実にはそんなドクターがいないということの裏返しなのかもしれません。

ただドラマの台詞とは言え、もしも実際にそのような事を言う医者がいたとしたら私はその人の事を信用しません。

多くの人は手術をしてもらうなら自身のない医師より、自信のある医師にしてもらう方がいいと言うことでしょう。

しかし「絶対失敗しない」などと言うのは明らかな自信過剰です。なぜならば失敗しない人間などこの世に存在しないからです。

もし失敗しないという人がいるとしたら、その人は自分の失敗に気づいていないだけです。

ある意味危険な思想の持ち主で、まさにドラマの中だけにしてほしいような人物だと私は思います。

失敗はするかもしれないが全力は尽くす」というのが誠意ある対応なのではないかと思います。


それともう一つ、天才的外科医のドラマが受ける理由としては、

国民の中に外科医に対しての憧れのような考えが広く浸透しているということがあるのではないかと思います。

かく言う私もかつてブラックジャックにハマった歴がありますので、そうした人間の一人ということになりそうですが、

現代医療の実態が明らかになった以上、少なくとも私にとって外科医は憧れの存在ではなくなりました。

手術とは根本原因を解決せずに臓器欠損をもたらす処置であり、Do No Harmの概念からは程遠いからです。

勿論、手術を行わないと命が救えない究極的な状況はあり得るので、外科医の存在自体が不要だとは思いませんし、頼りにはしているのですが、

多くの待機的な手術はほとんどが本来なら行わなくてよい処置ではないのではないかと感じるところであって、

少なくともドラマの主人公ほどに称賛される対象ではないと私は思います。

しかし大多数の国民はそうではなく、何は無くとも病気を取り去ってくれる腕のいい外科医に憧れを抱くわけです。

それは自分自身が病気の原因に目を向けないことが習慣化している世の中だからこそではないかと私は思います。



たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
たがしゅう先生 へ

「私、失敗しないので」
なんて、口が裂けても言えませよね・・・

今まで20年以上、手術をしてきて、
なんど失敗してきたことか。

でもその中で、リカバーの仕方を学んできました。
失敗を経験しないと、リカバーの経験は学べません。
リカバーができると思うから、次の挑戦ができます。

今回の記事を読んで、
私の行っている手術は、どうかなあと振り返りましたが、半分くらいは粉瘤の摘出です。
ほっておくと、感染して困ることがあるので、
今のうちに、切除しておきましょうと、なりますね。

あとは、皮膚悪性腫瘍。

コストパフォーマンスの良い、熱傷の植皮はしなくなりました。
しなくても、治せるので。

「私、ヤケドは治せるので。」

うん。このセリフなら言えます!!
手術が全くの無効とは思えない
先生の医療理念に大いに賛同している私ですが、この内科分野における「手術」に関しては、何とも答えが出ずにモヤモヤしているので、この機会に先生に助言をいただきたいのですが。

先生もご存知だと思いますが、近藤誠医師執筆の「がん放置医療」では「慌てて治療すると、治療で殺される」いった趣旨の理論が展開されます。

「抗がん剤」や「放射線治療」の弊害が指摘されており、この部分は賛同できるのですが、私は「手術」に関しえては有効な場合もあると考えるのです。

「癌という状態は、身体防御の最後の砦」といった趣旨の書籍も読んだことがあるからです。

身体は外部からの異物を排除する有能な機能を備えており、血液内のいうなれば自衛隊であるNK細胞や樹状細胞等を総動員し異物を駆逐し身体の滅亡を防ぐ。

癌細胞もご多分に漏れず、自衛隊により攻撃を受けるのだが、大変高度な防衛技術を持っており、免疫力の弱った身体にはすべてを駆逐することができずに身体サイドが劣勢となる。

ここで、身体は「最後の砦」として「癌細胞を一所に集め、身体全体に癌細胞が行き渡らないようにする」というのです。

これが腫瘍といわれるもので、実は腫瘍形成は「身体が起こした奥ゆかしい機能」とでもとれるのではないでしょうか?

であれば、腫瘍を手術により取り除くことは、有害であるとは言い切れないような気がするのです。

たがしゅう先生はどうお考えでしょう。

ドラマ考
こんばんは。
ドラマは得意分野なので、語らせてください。

ウケる正義の話は、水戸黄門型と忠臣蔵型があります。

大きな権力Aと小さな権力Bがあり、視聴者は庶民Cです。

正義のAがヨコシマなBを懲らしめてCが溜飲を下げるのが水戸黄門。

正義のBがヨコシマなAに一矢を報いてCが溜飲を下げるのが忠臣蔵です。

今、ヒット中の「ドクターX」も「陸王」も忠臣蔵型です。

かつては、大きな権力(=水戸黄門さま、大病院、大企業)に正義を求め、庶民は身を守ってもらえると思っていた。

今は、小さな権力(=穂の浪士、フリーの医師、つぶれそうな足袋屋)に正義を感じ、庶民は応援したくなる。

ということだと私は思います。
Re: No title
たかはし 先生

 コメント頂き有難うございます。

 できること、できないことを認識しておく事は大事なことだと思います。
 失敗を少なくすることはできても、失敗をゼロにすることはできません。

 できないことをできると表現することは、一時的にはつじつまがあったとしても、
 現実とのギャップに歪みを生じ、相手への信頼を奪い、ひいては自分をもだますことにつながってしまいかねません。

 だからこそ自分ができる事を謙虚に認識しておくことが大事だと私は思います。
Re: 手術が全くの無効とは思えない
だいきち さん

 御質問頂き有難うございます。

> 私は「手術」に関しては有効な場合もあると考えるのです。

 私も手術のすべてがよくないと思っているわけではありません。
 ただ「第一選択」ではなく、「最終手段」という位置づけで考えています。

> 身体は「最後の砦」として「癌細胞を一所に集め、身体全体に癌細胞が行き渡らないようにする」
> これが腫瘍といわれるもので、実は腫瘍形成は「身体が起こした奥ゆかしい機能」


 この辺りに関しては私も概ね同じ意見です。

 2016年4月22日(金)の本ブログ記事
 「がんはどうしてできるのか」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-684.html
 も御参照下さい。

 基本的に乱れた異常代謝環境に適応するように発生したがん細胞ですから、
 人為的に環境を整えて自力でがんができなくて済む代謝環境に戻す糖質制限やストレスマネジメントなどの方策が「第一選択」と考えますが、
 それが何らかの事情でもはや自力では軌道修正困難となってしまった場合、手術は「最終手段」として選択を考慮すべきだと私は考えます。
Re: ドラマ考
エリス さん

 コメント頂き有難うございます。

> かつては、大きな権力(=水戸黄門さま、大病院、大企業)に正義を求め、庶民は身を守ってもらえると思っていた。
> 今は、小さな権力(=穂の浪士、フリーの医師、つぶれそうな足袋屋)に正義を感じ、庶民は応援したくなる。


 興味深い御意見です。

 時代を経て正義と悪の概念が逆転したという事になるでしょうか。
 絶対的正義も、安住の地も、これが絶対に正しいというものは存在しないという事にも考えが及びます。

 また他者依存が主流の社会では大きな権力が支持され、自己主張が主流の社会では小さな権力が支持されるということでもあり、現在は後者に近い社会なのかもしれません。

 そして社会構造は時代変化で常に移ろいます。自分の立場を常に見直し、客観的に誤りがないかどうかを自分の頭で考え続ける姿勢の大切さを改めて実感するところです。