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正しく褒めることは必要

category - おすすめ本
2017/ 12/ 05
                 
アドラー心理学においては「他人を褒めてはいけない」という教えがあります。

なぜならば褒める行為は褒められる相手との上下関係を作るからであって、

たとえ相手が幼いこどもであっても対等な人間同士として接するべきであり、

さもなくばそのこどもは褒められる事にしか注目しない人間へと育ち、

最悪の場合褒められなければ行動しない人間になるおそれがある、と学びました。

この話は概ねは納得できるものの、心の中でどこかすっきりしない感覚が残っていたのは、

世の中には褒められることによって明らかに人生がポジティブに動いている人が所々にいるという事実があったからです。
            

この点アドラー心理学の理論にも穴があるものなのかとモヤモヤする部分がありましたが、

先日、とある哲学の本を読んでいたら、そのモヤモヤが晴れる感覚を得ました。



ポジティブ哲学! ―三大幸福論で幸せになる― 単行本(ソフトカバー) – 2015/6/19
小川 仁志 (著)


サラリーマンを辞めフリーターを経て、ある時哲学に触れたことをきっかけに人生が好転し、

その後哲学者に転身されたという異色の経歴の持ち主である小川仁志氏の著作です。

この本では3大幸福論と称されるアラン、ラッセル、ヒルティのそれぞれの幸福論のエッセンスをわかりやすく紹介され、

人が幸せになるためのヒントを学ぶことができます。全体として上手な言い回しと平易な表現で大変読みやすい本をです。

その中でアランの幸福論の中の一節について紹介されるところで、私の興味を引く文章がありました。

(p58-60、より引用)

【褒めることが幸せにつながる】

(前略)

自分が楽しんで生きるのは当然ですが、

人を楽しませることの意義を説く点で、アランはすごいと思います。

しかもそれを本当の生き方の中に、規則として入れろというのですから。

初めに誤解がないように、アランのいう楽しませるということの意味を確認しておきます。

彼はこんなふうにいっています。

「それはどういうとこかと言うと、嘘を言わないで卑劣にもならないで、機会が訪れる度ごとにいつも楽しませることである。」と。

つまり、変に相手を持ち上げるということではなく、

素直に褒めることで、やる気にさせてあげるということです。

(中略)

よく褒めすぎると調子にのってだめになるなどという人がいますが、それは褒めすぎるからいけないのです。

たしかに、「褒め殺し」という表現があるように、中身を伴わない上辺だけの言葉はかえって有害でしょう。

でも、ちゃんと褒めてあげれば、マイナスは一つもないはずです。

ちゃんと褒めるということは、本当にいいところを見つけて、合理的な理由とともに褒めるということです。

そうでないと子どもでもおべっかだとわかりますから。

(引用、ここまで)



アドラー心理学で否定されていた褒めるというのは、

合理的な理由なく行う上辺だけの褒め行為であって、

ちゃんと褒めるというのは褒めるというより「認める」という行為に近いのではないかと感じました。

言葉の与えるイメージというのは時に恐ろしくて、

同じ「褒める」という言葉でもアドラーの言う褒めると、アランの言う褒めるは、意味がまるで違うということに気付かされました。

正しく褒める行為はいたずらに行うことはできません。

正しく褒めようにも、相手が褒めるに値することをしていなければ褒めようがないわけですから。

褒めるに値すべき行為に気付いたらこどもであろうと誰であろうと正しく褒めるべき、ひいては「認める」べきだと思いました。

こう考えれば、アドラー心理学での「(いたずらに)他人を褒めてはいけない」という教えと

「適切なタイミングで正しく褒める(認める)べき」という考えは共存できるのではないかと思います。


たがしゅう
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コメント

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断食中の排泄について
たがしゅう先生、いつも貴重な体験レポートありがとうございます。

以前の断食レポートの際、
2日目の夕方にはコロンとした便が出ましたが、それ以降断食終了するまでは便は一切出ていません。
断食に取り組むといつも思いますが、出てくる便はほぼ例外なくコロンとした形の良い理想的な便になります。

更に、

断食中にずっと腸管内に残っていた便塊、いわゆる「宿便」と呼ばれているものだと思いました。
その便塊が何ともキレイな団子状の便で、誤解を恐れずに言えばちょっと見惚れるほどで、こねにこねられた便塊であるようでした。

とたがしゅう先生はレポートでまとめられていましたが、これが高齢で絶食中の、寝たきりの入院患者の場合だとどうなのでしょうか?

更に、ブドウ糖の多い点滴治療中の患者の場合だとどうでしょうか?

時間がある時で構いませんので、ご回答いただければ幸いです。
Re: 断食中の排泄について
もうあかん さん

御質問頂き有難うございます。

> 断食中にずっと腸管内に残っていた便塊、
> 高齢で絶食中の、寝たきりの入院患者の場合だとどうなのでしょうか?
> 更に、ブドウ糖の多い点滴治療中の患者の場合だとどうでしょうか?


誤嚥性肺炎などで突如絶食を余儀なくされる高齢の患者さんは多いです。
私が診る場合は絶食中に行う補液中の糖質を極力減らすように努めているのですが、
そうしていても消耗疲弊しきった消化管は立ち直らない事が多いです。具体的には便塊は出ないか出ても軟便・下痢状です。

絶食療法の恩恵を受けるには脂質代謝とオートファジーが機能する事が大前提で、長年の糖質過剰習慣で糖代謝ばかりを酷使し脂質代謝を錆びつかせている人は、いきなり絶食にしたところでそれらのシステムを急に駆動させるのは難しいということなのではないかと思っています。
アドラーでは、ほめるのではなく勇気づけ
アドラーでは、ほめるのではなく勇気づけをといいますよね。具体的には、「偉いね」とは言わず、「ありがとう。助かったよ」「君なしではできなかったよ」など仲間同士の声かけに近いのかなと。たが修先生も同じこと書かれたのだとは思います。
Re: アドラーでは、ほめるのではなく勇気づけ
りんご さん

コメント頂き有難うございます。

> アドラーでは、ほめるのではなく勇気づけをといいますよね。

そうですね。
勇気づけはまさにその人の良い所を見抜き正当な理由で相手を認め感謝する行為ですね。
偉人は言葉は違えど、同じ本質を見つめているように思えます。