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快感が良いとは限らない

category - 素朴な疑問
2017/ 11/ 01
                 
夏井睦先生の「炭水化物が人類を滅ぼす 【最終解答編】」を読んでドーパミンの本質がより深く理解できました。

快感をもたらすことも多いドーパミン刺激を繰り返す事が時に身を滅ぼす結末へとつながるのは、その本質を理解すれば理解できることでした。

明治時代の軍隊で流行した脚気という病気は、

当時の軍医高木兼寛や農学者鈴木梅太郎らの尽力により今でいうビタミンB1の欠乏によるものであることが明らかにされました。

流行の原因が当時の軍隊基本食に採用された白米が、胚芽に含まれるビタミンB1が除かれていたことに起因していたことを思うと、

白米は美味しいという快感の代わりに、身体を不健康にしていたということになります。
            

身体に快感をもたらすことが常に身体にとってよいことを行なっているとは限らないということです。


一方で先日、統合医療関連の学会に参加した際に、

「快療法」という治療法があることを知りました。

「快療法」というのは、人間の基本行動である①呼吸、②飲食、③身体活動、④精神活動の4つにおいて、

身体が心地よいと感じる刺激が加わるよう整えることで、ヒトが本来持つ自然治癒力を引き出そうとする治療法のことです。

具体的には丹田呼吸と呼ばれる呼吸法や、操体法と呼ばれる体操・整体法を行なったり、

食事は玄米菜食を基本に白砂糖や合成添加物を避けるようにと指導されます。

動物食を控えるようにとの指導もあるので糖質制限的には再考の余地ありですが、

精製食品を避ける指導は評価できますし、白米に比べれば玄米の方が、前述のビタミンB1だけでなくミネラルや食物繊維の観点からも利があるので、

糖質制限理論のなかった時代にこうした食事指導が一定の効果を表し、歴史的に支持されてきたということは充分理解できます。

ちなみに意外なことに、以前当ブログで紹介した「飲尿療法」も、この「快療法」の中に含まれています。


ただ、白米を食べた時に感じる快感と、

体操したり呼吸を整えたりする場合に感じる快感は本質的に異なっているように思います。

快感というよりは「心地良さ」といった方が適切かもしれません。

おそらくこうした心地よさにはドーパミンは関わっていません。それは冒頭の夏井先生の本でドーパミンの歴史について学べばわかります。

むしろセロトニンとかオキシトシンなどが複合的に作用して形成される心地よさではないかと推測されます。

前者の快感は言わば撹乱刺激に対する反射的な応答反応であり、

後者の快感こそが「快療法」で本来求められている快感なのではないかと思います。

身体が快感を覚える時、それが身体が本当に求めている快感なのか否かを、

私達は智性でもって区別し対処していきたいものです。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

No title
遅ればせながら、私も「炭水化物が人類を滅ぼす 【最終解答編】」読了しました。高血糖で快感を、糖質制限食で心地よさを感じるというご指摘納得です。

ついでに、アドラー心理学でいう承認欲求を満たす行動はドーパミンによる快感欲求になるのかな。一方、糖質制限を続ければ心が安定し、承認欲求ではなく自己受容、他者信頼、そして他者貢献につながり心の安定(心地よさ)につながるのでしょうか。

もうひとつ、アドラー心理学との共通点。ホモサピエンスは大きな脳をもちながらも、十分にその機能を使えなかった。しかし、最終氷期に集団生活をするようになりその機能(前頭前野)を存分に発揮するようになる。アドラー心理学では、すべての問題と幸せは人間関係に起因すると説かれています。アドラーは人間関係がホモサピエンスの本質であると見抜いていたんでしょうね。
Re: No title
りんご さん

コメント頂き有難うございます。

「もっともっと」につながる承認欲求とドーパミン神経に駆動される依存性には共通構造が感じられますね。

おそらくアドラーに今ほどのドーパミンの知識はなかったと推定しますが、アプローチは異なれど物事の本質を見抜ける人の事を偉人と呼ぶと私は思います。