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押すべきか、引くべきか

category - 自分のこと
2017/ 11/ 03
                 
よく言われることですが、ヒトは一人では決して生きていくことはできません。

誰の世話にもならずに生きていく事などできない生き物である以上、多くの誰かと関わりながら生きていく事は避けられない事です。

どうせ関わり合うのであれば、せめていざこざを起こさないように付き合っていきたいと思うのが人情だと思いますが、

ここで世間一般の価値観と自分の価値観とが大きく食い違う場合に、

他人と衝突してでも自分の主義主張を押し通すのか、

それとも自分の主張を抑え込んで、一歩譲って他人と友好な関係を維持するように努めるのか、

これは非常に悩ましい所があります。
            

自分の主張を曲げ過ぎず、かつ相手の主張も通し過ぎずというちょうどいいところを模索するのがアサーティブ・コミュニケーションと呼ばれるものだと理解していますが、

結局それは明確な答えのない机上の話で、答えは実際の人間関係の中で自分が見つけていくしかないように思います。

そして本来であれば、自分の主張を曲げずに押し通すべき場面もあるはずですが、

社会集団に属していればそれが容易ではなくなるという事も一方であります。

主張を押し通すことで、一人なら抱えられるリスクも、集団では抱えきれないリスクとなってしまう事もあるのです。


例えば私が減薬の必要性を主張したとしても、

西洋薬絶対主義の考えの下、それが絶対に必要と考えている医師と意見がぶつかる可能性はあるでしょう。

その時に私が一歩引いて減薬を行わないという選択をとれば、

そうした医師との諍いは避けることができますが、一方で私は自分のやりたい医療から離れることになります。

逆に主張を通して半ば強引に減薬に踏み込む選択をした場合に、

それですべてスムーズに患者さんの病状が改善した場合は何も問題はありませんが、

減薬を行ったことで何らかのトラブルが起こった場合は、医師との関係が悪化することは避けられないでしょうし、

何より患者さんにとって不利益です。こんなことなら薬はそのままである方がよかった、と。

あるいは減薬を行った事と直接の関係がない出来事であっても、減薬に理解がなければ減薬のせいだと誤解されてしまう可能性もあります。

そういう意味で減薬とは一定のリスクを伴う行為ですが、反面患者さんの改善に向けて大きな可能性を秘めた行為でもあります。

新しい事を行う上でリスクを抱えることはつきものです。

リスクを抱える勇気や責任が持てなければ新しい事を行うことはできないし、行うべきでもありません。

自分一人でリスクを抱えきれれば考えるまでもないことなのでしょうけれど、

社会集団に属していれば、リスクは自分一人ではなく集団すべてにかかってくることもあります。

・・・理想の医療を展開するのは容易なことではないということだけは確かなようです。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

たがしゅう先生
薬を減薬するには1人では難しいんですね。患者さんにとったら嬉しいです。
リスクもあるし大変なことだと思いました。
私も薬を減らしてほしいと思ってます。
診察のときに今のままでいいですか❓ってきかれてわからず、いつも同じでって答えてしまいます。
Re: タイトルなし
瀬川里香 さん

コメント頂き有難うございます。

私も処方する側の立場として減薬の難しさを日々感じています。
すべての責任を負える立場になる
たがしゅうさん、こんばんは。

自分がトップでない組織に所属している限り、自分の考えと、他者との関係の折り合いをつけることは難しいと思います。上司や同僚とうまくやっている人は、往々にして自分の考えがあまりなかったりするような人である印象があります。

たがしゅうさんのようにしっかりとした理想を持った方なら、やはりご自分の城を築かれる事が一番の解決策ではないでしょうか?
自分の責任で、すべてが決定できる程、気持ちの良い事はありません。
Re: すべての責任を負える立場になる
あきにゃん さん

コメント頂き有難うございます。

御指摘の如く私の癖が強いが故の苦悩なのでしょうね。確かに根本的解決はそれしかないように思います。