ヒューリスティックとアルゴリズム
2017/11/30 00:00:01 |
お勉強 |
コメント:4件
先日、何気なくBS放送されている放送大学のチャンネルを見ていたら、
錯覚の科学という講座で「ヒューリスティックと行動経済学」というテーマが放送されていたので観てみました。
ヒューリスティックというのは、人間が何かを判断する時に利用している思考のクセのようなものです。
人は自然界の動物とは違って、脳が発達した事で様々な状況を網羅的に常に合理的な判断を下していると思われがちですが、
意外と合理的ではなく、経験則や周囲の環境に左右されて不合理な意思決定をしてしまっている事も多いのだそうです。
例えば、スーパーでお目当ての食品が定額のものと、半額のものとが売られていれば、
安い方がお得だと合理的に判断して、半額の方を選ぶ人がいたとします。 しかし同じ人が家電製品を買う時には、定額と2割引きの商品があった時に、
必ずしも安い方には行かず、家電は多少高くても長持ちで安心保証がある方がよいと判断して定額の方を購入するというケース、こういうことってよくあると思います。
価格の安さでもなく、商品の耐久性でもない、その都度状況に応じて判断を変えていたりするのです。
それが合理的な行動なのではないかと思われるかもしれませんが、
数々のヒューリスティックを学べば、必ずしもそうではないという事がわかってきます。
この場合は「スーパーで安い食品を買って損をしたことはない」「安い家電を買ってすぐに壊れて嫌な目にあったことがある」などの価値観がその人の意思決定に大きな影響を及ぼしているのです。
例えば、ヒューリスティックの例として次のような場合はどうでしょうか。
今目の前にバットとボールがあって、これを計1100円で売るとします。
バットとボールの値段の差が1000円となるようにそれぞれの価格を設定するとなれば、
はたしてバットとボール、それぞれいくらで売り出せばよいでしょうか。
読者の皆さん、少し考えてみて下さい。
答えは1050円と50円です。
あれっと思われた方いらっしゃいませんか?
1000円と100円ではないかと思われた方はいらっしゃらないでしょうか。
しかしそれではバットとボールの差は900円となり、命題に沿う事ができていません。
これがヒューリスティックの一例です。つまり1000円と100円だと回答してしまわれた方は、
「キリのいい数字だと考えやすい」という価値観があるが故に合理的な判断をし損ねてしまったのではないかと思います。
これが例えばバットとボールの合計が550円で、両者の差が250円になるようにするには?という命題であったとすれば、
同じように即答するという事態には陥らなかったのではないでしょうか。
何が言いたいかと言えば、「私達は物事を判断する際、今までの人生で培われた価値観に大きく依存しており、そしてそれはしばしば合理的ではない」ということです。
他にもいろいろなヒューリスティックがあるのですが、
知れば知るほど私達がそれほど合理的な生き物ではないという事を知ることができます。
自分の不完全さを認識することはスタートとしてとても大切なことだと私は思います。
一方でヒューリスティックの対義語は「アルゴリズム」です。
アルゴリズムとはコンピュータの業界で一般的な言葉ですが、ここでは一切の私情を挟まずに定められた一定のやり方で合理的な判断を下すプロセスのことです。
実は西洋医学とこのアルゴリズム的考えは相性がよくて、
そもそもEBM(根拠に基づいた医療)というのも、それまでは医者の経験則だけで治療がなされていた状況から、
誰が行ったとしても質の高い医療が提供できる事を目標に掲げられた理念です。
例えば、日本糖尿病学会をはじめ各種学会が提唱する治療ガイドラインがまさにそうですし、
救急蘇生の世界でも心肺蘇生のアルゴリズムは何度も何度も繰り返し習得することが求められています。
ただそのやり方は、救急の現場では有用であるかもしれませんが、
それ以外糖尿病など多くの病気の治療場面で、必ずしも功を奏していないという事実があるという事は皆さんも御存知の通りだと思います。
なぜ功を奏さないかといえば、私達の身体がアルゴリズムで対処できるほど単純な構造をしていないからです。
アルゴリズムがうまく行くのは、あくまでも機械やコンピュータの世界です。対象そのものが環境により多様に変化するのではアルゴリズムでは対応できません。
そういう意味でかつて批判されていた医者のさじ加減というのは、実は超複雑系生命体であるヒトにとっては非常に重要なファクターだったと私は思います。
しかしその一方でヒトはヒューリスティックな生き物です。周りの環境次第で不合理な判断をしかねないので、
結局医者の裁量だけに任せてもその方法論では往々にして具合が悪いことになってしまうのです。
アルゴリズムでもダメ、ヒューリスティックでもダメ、それではどうすればよいのでしょうか。
そんなヒューリスティックで判断してしまうヒトの思考のクセを利用して、ヒトを正しい判断ができる方向へと導くべく現在進行形で発展している分野が「行動経済学」と呼ばれる分野です。
偉そうに言っている私もたくさん本を読めないクセにたくさん新しい本を買ってしまうという不合理な行動を繰り返しており、何とかしたいと思っているわけですが、
行動経済学について学べば、その理由や解決策について知ることができるようになるかもしれません。
ちなみに今年のノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授はその行動経済学の権威です。
行動経済学という学問にも今後注目していきたいと思っています。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
夏はどうもでした
私も日常で「理屈」と「感情」といって分けています。
多くの人は理屈(合理性)で考え判断しているつもりで、
実際の行動は感情(個人で千差万別)で判断しているみたいです。
個人投資家もその傾向はあるようです。
少数派は理屈で逆張りをし、利益を出す人が多いようですが、
多数派は「欲望と恐怖」で感情を煽られて、結果的に損する人が多いようです。
Re: 夏はどうもでした
コメント頂き有難うございます。
「私達が合理的ではない」という事を認める事から始めれば見えてくるものがあると思います。
成功する人はきっとその事がわかっているのでしょうね。
No title
思い返せば、昔のSF映画(小説)の「2001年宇宙の旅」に登場するHAL9000のHALがHeuristically programmed ALgorithmic computerであることから、人間のように経験、学習を通じて成長した人工知能だったと思います。
HAL9000が困難なミッションの中で最後には「暴走」に至る過程は、論理と感情の間で迷走する人間の悲哀をも感じますね。
人間も賢く論理的に判断しようと思っても、恐怖、怒り、欲などと言った感情に支配され、道を誤るものです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 「2001年宇宙の旅」に登場するHAL9000のHALがHeuristically programmed ALgorithmic computer
興味深いコメントです。
コンピュータ側の立場でみれば固定判断のアルゴリズムだけではなく、より融通の効くヒトのヒューリスティックな判断を取り入れる事でより完全なコンピュータを目指そうとしたのでしょうけれど、そのヒューリスティックは大変危ういものだったという事ですね。
やはりどちらか一方がよいというのではなく、どのようにバランスを保つのかが大事であるように思います。
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