Post

        

熟考力と瞬発力

category - 自分のこと
2017/ 11/ 16
                 
私のブログ読者の方と初対面でお会いした時に、

「たがしゅう先生はもっと年配の方かと思っていました」と言われることが時にあります。

私のブログの文章から受けるイメージと実際の私の風貌や話す感じなどにギャップがあるという事なのでしょうけれど、

それは私の文章がある程度しっかりした内容として表現できている傍証ではないかとポジティブに解釈させて頂いています。

振り返ってみれば、私はじっくりと腰を据えて熟考するのが得意なのかもしれません。

反面、思考の瞬発力には欠けています。とっさの質問に対してはあまり良い解答が返せないことをしばしば実感します。

逆にある程度腰を据えて考える時間があるが故に、ブログでの質問などは比較的まとまった返事を返す事ができており、

それが実際有った時のイメージとのギャップを生んでいるのではないかと自己分析しています。
            

だから私は思考の瞬発力が必要な場面、例えばディベートなどはすごく苦手です。

また、思考の瞬発力がもっと高ければ、患者さんや友達からのとっさの質問にも明確な回答が与えられるのにと残念に思う節もあります。

しかし苦手な事を無理に伸ばそうとしても難しかったりします。そんな経験は今までも数多くしてきました。

だから人には得手不得手があると心得て、得意分野を延ばし続け、その結果引っ張られるように苦手分野も克服されていくという流れが一番自然なのではないあと私は思っています。

そういう意味では日々のブログ活動が、腰を据えて考える能力を鍛える事につながっていますし、

当初ブログを始めた時に比べれば、今の方がとっさの質問に答える力も高まっているように思えます。


構造主義的にこの構図を大きく捉えれば、

身体の中心にあるコアの部分を大事にすることで、

それより外側にある表層に近い部分もコアの高まりに準じて徐々に働きが高まっていくようなイメージだと思います。

消化管や腸内細菌を大事にすれば、身体全体の代謝やホルモンバランスなども引き続いて整っていくのも同じ構図ですし、

逆に言えば、付け焼刃的に表面的な症状に対して対症療法を行うばかりで根本原因に目を向けないのはそれとは逆の構図だと思います。

冒頭の得手不得手の話で行けば、例えば受験生の場合では、

あたかも苦手分野を克服するため塾に通ったり、高価な教材を買ったりするばかりで、勉強する環境や勉強の方法自体の問題点に目を向けない様子にも似ています。

根治療法と対症療法を併用するのであればわかりますが、

根治療法をおろそかにして、対症療法に終始するような構図のやり方では受験には受からないでしょうし、

受かったとしてもその後実りのある学びを得ることは難しいのではないかと想像します。

得意分野は大事にしながら、苦手分野はあせらずに取り組んでいく。

そういう気持ちで日々のブログ活動を地道に続けていきたいと思います。


たがしゅう

関連記事

            
                                  

コメント

非公開コメント